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恐怖!魔生物の嫉妬!

「ヘリウムガスに治癒魔法かけると効果ってだいぶ変わるんですね」


 給湯室に入ると柊さんが先にいたため、昨日の案件を思い出した私はお疲れ様です、と声をかけた後でそう話しかけた。

 柊さんはおつかれー、と返した後でポットから手を離した。どうやら中の水を取り替えてくれていたようだ。


「ねー。まさかそんな効果あると思わなかったよ」

「ただのガスと侮るなかれ、ですね」

「パーティーグッズでも使い方間違えると良くないことが起きるってことだよね。良い教訓になったよ」


 私が手に持っていたカップに気づいたのか、柊さんはさりげなくポットの前からどいてくれた。私はすみません、と謝った後でポットの前に移動しお湯をコーヒーの粉末が入ったカップに淹れる。


「今日もコーヒー? たまにはお茶飲んだら?」

「お茶を飲むと一息つきすぎて眠くなりそうなので……」

「あー、ちょっとわかるかも。カフェインの量はコーヒーよりあるらしいのにね」

「えっ、そうなんですか」

「うん」


 なんてことを話していると。何やら事務室の方が騒がしい。今日も出勤……というかシフトが入っているのは私と柊さんと如月くんだけだ。そして今給湯室には私と柊さんだけ。となると、必然的に騒いでいるのは……。


「如月くんかな?」

「ですよね」


 いったい何が起きてるのか。それを明らかにするため、私と柊さんは二人で事務室に向かった。


「如月くんどうし――」

「やぁやぁ柊くんに高峯くん! 君たちもいたんだね!」


 ……


「社長! なんでここに?」

「いやぁちょっと試したいことがあってね。昨日の柊くんの報告書を読んで居ても立っても居られずここに来たのさ!」

「試したいこと?」

「社長絶対ヘリウムガスに治癒魔法かけて吸いましたよね?」

「なぜわかったんだい!?」

「そりゃ一発でわかりましたよ」


 空野彼方社長はそこそこ……いや一応上の上くらいに位置するほど顔が良いらしい。おまけに若々しいものだからたまに若い女性に逆ナンされているところを見かけたりもする。するのだが……いかんせん私たち従業員は社長の奇想天外な行動に目撃してしまっているため、見た目の良さよりも中身の残念さの方が上回っているのだ。


 まぁ、それは置いておくとして。


 昨日の今日で、しかも何のてらいもない男性の顔から女の子の声が発されていたらそりゃああの案件が頭をよぎるというものだ。


「だってヘリウムガスに治癒魔法かけただけであんなに効果が変わるんだよ!? それを聞いて試さない人はいないさ!」

「第一試す試さないの問題じゃないんですよ。なんで魔法使えんですか貴方」

「僕だからね!」


 ドヤァァァ……とよくわからないところでキメ顔をしてみせる社長。社長の意識が私に集中している隙に、柊さんが如月くんを救出してくれた。


「如月くん大丈夫?」

「社長は男、社長は男、社長は男……」


 ……駄目だ、完全に怯えてしまっている。社長が何やらかしたのかはわからないけど、今日の業務に如月くんは参加できなさそうだな……。


「如月くん、今日は休もっか。柊さん、如月くんを仮眠室まで運んでもらえますか。私は社長を説教します」

「りょーかーい。任せたよ、高峯さん」

「えぇ!? なんでだい!?」

「なんなら秘書の三日月さん呼んできても良いんですよ。私の代わりに説教してもらいます」

「な!? 三日月くんを呼ぶのは卑怯じゃないかい!?」


 三日月さんの名を出した途端に焦りを隠さなくなった社長。……それも当然か。社長秘書の三日月飛鳥(みかづきあすか)さんはいつも自由な社長の尻拭いに追われることが多い。そして尻拭いが終わった後、鬼のような形相で説教するのがいつもの光景だったりする。それもあって、社長は三日月さんを恐れているのだ。


