第8話 デモ
ソファーでうとうとしかけた時、玄関のチャイムが鳴った。
ガチャガチャと鍵が開けられる音がする。
野々村は、起き上がろうとするが、身体は思うように動かない。
ドアが開く音がした。
「こんばんは、夕飯買ってきたよ。どうせ、食べていないんでしょ」
姉乃だった。手にコンビニのビニール袋を持ち、リビングに現れた。
キッチンのテーブルにパスタを広げ、遅めの夕食をとる。
「疲れているんじゃない。声掛けても起きないから、死んでいるかと思ったわ」
姉乃は、ソファーで寝ていた野々村をからかった。
「今朝、地下鉄で通勤して、くたくたなんだよ。誰かに見られているようでさ。マンション前も、通るたびに視線を感じるしね」
姉乃には、何もかも正直に話せた。話すことで、平常心を辛うじて保てている。
「マンション前は、感じるよね」
意外にも、姉乃が同意した。
「誰かに見られている感じは同じなんだけど、声も聞こえるのよ。それが、孝夫くんの声で、後ろにいるかと、もう何度も振り返っている」
姉乃も疲れているのだろう。
「声が聞こえちゃうほど、惚れてるわけでもないのにね」
姉乃は、いたずら気に笑った。
寝室の窓に風が吹き付け、ウィンドウボックスの植物が窓をこするカサカサという音で目が覚めた。
時計の針は、九時十三分を指している。
ベッドの隣に、姉乃の姿はなかった。
リビングにもいない。テーブルの上に「出勤してまいります」とメモが残されていた。何時に出ていったのか、野々村は、まったく気が付かなかった。
姉乃が用意してくれているスクランブルエッグを食べる。
テレビを点けると、朝の情報番組は事故を報じていた。
「……新たに、救急車で怪我人が運び込まれました。繰り返します。早朝から行われていたデモ行進の列に、解体作業中のビルの足場が崩れ、少なくても十数人の方が下敷きになっています。懸命な救助作業が続けられており、救出された方が、一人、また一人と病院に搬送されています……」
テレビを点けるたびに、事件事故のニュースが流れてくる。
件の週刊誌も、次週はこの事件のことを報じるのだろう。野々村が心配するほど、世間の興味は続かないのかもしれない。
「……今朝八時三十分に集まり、デジタル庁に向けてデモ行進を行っていました。事故に遭われた方は……」
野々村は、テレビにくぎ付けになった。
画面には、事故現場となった歩道が映っている。難を逃れたデモ隊の人々は、見覚えのあるプラカードを持って立ちすくんでいる。
「AI開発を規制せよ!」
野々村は、深いため息をついた。
その時、テーブルの上に置いたスマホが振動する。
野々村は、スマホを手にした。
その画面には、削除したはずのSNSアプリのタイムラインが流れ続けている。
「AI開発を規制せよ!」
「AIの暴走を許すな!」
プラカードと同じ文字が、表示されていた。