第11話 夢
野々村は、何度も大声を出したが、返事はなく機械音だけが聞こえてくる。
手と足を椅子に固定され、頬を床に付けた姿勢で動けない。返事も動きもしない男が、野々村の上から重くのしかかる。
頬にぬめりとした液体が付いていた。
そのままの姿勢で、何時間経ったのだろう。
頬の液体も乾き始め、血の匂いも感じなくなっていた。
このまま、誰にも気づかれずに死んでいくのだろうか。
意識は、はっきりしているのか、遠のいているのか、それさえも分からない。ドアが開く音で正気に戻った。
「警察だ! 全員、う……」
大勢の足音が聞こえる。
「助けてくれ……」
野々村は、声を振り絞る。
人が集まる気配がする。
手足を縛る結束バンドが切られた。
野々村は、目隠しを外され、そのままタンカに乗せられた。
運ばれながら視界に入った室内は、幾人もの男たちが血にまみれて倒れていた。
外は暗く、回転する赤色灯が周囲の建物を照らしている。
工場の跡地のようだ。
救急車に乗せられた野々村は、そのまま眠りについた。
目が覚めた時、野々村はベッドの上だった。
起き上がろうとして、点滴がつながっていることに気が付く。
頭は痛むが、包帯が必要なほどの怪我ではなさそうだ。
「ソフト・クリムゾンの野々村さんですね」
スーツ姿の男が病室に入ってきた。
「松梶さんから通報があり、監視カメラで足取りをたどったのです。無事で何よりです」
男は、刑事だった。
野々村がさらわれる様子を、警備員が目にしていたそうだ。
「姉乃は……姉乃は、無事ですか」
「自宅マンションに伺いましたが、いらっしゃいませんでした」
事情は、松梶から聞いているという。
「犯人は?」
犯人グループを追えば、手掛かりが掴めるかもしれない。
「野々村さんを誘拐した実行犯に生存者はいません。現在、全員の身元を調べているところです」
刑事によると、野々村を誘拐した犯人たちは、一人の男によって金属パイプで滅多打ちにされたそうだ。襲われた男たちは突然のことになすすべもなく、五名全員がその場で絶命している。
「動機は不明ですが、仲間割れでしょうか。撲殺した犯人は、自分の頭部を殴り割って命を絶っています。即死ですよ。そんな力で自分を殴れるとは信じ難いことです」
刑事は「さて」と切り出し、野々村の行動を聴取し始めた。
野々村は、昨夜は姉乃と一緒にいたこと、姉乃は出勤するとメモを残して家を出たことを話した。
パソコンが話し掛けてきたことは、口にしなかった。
刑事は、言い方を変えて何度も質問を繰り返す。誘拐犯が話していたAI反対派を襲った一連の事故が、野々村の仕業だと疑われてもいるのだろう。
聴取は、昼食をはさんで五時間続いた。
解放された時は、夕方になっていた。
疲れ果てた野々村は、夕食をとって早めに横になる。
姉乃の夢を見た。
夢は、薄明るく光る森の中、野々村が姉乃を連れていた。それを夢を見る野々村が俯瞰している。夢の中の野々村は「姉乃はここにいるよ」と言った。
姉乃は野々村の右側に立ち、悲しげに下を向いていた。




