第27話 船越川
十月も半ばだというのに、残暑とも思える日々が続いていた。
新宿東の五階建てのテナントビルでも、エレベータホールに掛けられた時計に付く小さな温度計は二十五度を指している。
三階から五階を占める日本宗教調世会に灯りはなく、人気もなかった。
地下五階、企画部長の神楽伝次郎は、空調の効いた制御室でコンソールにパソコンを接続してキーボードを打っている。正面のガラス張りの先にある部屋には、パイプが球状に集合した機械が鎮座していて、神楽の手元の動きに合わせてチカチカと光っている。
船越川瑠理香は、資料を手に神楽の左側に座った。
船越川は、企画部の総務班に所属しており、専ら関係機関との連絡調整に携わっているが、神楽と常磐道の両部長を秘書代わりにサポートしたり、現場に出向いて指揮を執ったりもしている。よく言えばオールマイティ、つまるところ雑用だ。
今回の調査案件も、常磐道の依頼により取材場所近くのホテルを確保し、防御シールドの施工を手配している。
この案件が「本物」であることがわかり、先ほどエネルギー測定の依頼があったばかりだ。
「報告書によると、悪霊は未来の時間世界から来た依頼人自身のようです。依頼人の命を奪おうとしているらしいですよ」
船越川は、神楽に説明する。
「読んだよ。自分自身を狙う理由が、何かあるのだろうね。面白そうだけどねえ……」
「部長は、行かれないのですか」
「プログラム変更で忙しいからね。代わりに行ってくれる?」
パソコンから目を逸らさずに、神楽は答えた。
「私は、事務職で入ったのですよ」
船越川は、らしさと言うべきシルバーフレームの眼鏡を、右手中指で押さえた。
「まあ、そう言わずに頼むよ。医師、心理士、栄養士、祈祷師の資格を持つ事務員さんって、そうそういないからね。つい頼っちゃうんだよね」
神楽は、キーボードを打つ手を止めて、もみあげから繋がったひげを触り言った。何事にもガサツだが、どこか憎めない雰囲気がある。
「祈祷師は、資格職ではありませんよ」
へえそうなんだと、とぼけながら「だからお願い」と神楽は両手を合わせた。
悪霊の撃退は、霊体が持つエネルギーと同量のエネルギーを照射して拡散させる。
排除作業は、常磐道が率いる調世部が行っている。調世部は、事件事故の後始末を行っている修復班を擁しているため、行わざるを得ないと言った方が正しいだろう。
その照射すべきエネルギー量の測定は、企画部の役割だ。ほとんどのケースは、監視班を差しおえて神楽部長自らが出向き、騒ぎを大きくしながらも対処している。
今回は、違うようだ。
先月、タイムマシンが稼働実験に成功した。神楽は、それからというもの改良に没頭しており、悪霊退治には興味が向かないようだ。
「この件は時間世界に絡むから、監視班にではなく船越川さんに直接お願いしたいんだ。常磐道部長に美味しいもの御馳走してくれるよう頼んでおくから、よろしく」
これが、神楽の最大の気遣いなのだろう。
いつものことと言えば、いつものことだ。
久しぶりに現場に出るのも悪くない。
特注しておいた防御服のお披露目にも、ちょうどよい時機かもしれない。
船越川は、自分の巫女姿を想像して、少しばかり心弾んだ。




