第17話 取材
「共振ですよ。霊……いや、悪さをするから悪霊ですね。悪霊が発した周波数に近い固有振動数を持つ物体が、共振したのです」
「なぜ、揺れるとわかったのですか」
野々村を差し置いて、有江が質問する。
「悪霊も、限りあるエネルギーですから、最大の効果を狙ってきます。事前にこっそり試したつもりなのでしょうが、私はカップの微かな振動に気が付きました。メニューや窓も注意深く見ると震えていましたよ」
「わたしたちを、驚かそうとしたのですか」
「そうです。警告でしょうね」
常磐道は、カップを手にして話す。
「それにしても、これから原因を突き止めようとしている私たちに、正体を明かしてしまうとは、素人もいいところです」
悪霊に素人や玄人があるのかは知らないが、常磐道は「これなら楽勝でしょう」と笑っている。
「悪霊……の仕業なのですか」
それまで黙っていた野々村が、遠慮がちに口を開いた。
「そうです。ご相談いただいても、自然現象であったり、錯覚であったりする事件が多いのですが、今回は、目の当たりにしたとおり、心霊現象に間違いありません」
「ご安心ください。わたしたちはプロですから」
有江が、付け加える。
「姉乃は、悪霊に連れていかれたのですか」
野々村の声は、明らかに沈んでいた。
「それが不思議なのですよ」
常磐道は、野々村にも理解できるように話し始める。
「悪霊は、冥界からやって来ます。冥界は現世より高次元界であるため、次元の壁に穴を開けなければ、この世界に来られません。穴を開けるのには、相当なエネルギーが必要なのです。しかし、この付近では一か月ほど前に一度きりエネルギーの滞留が観測されただけなのです」
野々村は、理解しようと真剣に聞いている。
悪魔や鬼などの冥界に住む者は、現世だけに存在することはできない。常に冥界と繋がっている状態で存在しているという。
三次元界の人間が二次元界に行ったとしても、まっ平にはなれず、二次元界にいながら立体の部分は現世に突き出しているイメージであると、有江は説明を受けたことがある。
一方、霊はエネルギー体でしかなく、冥界とは切り離された存在らしい。
「一度のエネルギー観測は、悪霊が現れた時のことと思われます。その後は、冥界とは繋がっていないのです。姉乃さんが冥界に連れていかれてないのなら、どこにいるのか。それに、悪霊といえども、これだけのポルターガイスト現象を起こすエネルギーを冥界に戻らずにどう生み出しているのか。不思議なのです」
常磐道は、淡々と話しているが、頭の中ではあらゆる可能性を考えているのだろう。
有江は、改めて野々村から話を聞き始める。
「一か月前と言えば、ゲームAIの開発を公表した時期です。直後に『#今井予言』が発信されました」
野々村は、足元に置かれた鞄からコンピュータを取り出すと、画面を開き有江たちの方に向ける。
「これが、そのSNSです」
画面には、AIに関する数々のネガティブな予言が表示されている。
「ほう、これは興味深いですね」
常磐道が身を乗り出してきた。
「野々村さんは、今井という人物に心当たりは?」
「いえ、ありません。しかし、これほどAIを毛嫌いしているので、この一派が開発を中止させるために、姉乃を誘拐したのではないかと思っています」
「なるほど、今井ですか……」
常磐道は、コーヒーを自分で淹れるために席を立った。
有江は、順を追って聞き取り、取材ノートに記録していった。ペンを持つ銀色の手袋は、滑りやすく書き難い。
AI反対派のダンプ事故、テレビに映る男の映像、写真に写り込む影、削除できないアプリ、暗闇からの視線と部屋にいる誰かの気配、ビルの足場倒壊事故、コンピュータとの会話……
「コンピュータ・ウィルスが、自分は野々村さん自身だと言ったのですか」
「確かに、そう言いました。その時は、私たちが開発しているAIが話し掛けてきたと咄嗟に思ったので、私の分身だと理解しましたが……」
「その後、来月の二十三日に亡くなると言われた? もう、今月ですね。来週の水曜日です」
「誘拐された時に、もう終わりかと思いましたが、その時ではなかったようです」
「二十三日の予定は、決まっているのですか」
有江と野々村の会話に、常磐道が割り込んできた。
「事故で亡くなると言われたのですから、念のため外出はせず家にいようと思っています」
「そうですよね、そうしますよね」
常磐道は、ひとり納得している。
姉乃の失踪、野々村の誘拐、そして誘拐犯たちの死、警官の拳銃自殺と取材は続いた。
二十二時になったところで、明日午前に野々村のマンションに伺うことを約束し、取材を切り上げる。
野々村は、タクシーを拾って帰りますと喫茶店を出ていった。




