第10話 誘拐
松梶に尋ねるが、姉乃は出勤していないと言う。
姉乃の携帯に電話する。
「お掛けになった番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていません」
繋がらなかった。
警備員も姿を見ていなかった。
「心配だから、自宅に行ってみるよ」
一連の不穏な事故が、姉乃にも降りかかったのかと不安になる。
野々村は、タクシーを呼び、オフィスを出る。
大通りに出て、タクシーを待った。
もう、AIゲームの公開を待たずにプロポーズしよう。
野々村は、目印にと伝えた洋菓子店を背に、行き交う車を眺めながら思った。
目の前に黒のワゴン車が停まった。タクシーではない。
後部座席のスライドドアが開く。
同時に、背中を押される。
前のめりになった野々村は、両脇から腕を掴まれ、そのままワゴン車に押し込められた。
後部座席で待ち構えていた男に結束バンドで手を縛られ、目隠しをされる。
口元に布が当てられ……意識を失った。
野々村は、椅子に縛られ座っていた。
顔を上げるが、目隠しをされたままで、周囲の状況はわからない。
部屋の空気は、ひんやりと冷たく埃っぽかった。
微かにガシャンガシャンと機械音が断続的に聞こえてくる。
「目を覚ましたようです」
右側から男の声が聞こえた。
三、四人の足音が部屋に響く。
「手荒な真似をして申し訳ありません。ソフト・クリムゾンの野々村さんですね」
別の男の声が質問する。会話は、意外にも丁寧な言葉遣いで始まった。
「最近、AIの反対運動をしている仲間たちが、事件や事故に巻き込まれています。私の身近な人間も命を落としています。野々村さんが私たちを恨むのはわかりますが、やり過ぎだ」
「ダンプカーの交通事故と、足場倒壊の事故のことを言っているのかもしれないが、私はどちらも関係していない」
まだ、意識は朦朧としていた。
「足場倒壊は、事故ではないことがわかりましたよ。デモ行進の前に足場のアンカーを作業員が切断しているのが目撃されています。その作業員は足場諸とも崩れ落ちていますから、実行犯は生存していませんが……」
「私は、関係ない!」
とんだ言い掛かりだ。AIの反対運動ごときで、人の命を奪おうとするはずがない。
「私たちも証拠もなく動いたりしません。ニュースにならない事件事故を含めて、多くの仲間が狙われています。辛うじて難を逃れた複数の人間が、あなたを見たと言っているのです」
「そんなわけはない。事実なら警察に相談したらいい」
「相談していますよ。しかし、あなたは尻尾を出さない。私たちの運動は、あなたが開発しているゲームAIだけを糾弾しているわけではありません。これ以上、狙わないでもらいたい。私だって、こんなことはしたくないのです……」
「そんな戯言を……姉乃も、お前たちが誘拐したのか」
「あなたの御同僚ですね。私たちは、あなたに直にお願いしているのです。他の方は関係ありません」
ガチャッと、左側からドアが開く音がした。
何者かの足音が近づいてくる。
「どうした?」
男の慌てた声が聞こえた直後、ボコッと鈍い音がした。
男が、覆い被さってくる。
野々村は、椅子ごと転がった。
殺されるかもしれないと、野々村は覚悟した。
「落ち着くんだ!」
「何をする!」
金属で殴りつけるような鈍い音が続く。その度に悲鳴が聞こえ、人の気配が減っていった。
カランと金属音が響く。ドサリと何かが崩れ落ちる音がした。
後には、機械音だけが微かに聞こえてくる。
血の匂いが、漂っている。




