亀夜の思い出
「うん。コレでようやく一冊だね」
お父さんが書き残した一冊目の赤い日記帳をパタンと閉じて本棚にしまう。
大切な遺品だからね。ちゃんと保管しておかなくっちゃ。
机には私が翻訳して写した新しい日記帳。せっかくだからデザインが似ている日記帳に合わせている。
「全く同じ日記帳は見つけられなかったけれど、せめて雰囲気ばかりは真似たいもん」
それにしてもお父さん、波乱万丈な人生を送ってたんだね。会った事がないはずなのに、まるで自分事のように感情が揺り動かされちゃう。
やっぱりどこかで、繋がってるのかな。
コンコンと鳴るドアに振り向くと、艶やかな黒髪の女性が立っていた。落ち着いている知的な眼差しが、見守られているって安心感をくれる。
「今は、大丈夫かい……ちぃちゃん」
「亀夜ちゃん。丁度一年目の翻訳が終わったところだよ。見る?」
書き写した日記帳を開いて亀夜ちゃんに見せつける。ゆっくり近付いてきて、丁寧に覗き込んだ。
気になるよね。私だって聞きたい事あるもん。
「そうか、優太はこんな覚悟を持っていたのだ……な。随分と、私の事を買い被っていたよう……だ」
フっと優しい微笑み。苦いはずなのに甘い思い出なんだろうな。
「ねぇ亀夜ちゃん。ホントはこの時、お父さんを殺すつもりだったでしょ」
「まぁ……な。境遇に不憫さこそ感じた……が、優太の闇は深すぎ……た」
日記帳から目を離さずに微笑んだ。もう大分昔の事だから動揺とかしないみたい。亀夜ちゃんの事だから上手く隠し通してるだけかもしれないけども。
「どうして殺さなかったの?」
「優太が自ら身を差し出したときに、気付かされ……た。人生に闇を抱えていない者など、いはしない……と」
日記帳から私へ視線を流す。優しい眠りを誘う闇のように澄んだ色。
「そもそも、ハードルを高くしすぎて……いた。四人で暮らしている環境も、よく……なかった。奴隷とは、一人の主に対しての相性しか存在していないのだから」
本来亀夜ちゃんの奴隷は、亀夜ちゃんにしか懐かない。刹那家の場合、亀夜ちゃんが奴隷の悪いところを寛容できても、他の三人は咎めてしまう。だから奴隷が居着かなかった。
「その為に、模様が四分割された魔方陣でお父さんを召喚したんだよね」
私の部屋の床、元はお父さんの部屋の床にデカデカと描かれている魔方陣を見下ろした。本当にデタラメで、よく召喚できたなって思う。
「笑える試みだった……が、おかげで優太に出会えた……よ」
「そっか」
私もいつか、お父さんみたいな奴隷を召喚できるのかな。できたらいいな。
「さて、次から二冊目の日記帳に突入するわけ……か」
亀夜ちゃんが感慨深く、二冊目の黒い日記帳に視線を向ける。
「私が優太にプレゼントした、日記帳……だ」
シックでシンプルな黒の日記帳。亀夜ちゃんらしい趣向だ。
「ステキな日記帳だよね。お父さんも喜んでたでしょ」
「あまりの喜びように、私が困惑したが……な」
亀夜ちゃんの苦笑がやわらかい。
「時間はかかっちゃうけど、大切に翻訳するから。待っててね」
「全く、ちぃちゃんは頼もしい……な」
冷たい手のひらを開いて、頭を優しくポンポンと叩いてくれた。
「えへへっ」
後三冊。楽しんで翻訳するからね。お父さん。




