第1話 AI
野々村孝夫が率いる総勢五名のソフト開発会社「ソフト・クリムゾン」は、起業して五年目になる。二年前にスマホ向けのゲームアプリがスマッシュヒットしたおかげで、業績は安泰だと言えるだろう。成長株のゲームデベロッパーとして期待され、大手パブリッシャーとの提携話も進んでいる。
調子に乗って、AI開発を提案したのは、野々村だった。
現在のAIは、どれを取っても、代わり映えしない。
それらとは一線を画す、ゲーム世界上のAIを創りたかった。
ゲーム世界の構築からレベル調整、イベント管理をAIに担わせる。プレーヤーは、ゲーム世界を統括するAIと対話しながら、世界を理解し、クエストを進めていく。
この提案は、突飛な夢物語に思われた。AIを一から開発するのには「ソフト・クリムゾン」の資金や人員では、明らかに足りなかった。
しかし、ここには抜群のプログラミングセンスを持つ松梶がいた。
そう、プログラミングは、センスだ。
松梶は、野々村のアイディアを聞くと、要件定義と設計をいとも簡単に済ませ、アルゴリズムを書き出していった。
企画段階のゲームアプリの開発を後回しにして、松梶を中心に中輪と安藤の三名がプログラミングに当たった。
開発に着手してから一年半が経過している。すでに、AIは、テストを繰り返しながら、小説やゲームデータを学習し始めている。
野々村は、思い描いていた。
最終的には、VRゴーグルの装着なく、脳への直接のアクセスを試みる。
今まで体験したことのないAIが創造するゲーム世界。
仮想世界とは思えない現実と見分けのつかない臨場感。
プレーヤを主人公とした壮大にして最適化された物語。
開発に成功すれば、ゲームの歴史に加わることは間違いなかった。
大手企業に先回りされないスケジュールとなった先月、「ソフト・クリムゾン」は、AIとそれが構築するオープンワールドゲームの制作を発表した。
ゲームの革新的技術であると、多くの企業や個人が期待と共に応援を表明し、手応えは十分だった。
しかし、反対意見も少なからず、聞こえてきた。
それは、AIは仮想世界を統括するだけに留まらず、必ずしや現実世界の支配を試みるだろうという主張に占められる。
反対意見は、予言と言う形で急速に広まった。
リリース直後にSNS上に、今井と名乗る人物が「#今井予言」として反対意見を発信したのだ。
「現実世界の支配:AIは自身が世界に与える影響の大きさを認知し、支配しようとする。#今井予言」
「認知能力の低下:AIが創り出す仮想世界と現実社会の区別がつかなくなる。#今井予言」
「プライバシーの侵害:AIは大量の個人データを収集・分析し、個人のプライバシーを侵害する。#今井予言」
「偏見の増幅:AIは偏ったデータを学習し、社会的な偏見や差別を助長する。#今井予言」
瞬く間に信奉者が現れた。
今井の投稿は、ただ世論を煽るような感情的な話ではなく、AIによる未来を的確に、そして、ネガティブに予測していた。それは、AI全般に向けられたものだったが、人々は、野々村たちが開発するAIを敵視するようになっていた。