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奴隷日記  作者: 幽霊配達員
赤の書
37/55

常闇の帰還

 目が覚めたら、見慣れた天井が消えていた。

 青空。寝そべっているのはベンチ。周囲には懐かしい遊具。知っている公園だ。

 公園の外には車道があって、車が忙しなく何台も通っている。

 魔女の世界では、あり得ない光景が広がっていた。

 家……刹那家じゃなく、本物の実家から15分の場所にある公園に拒絶した。

 独りぼっちだと気付いて震える。6月だって言うのに、暖かさを微塵も感じられない。

 刹那家での楽しい記憶を、現実が嘲笑っているかのようだった。

「あれ、杉浦くん?」

 公園を横切ろうとした女性が、俺に向かって話しかけてきた。

 思い出せないけど、どうやら高校に通っていた時のクラスメイトだったらしい。

 感慨なんてない。ただ、刹那家の奴隷になってから捨てた“杉浦”って名字だけが虚しく戻ってきた事だけはわかった……わかりたくなかった。

 いらない情報は積み重なっていく。家族が心配して、心配をしすぎて神経を磨り減らし、イライラと怒鳴るようになっていると。

 俺がいなくなった事で、ストレスが家の外へ漏れ出している事が容易に窺えた。外面をよく保てなくなってきている。

 覚えたのは危機感。見つかったら俺は、即ラチられる。本物の家族に。

 恐怖でいっぱいだったけど、確認したい事もひとつあった。母さんが無事かどうかを。

 最近、見かけていない……と。

 もう、出会えないかもしれない。けど、もしかしたらまだ生きているかもしれない。

 知り合いだったらしい女性と別れて実家へ確認しに行こうとした。

 杉浦という表札。ハリボテのように薄っぺらな豪邸。地獄の入り口みたいな玄関。チャイムを押そうとする指は震えて、結局押せずに公園へ走って戻る。

 本当に逃げたかったらもっと遠くまで逃げるべきなんだけれども、母さんの安否も確認したいってジレンマもあったから公園で留まった。

 そんな俺の行動を近所の人に見られていた。連絡された。迷っている間に、後ろから睡眠薬を嗅がされてラチられた。

 腹部を蹴られて意識が晴れる。荒れ果てた部屋の中。殺気立った、血の繋がった家族達に囲まれている。

 何って言うか、荒れている。部屋もそうだけど、コイツらの肌も、心も。

 そして見つからない母さん。荒れてる部屋から存在感を感じられない。母さんが生きていたら、部屋はもっと片付いているから。

 殴られながら叫んだ「母さんはどこだっ!」って。

 俺が召喚されてから、二日で死んだと返ってきた。

 想像はしていた。していたけど……思った以上に早い。

 死んでしまった母さんに、コイツらは罵倒をはき続ける。コイツらだって、血が繋がっているはずなのに。

 怒りが込み上げてきた。せめて一人だけでも殴り飛ばしたかった。けどそれじゃ結局、コイツらと同じ家族だって証明になってしまう。

 どうせ逆上されて殺されるなら、せめて最後は刹那家の奴隷として死ぬ。

 挑発ひとつで充分だ。死ぬほど逆上させてやる。俺に生活基盤を支えられていた、俺以下のグズ共を。

 癪に障ったコイツらは、金属バットを俺に振り下ろし続ける。

 痛い……痛い……痛い?

