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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第二章 鬼の兄妹
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第二章 鬼の兄妹(2)

マリを寝室に案内し、一人になると、ぼくは銃とプレートを倉庫に戻してから、暖炉の部屋に戻った。

『冒険してみて、どうだった?』

 ヒノには、そう聞かれた。驍嚇の無事を確認するまでは、終わった気分になれそうにない。ぼくは苦笑いを浮かべながら、犬が眠る横の床に、腰を下ろした。

「今は、驍嚇が無事であればいいけど、としか、思えないな」

 終わっていない以上、感想と言える程、整理された感覚で冒険を語れそうになかった。現在進行形で状況は動いている。そしてそれはいい意味では語れない。それだけに、今はまだ目の前にある問題として、認識しない訳にいかなかった。

「ぼくにはあの獣がどうにもできないなら、無事驍嚇と明日合流したいと願うだけだよ」

 そもそも、物の怪に対して、ヒノが貸してくれた銃でも有効な攻撃手段にならないというのは、おそろしいことだと思う。あの銃だって、ぼくが知っているどんな装備よりも、ずっと高度なものだと感じた。それですら聞かない相手がいるということが、信じられなかった。

『物の怪はね』

 と、ぼくが聞く前に、ヒノの方から話を切り出し始めた。ぼくが漠然と感じた恐怖を、察してくれたみたいだった。

『現実と虚構の狭間の存在だから。厳密には、幻想生物がみんなそうなんだけど、でもね』

 と。彼女はそこで一旦言葉を切って、何かを考えこむように、続きをなかなか言葉にしなかった。言いにくいことなのだろうか。それでも、ぼくは聞かないといけないのだと思って、ヒノの言葉を待った。

『とりわけ、物の怪は虚構に限りなく近い存在なんだ。それで、現実の攻撃が通用しない』

 ヒノは、しばらく経ってからそう言った。何か、とてつもなく不吉なことなのだと言うように。

『本当はあの銃でも、倒すことはできるよ。けど、それにはモードを変える必要があるの。だけど、今はまだ、アーベルは正規の所有者じゃないから、それができないんだ。わたしから、あなたに譲渡渡する必要があって、それは実際問題、簡単なことじゃないんだよ』

 それで。今は駄目だという意味が、ぼくに理解できた。ヒノはまたしばらく間をおいて、

『アーベルに貸した装備が、普通のものじゃないことは、もう分かって、もらえたと思う』

 それから、少し苦しそうに、言った。本当は、その装備のことを語ることも、封印で禁じられているのかもしれない。

『あれは、ね。上位、種族の、ものだから。神器とか、伝説的、秘宝、とか。そういう、類。だから、簡単に、人の手に、渡しちゃ、いけない、ものだから、簡単じゃない。だから、ね。今の、わたしには、時間が、かかる』

 そんなものを、ヒノはぼくに貸してくれたのだ。それだけ寂しかったということなのかもしれないけれど、それでも、ヒノがぼくを信じてくれたからなのだろうと、ぼくは思うことにした。

「分かった。だから無理に話そうとしないで。本当は、それもだめなことなんだよね?」

 だから、ぼくは、そんなことよりも、ヒノ自身のことの方が心配だった。どんな苦痛がヒノを襲っているのかは分からない。でも、それはとてつもなくヒノを苛んでいるのだろうということは、想像できた。

『……うん。ごめんね。あんまり詳しく教えてあげられなくて』

「いいんだ。それよりも、ぼくを信頼してくれたんだって気がして、何だか、嬉しいよ」

 ヒノだって、誰彼構わず、そんなすごいものを貸さない筈だ。ぼくだったから貸してくれたんだ、そう思いたかった。

『それは、間違いないよ。アーベルなら、絶対間違った使い方はしないって、思ったから』

 と、ヒノも認めてくれた。彼女は、

『寂しかったのは本当。アーベルがここに住んでくれるって言ってくれたのが嬉しかったのも本当だよ。だけど、それだけの理由で、あの装備を適当に貸す程、分別がなくなってる訳じゃない。そこは自信もってほしいな』

 とても落ち着いた声で、同時ととても力強く、説いた。事実、その通りなのだろう。ぼくは彼女がある程度先を見通せるのだということを、疑っていない。ぼくにあの銃と鎧を貸した先が、とんでもない過ちに繋がるのだとしたら、それも見えた筈だ。そして、そんな未来を見たのであれば、彼女は絶対にぼくにあの装備を貸してはくれなかっただろう。

