第12話 限界
松梶は、新聞や雑誌を大量に買い込み病室に顔を出した。
撲殺事件は、翌日の朝刊にそれなりの大きさで掲載されたが、野々村の誘拐が絡んでいるとは報じられず、暴力団同士の抗争事件に読めなくもない記事だった。世間は、足場倒壊事故に関心が向いている。
姉乃の消息は、依然として分からなかった。
野々村は、三日後の午前中に退院した。
一旦はマンションに帰った野々村だが、一人でいても落ち着かない。午後から出勤することにする。
タクシーに乗り、マンションから出る際に、巡回している制服姿の警官を見掛ける。
守られてもいるが、監視もされている。
姉乃のマンションに立ち寄ったが、返事はなかった。
松梶は、相変わらず脳波接続ギアを付け、プログラミングをしていた。
「退院、おめでとうございます」
傍らには、新聞や雑誌類が積み重なっている。見舞い用に買い込んできたのだろう。
野々村は、椅子に座ると松梶の方に向きを変え、声を掛ける。
一連の事件事故が、偶然とは思えないことを松梶に話した。
「AIの仕業を疑っていたが、人間が原因の事件事故ばかりだからな。そのギアで人間をコントロールすることはできない?」
野々村は、率直に尋ねた。
「ギアは、脳の視覚野等々に信号を送り、仮想世界を実際にあるかのように錯覚させるだけです。実生活上で人間を操作することはできませんよ」
「暗示をかけることは、どうだろう?」
「それは、できるかもしれませんね。深層心理に訴えれば、強力な暗示もかけられそうです。実生活への影響が出る指示を出さないよう制御プログラムを組み込んでおきます」
松梶は、早速、キーボードを叩き始める。
「しかし、ギアは、この一つだけです。他になければ、今回の事件はAIの仕業ではありませんよ」
松梶は、頭の装置を指差して答えた。
「やはり、AI反対派が一連の事件事故を画策し、私たちに罪を着せようとしているのかな。私を誘拐した男も『#今井予言』の発信者ではないと言っていたよ」
「そうだとしても、AI反対派がコンピュータ・ウィルスを使って脅かすとは、しっくりきませんね」
「それも、そうだな……」
目的がAI開発の阻止ならば、姉乃を人質に要求してくるはずだ。
ウイルスが言っていた「自分の死以上の悲しみ」とは、このことなのだろうか。不安がよぎる。
しかし、「その悲しみを防ぐことができる」とも言っていた。
どうしても、話が繋がらない。
その後、松梶からゲームAIと接続ギアの進捗状況の方向を受けるが、姉乃のことが気掛かりで、まったく頭に入らなかった。
「一通り読んじゃいましたから、新聞と雑誌を持って行ってください」
二十一時、帰りしなに松梶に雑誌一式を持たされた。
気分晴らしには、丁度よいのかもしれない。
新聞には、足場倒壊事故の原因となったアンカー切断を行った作業員の診療履歴が仄めかされていた。果たして、それだけだろうか。
野々村には、腑に落ちない。
一冊のムック本を手に取った。
「宇都宮市・百目鬼事件~現代に蘇る鬼を追う~」
こんなオカルト本まで買ったのかと半ば呆れながら、パラパラとページをめくる。今年の夏に起きた栃木県宇都宮市での鬼騒動のルポタージュ記事だ。ネット上でも一時話題になったのを覚えている。
およそ作り話なのだろうが、鬼の出現時期や場所の考察など事細かに書かれている。裏表紙には「超常現象募集・書籍化を条件に問題解決いたします」と書かれている。
週刊誌に目を通す。
相変わらず下世話なゴシップとも陰謀論とも言えぬ記事が羅列されている。その中には「AI反対派を襲う呪いの事故」という記事も並んでいた。
野々村は、雑誌を読みながらソファーで寝てしまった。
翌朝、晴れた空に「パンッ」と乾いた音が響く。
野々村は、その時には気にも留めなかった。
やがて、サイレンの音が聞こえて、外が騒しくなる。
巡回中の警官が、マンション前でこめかみに銃口を向け、自ら引き金を引いたそうだ。
野々村は、昼のニュースで知った。
限界だった。
パソコンを開き、昨夜見たムック本の出版社を検索する。
「梶沢出版株式会社」
野々村は、超常現象募集フォームを埋め、すがる思いで送信ボタンを押した。