 痛みすらわからなくなってきた。

 遠のく意識の中で、脳裏に思い浮かぶ。千羽が。

 亀夜も、氷竜も、子虎も。脳裏に思い浮かべていたら、亀夜の幻がドアの向こうに浮かんできた。

 走馬灯ってこういう感じなんだ。でもあの亀夜、凄く怒った顔してる。幻なんだから、もっと澄ました笑み浮かべて欲しい。

虐待(コレ)が、キミの闇だったとは……な」

 喋った事でハッとする。本物だ。

 クソオヤジが逆上しながら振り回すゴルフクラブを瞬間転移の魔法で躱し、亀夜は呟くように呪文を唱える。

「私は普段から静黙に物事を見据える心構えで……いる。ある程度の事なら冷淡に、傍観しているつもり……だった。だがコレはさすがに、憤りを隠せないっ!」

 亀夜が言い放つと地震が起こった。いや、土魔法で地震を起こしている。潰す気だ。コイツらを、全部。

 俺は亀夜をとっさに止めた。コイツらに痛い目をみせるチャンスだったけれども、それ以上に、亀夜の手がこんなヤツらの血で汚れるのを見たくなかったから。

 亀夜は冷静さを取り戻すと、周囲に闇を撒いて俺を救出。近くの公園まで瞬間転移で逃げてくれた。

 場面が切り替わるのにも、随分と慣れたものだ。

 それから亀夜とお話しをする。もう隠しきれないし過去。俺は母さんと一緒に虐待されながら育ってきた。

 この身体も生々しい傷跡でいっぱいで、みせられるような代物じゃない。

 虐待の理由はクソオヤジ。なまじ金と権力を持って生まれてきたせいで意のままワガママに育ち、何の運命のイタズラか母さんが目をつけられてしまった。

 互いの愛なんて存在しない。ただ強引で一方的な欲情が力によって許されてしまった。

 母さんに、拒否権なんてなかった。DVの嵐だった

 そんな欲望の塊だけれど、生まれてきた娘は溺愛した。そう……娘は。

 息子という男なんて必要なかった。

 俺は生まれながらに、母さんと一緒に蔑まれた。いや本来なら、母さん以上に蔑まれていた。それを母さんが庇ってくれて、余計に被害が大きくなっていた。

 娘達は何でもワガママを聞いてくれるクソオヤジに懐いていて、性格も嗜虐性もよく似ていた。紛れもなく血が繋がっていた。

 生まれる娘が増える度に、虐待の酷さも拡大した。何もできないくせに偉ぶっていた。

いつ殺されてもおかしくなかった。夢も希望もなかったのが、俺の過去。

家事を熟せるようにならなければ、たぶん生き残れていなかった。生にしがみつく理由もわからなかったけども。

悔しい気持ちはあったけれども、俺はもうあいつらへの復讐が完遂する事を確信している。

だってもう、自制心ってブレーキは壊れていたから。後は勝手に自滅する。例えば、事件を起こしても金でもみ消すだろう。でももみ消す金も有限。加えて反省できるような連中ではない。果てに見えるは悲惨な末路。

嘲笑しながらザマァ見ろって腹から叫んだ。

亀夜が側で見ている事だって知っていた。

目付きが鋭かった。知っていた。きっと俺は亀夜に殺される。コレが亀夜の試練だろうから。けれど、亀夜になら殺されてもいい。

だって、希望をくれたから。楽しさをくれたから。

黒く鋭い目付きが、徐々に困惑へと変わっていった。

 細くて白い両手で顔を掴まれて、やわな膝の上に誘われる。

「……貸してやる」

 一言だけ放たれた言葉。

 貸してくれたのは、泣き場所だった。

 何時間泣いただろうか。そんなにも泣いてなかったかな。けど一生分泣いた気がする。

 うん。俺やっぱり、腹ん中がドス黒いわ。アイツらと一緒で……

 こんなの、刹那家の奴隷に相応しくない。

 そう思って身を差し出すと、亀夜は優しく苦笑を漏らした。

「帰るぞ……奴隷」

 差し出された手をギュッと握る。冷たくも温かい。やっぱり、手放したくないや。

「あぁ、そう……だ。名前が欲しくば、後は千羽に頼むんだ……な。私は、認めた……ぞ」

 嬉しい事を告げられながら、俺たちは刹那家へと帰っていった。


 刹那家の自室に戻ると、みんなが待っていてくれた。お腹をすかせているだろうし、すぐに朝食の準備をしないと。

 そう思っていたら子虎にいきなり泣き付かれてしまった。

 どうも亀夜の視線や耳を通して、映像も音声も送っていたようだ。既に共有されている。

 子虎にも氷竜にも遠慮をされて労られてしまう中、千羽だけが変わらずに、俺を扱き使えばいいって言ってくれた。

 千羽が全員の敵になりそうでハラハラする。千羽はそんなことお構いなしに、俺に命令を下した。

「じゃあまず、そろそろアンタの名前を教えなさいよ!」

 場がポカンとする。殺気が霧散していく。

「いい加減、名前がないと面倒になってきたわ。四の五の言わずにさっさと教えなさい」

 したり顔の笑み。

母さんから想いを込めてつけられた名前。優しい子に育って欲しいって純粋な願い。

“優太”

 伝えた名前。認められた名前。繋がる名前。コレが、奴隷棒名の儀。

「いい名前じゃないの。アンタは今日から優太。私達刹那家の奴隷。刹那優太よ」

 名前を呼ばれた事が嬉しい。どこまでも温かくなれる。

 気持ちを一新して朝食を作ろうとしたら止められた。病院へ連れられていく。子虎が付き添ってくれた。

 先生の前で服を脱いだら驚愕された。服で隠れる場所には豊富な生傷が刻まれているから。見るに堪えないから隠しておきたかったけど、いい加減そうもいかないよな。

 暫く通院の日々が始まるようだ。

 働きたい気持ちが大きいんだけど、ちょっと焦れったいや。

 完治したら、めいっぱい奴隷をやるぞ。

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