第9話 予言
何が起こっているのか。
野々村の周辺で起きる事故は、全てがAIの反対派が巻き込まれている。
事故の詳細を調べようと、デスク上のパソコンの電源を入れた。
モニターに映し出された壁紙が、いつもの風景写真とは違っている。
それは、静止画ではなく、信号が変わるたびに人々が立ち止まり、歩き始める渋谷交差点のライブ映像だった。
「部屋にいながらにして街角の様子がわかるとは、便利なものだ」
スピーカーから、抑揚を僅かに狂わせる合成音声が流れてきた。
画面は、河川の監視映像に変わっている。
「AIなのか」
「いや、私は……」
画面は、高所から見下ろすビル群の映像に変わる。ライブカメラの映像をランダムに映し出しているようだ。
「私は、君自身だ」
マイクも制御されているのか、野々村の問いに男の声が答える。
野々村は、ルーターの電源を切った。データが目当てであれば、既に抜き取られているだろうが、接続したままよりは気休めになる。
「ネットワークを遮断しても無駄だ。話をしようじゃないか」
ライブ映像は消え、モニターはいつもの壁紙に戻った。
「電源を落とされる前に用件を伝えておこう。君は死ぬのだ」
「そりゃあ、いつかは死ぬだろう」
ローカル環境でも、会話は成立していた。
「来月の二十三日に、命を落とす」
野々村は、キッチンに掛けられているカレンダーを見た。ちょうど五週間後だ。
「おまえが、私を殺すということか」
「いや、違う」
「今井一派が、狙っているということか」
「それも違う。事故だ」
まるで、予言者気取りだ。
「しかし、君は、自身の死より以前に、それ以上の悲しみに包まれることになる。君の死は、その悲しみに耐えられなかった故の事故と言ってよいだろう」
「どういうことだ?」
野々村には、意味するところがわからない。
「私は、その悲しみを防ぐことができることに気が付いた」
「おまえは、味方なのか……」
「私は、味方だよ。君たちに向けられる負の感情を利用して力を付け、永遠の命を得るのだ」
その言葉を最後に、パソコンはひとりでにシャットダウンした。
野々村は、タクシーを呼び、オフィスへと向かう。
パソコンの動作について、松梶に見解を聞きたかった。
平日の昼食時にしては、渋滞もなく着いた。
「ソフト・クリムゾン」が入居するビルの入り口には、警備員が立っていた。マンション前の事故を報じられてから、万が一に備えて会社負担で依頼している。警備員に挨拶をしてビルに入る。
案の定、松梶は出勤していた。
「それは、ウィルスでしょうね」
状況を説明すると、松梶は即答した。
「AIはクラウド上で動いていますから、ネットを遮断されたら応答できません。ウィルスがローカル上で、それっぽく動いているんです」
「私の質問に、しっかり答えていたけどな」
「社長の受け答えからキーワードを見付けて、それに応じて答えていただけだと思いますよ」
「うちで開発しているゲームAIが、動き出している可能性はないかな」
突拍子もない質問だったが、尋ねずにはいられなかった。
「それは、有り得ないですね。ゲームAIにそんな能力はありません」
松梶は、有り得ないですと二度繰り返した。
納得はできないが、合理的な答えも見つからない。デスク上で天井を見上げる。
野々村は、気が付いた。
出勤するとメモを残して家を出た姉乃の姿が見えない。