「そんなに三日月さんに怒られるのが嫌なら思いつきで行動するのやめたら良いのに……」

「そうはいかないさ! ただの思いつきが結果として良い方向に進んだこともある。だから思いつきというのは馬鹿にできないし、やめるわけにもいかないのさ!」

「なるほど、反省する気ゼロと。三日月さーん」

「お呼びでしょうか」

「なっ!? 三日月くんどこから現れてるんだい!?」


 三日月さんを呼んでみれば案の定机の下からすぐ現れた。どういう技術を使ってるのかはわからないけど、いつもこうだし便利だからあまり深く考えたことはない。

 嫌だ嫌だと子どものように駄々をこねる社長を素早い手刀で気絶させた三日月さんは、ご迷惑をおかけしましたと言って社長を引きずって去っていった。


「……」

「さ、今日もお仕事がんばろっかー」


 柊さんが何事もなかったかのように定位置についたので、私もそうすることにした。



「今日は二人で対応しなきゃいけないってことですよね」

「そうなるねー。ま、がんばろ。別に力仕事とか来るわけじゃないしさ」

「それはそうですね」


 プルルルル……


 そんなことを話していると早速電話が鳴った。えーと……私の担当の電話か。一拍呼吸を整えてから私は受話器を手に取った。


「はい、お電話ありがとうございます。カナタドットコムコールセンター高峯です。今日はどうされましたか?」

『えぇと、えぇと、えぇと……! あの、えぇと……!』


 ……どうやら相当パニックになっているようだ。一旦落ち着いてもらった方が良いだろう。


「一度深呼吸しましょうか。はい、ヒッヒッフー」

『!? な、何かの呪文ですか……!? やっぱりわたしは呪い殺されるんだ……!』


 ……逆効果だったようだ。こっちでは定番のやりとりでは意味がなかったらしい。


「すみません、ボケたら少しは落ち着いてもらえるかと思ったのですが逆効果だったようですね。深呼吸、深呼吸です。はい、息を深く吸ってー」

『すぅー……』

「吐いてー」

『はぁー……』

「どうでしょう。落ち着きましたか?」

『さ、最初に比べたらだいぶ……。ありがとうございます』

「いえ、お気になさらず。それで今日はどうされました?」


 落ち着きのない電話主には冷静に対応するに限る。こちらが動じずにいたら少しずつ冷静さを取り戻していくものなのだ。


『そのですね』

「はい」

『私の友達がですね』

「はい」

『豆粒みたいになっちゃって……』

「はい?」

『ほ、本当なんです! 証拠ってどうやったら見せられますか魔石に近づけたら見えるようになりませんか!?』

「ならないので落ち着いてください」


 豆粒……豆粒? 豆って私の知ってる豆だろうか。念の為スピーカーモードにしてたから話の内容聞いてたであろう柊さんにアイコンタクトする。……うん、豆ってあの小さくて節分に食べるあれですよね知ってた。

 でもなんでそんなことになったんだろうか。詳しく聞いてみよう。


「豆粒のようになった経緯を詳しく聞かせていただいても?」

『は、はい! えっと、まずこの世界は隕石が衝突して――』

「そこじゃないそこじゃない。遡りすぎですそんな定番のボケしなくていいんですよ。なぜ貴方のご友人が豆粒になったか、かいつまんでお願いします」


 さてはこの電話主、そうとう慌ててるな……。まぁ友達が目の前で豆粒サイズになったら誰でも慌てるか。こっちの世界ではありえない話だけど……いや社長だったらありえなくはないのか。あまり深く考えないでおこう。


『えっとですね、まず友達はマヨネーズを飲むのが日課なんですけど』

「前提がおかしい気がしますけどあえてツッコまないで聞きますね。それで?」

『さっきもマヨネーズを飲んでたら、急に体が小さくなっていって……』

「ふむ……その話だけ聞くと何もおかしなところは感じられませんね。マヨネーズは普段飲んでいる物と一緒の物でしたか? 何か変わったところは?」

『そうですね、いつも飲んでる物と同じ……というか貴方の会社の物でした』


 うーん、いつもと同じ――しかもうちの会社のマヨネーズを飲んだだけで体が縮んだ、か。日課で使ってるいつものマヨネーズと同じ物なら何か変化が起きるはずがないんだけど。というかうちのマヨネーズでそんな現象起きるなら怖くて使えないんだが。


