ベランダの鳥は自由を手に入れたのか【なろうラジオ大賞6】
夏の夜風は、決して涼しいものではない。
「今夜も暑いな……」
昴は一人、缶ビール片手にベランダの縁にもたれかかっていた。
見慣れた都会の夜景、目新しいものはなにもない。
「やっぱり。今日もいた」
隣のベランダから声が聞こえた。隣人の佳奈だ。
彼女もまた缶ビール片手にベランダへ出てきた。
それがベランダでの共通事項。
二週間前。
「お互い、似たような夜を過ごしてますね」
缶ビールを傾けた昴が冗談半分でそう声をかけて以来、二人はベランダ越しに短い会話を交わすようになった。
「今日も暑いね」
佳奈は呟く。その姿はぼんやりと高層ビルの光に浮かんでいる。
「夏ですからね」
「それもそうだね」
彼女は苦笑しながら、缶ビールを掲げた。
「ねえ。今日はどんな日だった?」
「いつも通りです。仕事して、疲れて帰ってきて、こうしてビールを飲む」
短い会話の裏に、互いの孤独が滲んでいるようだった。
佳奈はベランダの手すりに肘をつき、夜景を眺め出す。
その視線は思い詰めたようにどこか遠くを見ていて、昴は思わず言葉を飲み込んだ。
「ベランダって鳥籠みたいだよね」
佳奈がふいに言った。
「鳥籠、ですか?」
「そう。外なのに塀があって全然自由じゃないでしょ。こんなに空は近いのに」
昴は返す言葉が見つからず、ただ佳奈の横顔を見ていた。
微かに笑っているようで、でもすぐに壊れそうな儚さを漂わせている。
「あの……しんどいことがあるなら、話してくれませんか?」
昴の言葉に佳奈は一瞬だけ動きを止めた。そして、小さく首を横に振る。
「大丈夫。話したって何も変わらない」
その答えは昴の胸に小さな痛みを残す。
「もう寝るね」
そう言って静かに部屋に戻っていく。光を受けて風に靡いた髪が綺麗だった。
次の日、佳奈の姿を見ることはなかった。
その翌日も、そしてその次の日も。
一週間後。
会社から帰宅すると、管理人と警察が慌ただしく佳奈の部屋に出入りしているのを目撃した。
「どうかしたんですか?」
その問いに管理人は険しい顔をする。
「ご家族から何日も連絡がつかないって通報があって。それで入ったら……」
それ以上は聞けなかった。
ただ、佳奈がもう戻ってくることはないと悟るには十分だった。
昴はいつものようにベランダに出る。
隣のベランダは空っぽで、明かりが灯ることもない。
──鳥籠を出た彼女は、自由に空を飛んでいるのだろうか。
そうであってほしいと、缶ビールを傾ける。
夏の夜風は、やはり涼しくはなかった。
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