「うん。ヒノが困るような使い方を、ぼくは絶対にしないよ」

 ぼくもそうだ。ヒノが悲しむようなことだけはしたくないし、考えたくもない。世の中の道徳だとか、正義だとか、そんなだいそれたものさしで正しさを貫けるとは言えないけれど。ぼくがこの家で暮らすことを望んでくれたときのヒノの声を思い出すと、彼女を失望させたくないという気持ちになる。ヒノには誠実でありたかった。

『アーベルならそう言ってくれるって、分かってた』

 そう答えるヒノも、少しだけ嬉しそうに上ずった声になった。

 それから、ぼくたちの会話は、しばらく途切れた。心地よい沈黙だ。暖炉の火だけが、ぱちぱちと薪を鳴らしていた。

「でも、本当に、驍嚇、大丈夫かな」

 どのくらい経ってからだろう。ぼくはとりとめのないことをあれこれと考えていたけれど、無意識的に声になったのはそのことだった。

『大丈夫、明日には合流できるから。それと、明日の朝は、防具の転送機能じゃない戻り方も教えてあげる。だから、今日は、アーベルもゆっくり休んで』

 ヒノは間違いないと太鼓判を押すように答える。それは良かった。ぼくも、安心できた。

「ありがとう。夕食は、家にある食材を使わせてもらっていいかな?」

 ふと、聞いた。ぼくだけなら荷物の中に保存している、燻製肉とか乾燥させた野草とかでもいいのだけれど、水や湯で戻しても、お世辞にも美味しいとは言えないそんなものを、マリに食べさせるのは気が引けたからだった。

『勿論。そうしてあげて』

 ヒノの声はマリに届かなくても、ヒノにはマリの存在がちゃんと認識できているようだった。ヒノはマリのことを心配しているらしく、ぼくがマリにすこしでも美味しいものを食べてほしいと思う気持ちにも、賛成してくれた。

 そのあとは、ヒノとの会話も本当にただの雑談ばかりで、夕刻頃にマリが起き出してくるまで、ヒノの薦め通りにぼくはのんびり過ごした。

 マリは起き出してくると、夕食は彼女が作ってくれた。ぼくでも勿論作れるのだけれど、ぼくのレパートリーはどちらかと言うと野外で作るキャンプ料理然としたものが多くて、家にある器具を用いた家庭料理は、マリの手際には勝てなかった。

「上手だなあ。手際も良い」

 ぼくが舌を巻いていると、

「アニさん、生でも大丈夫なひとですから、火加減とか分からないんですよ」

 マリは自然に覚えたのだと笑った。

「だから、自分で作らないと、普通のお料理、食べられないんです。アニさんだと、真っ黒だとか、生焼けとかになっちゃう」

 と。何となく、納得できる理由だった。その分じゃ、家事全般、マリが自分でやらなければいけなかったんだろうな、と、推測できた。ほぼ、確信に近い。

 だから、マリの料理は手際もよくて、ぼくが自分で作るよりもずっと美味しかった。ちょっとだけ、毎日それが食べられるのだろう、驍嚇が羨ましく思える程だった。

 マリが用意してくれた料理は、豪勢という程じゃあなかったけれど、素材をソースなんかの味で上塗りしていない、素朴な美味しさだった。彼女は食材に肉ではなく魚を選んで、柔らかく焼き上げてくれた。硬くもなっておらず、脂が飛びすぎていなくて身離れも良く、それでいて、形も崩れない、絶妙な焼き加減だった。

 ぼくはあまりにも美味しかったから、夕食の間中、マリの料理をほめちぎってしまった。それで、

『ウラヤマシイ。ワタシモタベタイノニ』

 ちょっとヒノから拗ねた声を浴びせられた。

「ごめん」

 ぼくがヒノに謝ると、

「何か言われたんですか?」

 ぼくの言葉がヒノに向けられたものだとすぐに把握したように、マリに聞かれた。

「ヒノがね。自分も食べたかったって」

 ぼくが答える。マリは、静かに笑顔を浮かべた。

「私の、質素な料理で良ければ、ヒノさんが、食べられる時が来たら、いつでも」

 それで、マリがヒノを不気味がってはいないこともわかった。勿論、嬉しいことだ。

『ありがとうって、伝えて』

 ヒノも嬉しそうだった。それでも、その言葉は、ぼくに対するありがとうよりも、どこか遠慮がある声に聞こえた。

「ヒノが、ありがとう、だって」

 ぼくはそれを上手くニュアンスに出来る気がしなくて、ごく当たり障りなく、マリに伝えた。

「いつか、私もお話しできたらいいのに」

 それが、マリには残念そうだった。

『本当に』

 どうやらそれは、ヒノも同じみたいだった。

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