「柊さん」

「魔鈴ならもう立ち上げてるよ」

「ありがとうございます。魔鈴はなんて?」

「今のところは何も。もっと詳しく聞いてみたら?」

「そうですね。――失礼、もう少し詳しく聞いても?」

『そうは言っても……。わたしも来たばかりで何が何だかわからなくて……』

「……ん? 来たばかりなのに豆粒のご友人を見つけられたと? 目が良いんですか?」

『あ、はい! 一応視力12.0はあります!』

「初めて聞く数字だ」


 視力って二桁いくことあるんだな。


「それでは周りをよく観察していただけますか? 何かマヨネーズの周りに落ちてたりは」

『マヨネーズの周り……あっ!』

「何か見つけましたか?」

『薬のカラみたいな物が落ちてます!』

「それがだいぶ怪しいですね。何か書かれてますか?」

『えっと……これであなたもスリムボディに! って書いてます』

「ダイエットのサプリかな。説明からしてうちの会社の物の可能性が高いですね。商品名はわかりますか?」

『シボストーンって書いてます』


 手元に置いてあったうちの会社で取り扱ってる商品の載ったカタログを捲っていく。……うん、たしかにある。

 でも二つともうちの会社の物を体内に入れて豆粒になったってことだよね? マヨネーズ飲んでダイエット薬飲むって人はさすがに少ないと思うけど、いない可能性は捨てきれないからそんなことになったらとんでもないクレームが既に来ててもおかしくない。


「魔鈴に聞いてみるね」

「お願いします」


 私の疑問を柊さんが魔鈴に打ち込んでくれた。正直お手上げに近い状態だから助かる。


「あ、解答来たよ。今コピペしてそっちに送るね」


 柊さんから来たメールをパソコンで開く。……えっと、何々?


『魔鈴、うちのマヨネーズとシボストーン一緒に飲んで体が小さくなることってあるの?』

『私の推測ですが、それら二つを同時に摂取する前に何かしらの魔法を自分にかけていた可能性はあります。例えば効果を増幅させる魔法により薬の効力が高まったなど』


 それが一番考えられるか。


『もしくは、日用的に摂取している食べ物にも影響がある可能性があります』


 マヨネーズの他に食べてる物にも原因があるかもってことか。


「ご友人はマヨネーズ以外に好んで食べている物はありますか? 食べ物以外でも、薬や飲み物でも構いませんが」

『えぇ、何だろう……。さすがに私もいつも一緒にいるわけじゃないから……』

「ですよね」

『ニクザカナのローストはいつも持ち歩いてましたけど』

「ニク……何?」


 なんだそのどっちにもとれる名前の食べ物は。てかローストを持ち歩いてたのかご友人は。


『え、知らないんですかニクザカナ? その辺りの川を泳いでるのに?』

「ちょっと存じ上げませんね……。ニクザカナの特徴を教えていただいても?」

『見た目は魚なんですけど、お肉みたいな味わいがするんです。他の特徴としては……』

「はい」

『食べた人が自分を食べる以外の方法で健康的になろうとすると嫉妬しちゃうって言い伝えが』

「原因それですよね?」


 魔生物のことだ、言い伝えであっても馬鹿にはできない。なにせフーセンハイヤーなる前例があるので。


『え、原因わかったんですか!?』

「まぁ……。今対処法調べますね」


 とは言ってもニクザカナの嫉妬によって小さくなったってどう対処すれば良いんだ……? なんて考えてたら柊さんがサムズアップした。何か考えがあるようだ。


「ヤキモチにはね、愛で対応するのが一番だよ!」

「愛、ですか」

「そう、愛! ニクザカナのヤキモチすら包み込むような大きな愛を示す! これが一番!」

「……具体的には?」

「いつもニクザカナを食べてるよって見せたら良いんじゃない? ニクザカナに」

「ニクザカナに?」

「ニクザカナに」


 ……うーん、それでどうにかなるんだろうか。ひとまず伝えてみたところ。


『……わかりました、やってみます!』


 とだけ返ってきて電話は切られた。


 そして後日。


『ニクザカナたちに友達を見せたらわかってくれました!』


 と感謝の電話が来た。どうやらニクザカナ界で有名なご友人だったようで、『あいつはいつも我々を食べてる。いつ食い尽くされるかわからない』と怯えた様子で解放してくれたそうだ。


 さらに余談だが、社長がそのご友人の写真を見せてくれた。なんともワガママボディなお方で、写真にはニクザカナらしき肉を片手に歩いている姿が写っていた。……うん、こんな風にいつも食べてたら怯えられるわな。


【今日の報告書】

担当:高峯夕湖


意見の内容→弊社のマヨネーズとダイエットシボストーンを同時に摂取したら体が縮んだ。どうすれば良いか。


提案→ニクザカナに愛を伝える。


社長からの講評→愛はすべてを解決するんだね。

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