第5話 拡散
事故の翌々日、月曜日の午後に警察官が訪ねてきた。
野々村は、提携先の「バレーナ・ソフト」とオンライン会議で具体的な条件を詰めていたが、警察官の訪問を理由に打ち切る。
条件が折り合わず、仕切り直す口実には都合がよかった。
「お休みのところ、申し訳ありません。マンションにお住まいの方、全員に話を聞かせてもらっていまして」
制服姿の二人組の警察官のうち一人が、警察手帳をかざし玄関に入ってきた。もう一人は、ドアを開けたまま、後ろに控えている。
玄関に立つ警察官は、手帳に挟まれた写真を取り出し、野々村に見せた。
「一昨日の事故を調べているのですが……この方に見覚えはありませんか」
六十歳前後の痩せた男性の写真だった。眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに正面を見ている。ブルーの背景は、運転免許証を引き延ばしたからだろう。
「見覚えないですね」
嘘偽りない。
「そうですか」
警察官は、写真と野々村の顔を交互に見た。
「ダンプの運転手なのですが、以前から、この辺りを往来していたのかと思いまして、みなさんに聞いているのですよ」
苦し紛れの言い訳だ。
確かに、マンション前の道は、ダンプが通るような広い道ではない。抜け道になるような道でもない。
若い男女の写真も、何枚か見せられた。
反対派のメンバーなのだろうが、やはり、覚えはなかった。写真からでさえ、敵意を滲ませる視線を感じた。
「事故当日、ベランダから事故を目撃されたのですか」
後ろに控える年配の警察官が、野々村に尋ねる。
「いや、なに、近所の方が事故直後に撮った写真の中に、ベランダに出られている野々村さんが偶然写っていまして」
警察官は、そう話すが、近所の住人ではなく、どこかの記者なのだろうし、偶然でもないはずだ。
「ええ、外が騒がしいのでベランダに出ました」
「そこで、お二人で事故を目撃した……」
「いや、ベランダに出たのは私だけです」
事故があった時、姉乃は寝室にいた。
「そうですか……」
警察官は、訝しげに野々村を見ている。
「まっ、いいでしょう」
何がいいのか、野々村にはわからない。
さらに二日後の水曜日、二度めの訪問時に、全ては事故だったと伝えられた。
野々村は関与していないことが、捜査して明らかになったのだろう。
ダンプの運転手は、運転中に心臓発作を起こし、アクセルを踏む脚をそのままに、亡くなったそうだ。
この事故で運転手のほかに、反対派の若者五人が轢死した。向かいの屋敷では、居間でくつろぐ老夫婦が電柱の下敷きになり圧死している。
警察は事故であったと結論付け、マスコミもそう報じたが、ネット上では発表どおりに信じる者は少ないようだ。
被害者たちが反対運動をしていたことは、既にネット上では詳らかにされている。
「AI開発者が運転手を雇った」
「AIがカーナビを操作してダンプを誘導した」
「今井と野々村の戦いが始まった」
根も葉もない噂が、たちまち拡散した。