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Missing Never End  作者: 白田侑季
第7部 夢想
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℃-more - 命日とアベリア




 鈍い音。


 崩れ落ちる音。金属の音。そして、何かがアスファルトに滴り落ちる音。


「結果は変わらない」


 オレは告げる。「おまえは自分の行動で何が起こるかを理解していない。自分の選択で誰に、何が引き起こされるかを理解できていない。それは抽象的な例えではなく、厳然たる事実だ。どれだけ感情に支配されようと。どれだけ必死にしがみ付こうと、おまえのしていることには何ら意味がない」


 金属棒が直撃した額を赤く濡らし、首筋に脂汗を滲ませ、土煙舞う中で膝を折る。そんなK汰に、淡々と事実を告げる。


「メグに才能はない。メグに未来はない。そんな分かり切ったことにしがみ付く意味が分からない」

「…………才、能。才能、って……なぁ」


 か細い声でK汰が口を開く。絞り出すように、獣が唸るように。


「あんた、なんなんだ。才能の、ねえ奴、は。生きる価値ねえ、ってか……?」


 オレはそっと溜め息を吐く。


「価値以前の問題だ。他人が無責任に『おまえには才能がある』などとおだてた所で、その先は泥沼でしかない。才能のない人間の人生は惨憺たるものだ。それはおまえもよく知っていると思うが」


 ハッ、とK汰が笑う。意識を保とうと必死に目を開け、口角を吊り上げる。「んだよ……、俺の才能を、あんたが知ってんのか……? あんた、何様だ」

「ふむ、やはりか」

「ん、だと……?」


 残された気力でオレを睨むK汰。その顔で確信する。


「少なくともおまえは、自分に才能がないことを自覚しているのだな。否定しないのがその証拠だ。()()()()()()()()()()()()()?」


 K汰の瞳に宿っていた光が、次第に鈍っていく。


 それまであった怒りの表情は驚きに変わり、一瞬反抗するように歯を見せたが、それも一瞬だった。彼はそっと目を伏せただけだった。


 K汰達は、オレ達五重奏(クインテット)のことを少なからず調べたのだろう。だが、それはこちらも同じだ。


 むしろ「唄川メグ」に関する情報を収集・調査・共有し続けて来た五重奏(オレ達)が、『K汰』を調べないわけが無かった。






 「唄川メグ」という存在が「虚数の歌姫」として発見され、注目され始めた約3ヵ月ほど前。


 情報に乏しい中、聴衆が真っ先にアタリを付けたのはP達だった。「feat.唄川メグ」という表記からして、まず間違いなく「唄川メグ」とはバーチャルシンガー。そしてその情報を持ち合わせている可能性が一番高いのがPだ。聴衆はそう思い至ったのだろう。


 そして、「feat.唄川メグ」の曲が全Pの中で最多だった者が。


 ────『K汰@起きてP』。


 いや、"最多"どころではなかった。彼が投稿した楽曲には「メグ曲」しか無かった。


 当時は依然、音源は視聴不可。サムネイルも閲覧不可だった。


 にもかかわらず、彼の「メグ曲」の多さに。そしてそれら楽曲の投稿数が、優に50曲を超えていることに。誰もが驚愕した。うち数曲はミリオン再生を達成している物もあり、「虚数の歌姫」というコンテンツを求める集団において、『K汰』というPは無類の注目度を誇った。


 だが、不可解な点も無かったわけではない。それが、終盤にかけての「K汰」の投稿頻度だった。


 「K汰」の最後の投稿は3年以上前。また最終曲近辺は、投稿間隔が6,7ヵ月ほどと長期に空いている。それまで1ヵ月単位、早ければ2週間ごとの頻度で投稿していた様子を踏まえれば、「最終投稿が3年以上前」というスパンには大きな意味があるはずだった。


 そしてその理由は数日前、全「メグ曲」が閲覧可能になったことで確信に変わった。端的にまとめるならば。


 作風の変容。


 再生数の低下。


 中傷コメントの増加。


 何のことはない。むしろオレ達Pにとっては──創作者にとってはよくある話だ。


 だが『K汰』は音楽を辞めた。その理由については、いまの彼の表情が物語っている。


 彼は、自分の"才能"に絶望したのだ。


「いまの世の中、才能のある人間は簡単に見つかる」


 事実を告げる。K汰に、メグに、そして。


「"才能"はそこら中に溢れかえっている。それに比例するように、見つかれば見つかるほど、"才能のない人間"も相対的に浮き彫りになる。自分よりも才能のある人間など腐るほどいる。才能のない人間にできることは、そこで身の程を知り、いたずらに未来(そのさき)を望まないことだ」


 電子海(ネット)の隆盛。SNSの普及。自我と承認欲求。コンテンツの相互監視。


 事実として、オレ達は他人の人生を容易に覗き見ることができるようになった。誰にどのような才能が有り、どのように成功を修め、どんな未来が約束されるか。


 誰もが"才能"の力を知っている。その鮮烈な在り様と未来を知っている。オレ達はその"物語"をいとも容易く見つけ、鑑賞し、羨望するための電子海(ぶたい)を得た。その中にいる限りオレ達は、才能ある者の"物語"をどうしようもなく見せつけられる。披露される。


 才能のある者には舞台が約束されているのだ。過酷でありながら、それでも必死にもがき、生き、そして華やかな末路を辿るという未来が約束されている。それら煌びやかな"舞台"が人々を魅了する。


 才能のない者に、そんな未来(舞台)はない。


 才能のない者に出来ることは、真っ先に未来を(舞台を)諦める(下りる)こと。自身の無能を自覚し、才能のある者に舞台を明け渡し、


 そして、一切の舞台を夢見ないこと。


 血の滲むような想いをして何かを成し遂げようとしても、才能のないまま舞台に上がったところで、その末路は"観客の道化"でしかない。自身や他人の才能を過信し、無理やりに表舞台へ引き摺り出すことは、"観客の道化"としてその存在を使い潰すことと同義だ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、才能のない者が無様に未来を望んだところで、待っているのは惨憺たる娯楽消費(バッシング)でしかない。


「才能とは未来への担保だ。才能がある者には、たとえ過酷であろうと華やかな未来が保証されている。言い換えれば、『才能のない者に未来はない』。おまえのしようとしていることは、『唄川メグ』を電子海(ネット)上で永遠に弄ばれる道化に仕立て上げることと何ら変わらない」


 オレの顔を睨み上げるK汰。その瞳には、しかし強さはない。あるのは諦観だけ。味わったからこそ否定できない、未来への殺意。


 ……それはあの日、オレが見た。


「もう一度言う。メグに音楽の才能はない。アレが音楽を望めば望むほど、行きつく先はおまえと同じだ。────いっそ死んだ方がアレの為じゃないのか?」




「────わりゃ(オマエ)たいがいにせぇよ(いい加減にしろよ)




 次の瞬間、花吹雪が舞った。




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