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Missing Never End  作者: 白田侑季
第7部 夢想
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℃-more - さよなら、前略




「あの男は、動くと思うか」


 振り返らずに尋ねる。オレの背後に立つカルが頷く声が聞こえる。振り返らずとも、チェシャ猫のようなにやにや笑いが街灯薄れた宵闇に浮かぶさまが、容易に想像できる。


「そうだね。彼は間違いなく────」


 ────だが次の瞬間、カルの声が途絶えた。


 無音になった後ろを振り返る。街灯に乏しいため視界は薄闇のままだが、数メートル先に背丈の異なる2つの人影が見えた。背の低い方が、背の高い方を抱きかかえて跳躍。そして続けざま、


 付近の建物の影から誰かが飛び出してくるのが視界の端に映った。


 一瞬の間に軽く息を吸う。中指と親指の腹を合わせ、力を込める。単語をそらんじる。


 全ては身体に染みついた動作、慣れ親しんだ反射のままに。


「……『集中──1、』」


 そして指を鳴らす。




 パチンッ




 飛び出した誰かの腕を間一髪で避ける。わずかに掠めた空気が震え、鈍い音を立てながら、背後にあった自販機にぶつかった。金属が激しく折れ曲がる音。破砕するガラス。人体に当たればまず間違いなく致命傷だ。音の強度からして、小型トラックに追突される程度には重量があるだろう。


 人影はすぐさま二撃目を放った。避けたオレの身体を追い駆けるように、爪を立てるような動作で(くう)を引っ掻く。体幹と脚に力を込めながら一気に飛び去ると、うなりを上げた空気が足元のアスファルトをバターのように抉る。


「……チッ」人影が舌打ちした。「やっぱ一筋縄にゃいかねえか」


 ジリ、と体勢を立て直す。背負っていたギターケースやその他の機材を脇に下ろし、視線を人影に──オレを襲った男に据えた。


「……K汰、か」

「ハッ! ご名答」


 皮肉めいた狂犬のような顔で、K汰は唇の端を吊り上げる。「あんたみてえな大物Pにまで認知してもらえるなんざ、俺も捨てたもんじゃねえな?」


 K汰に構わず、さっと周囲に目を走らせる。いま居るのはビル街に囲まれたひと区画、緑地化推進によって無理やり作られた公園のような場所だ。他に人はいない。樹木は点在しているが地面はレンガによって舗装されており、少し離れた場所にはある程度開けたスペースもあり見晴らしも確保できる。相手の出方次第ではあるが、開けた場所に誘導した後に撤退するのが得策だろう。


 そんなオレの視線を読んだのか、K汰が再び笑う。


「んだよ、ヤケに冷静だな。"お知り合い"の安否も気にしねえ、ってか」


 お知り合い、とはカルのことだろうか。先程見えた2つの人影といい、付近で物音がしないところといい、おおかた近くのビルの屋上にでも投げ飛ばされたのだろう。カルと密に会話したのは比較的最近であり、なんならあの男のことなど理解したくもないが、彼が一方的にやられて黙っていられる性分でないことは、ここ数日で嫌というほど知った。加えてあいつのことなど、オレが気にするべきことではない。そしてK汰に答えてやる義理もない。


 オレが沈黙を貫いていると、たまりかねたのかK汰の方から口を開いた。


「……まさかとは思うが。あんた、何でこんな状況になってんのか分かってねえ、ってわけじゃねえよな?」


 暗闇の中で黒々と光るK汰の瞳。その奥に宿った、冷たい敵意。


「すまないが。そのまさかだ」オレは仕方なく答える。「おまえの目的が前回の復讐だとすれば尚更、理解に苦しむ」

「……んだと」


 K汰の顔がみるみる険しくなる。おそらく図星なのだろう。


 2週間ほど前、オレとカルは彼等を襲撃した。正確には、多少手荒な結果となったのは主にカルが原因ではあるが。ともあれオレ達はK汰、そしておそらく先程の2つの人影の正体であろうZIPANDAやNovodyと接触、その場で交戦した。彼等が傷を負ったことも事実。だが。


「あの日最初に攻撃してきたのはおまえ達の方だろう。カルも言ったはずだが、『用があるのはメグのみだ』と。その上でおまえはオレ達を攻撃した」

「……正当防衛、とでも言いてえのか」

「あの時そう言ったはずだ。防衛手段が過剰だったことは認めるが、それを復讐の動機とするのは筋違いだ、と言っている」


 険しい顔のまま、K汰は拳を握る。食い縛った奥歯が、離れたこちらにもギリギリと聞こえるようだ。


「……それなら、それならあんたが()()()に言ったことも過剰だ、って認めんのか」

「すまない。質問の意図が分からない」

「分かるだろ、分からねえふりしてんじゃねえよクソが、『才能のねえ奴は死んだ方が良い』って言ったのはテメェだろうがよッ!!」


 K汰の怒声が静かな公園に響き渡る。だが。


「その話か。おまえは勘違いをしている」

「……んだと」

「あの話はただの事実だろう、過剰とは呼べん。あのメグに既に才能がないのは、おまえにも明らかなはずだ。裏でQuint(クイン)達が新曲を歌わせようとしていたようだが、その結果は分かり切っている。おまえ達こそどうなんだ。あのメグに淡い希望を持たせ、その希望が崩れるさまに愉悦でも感じているのか?」


 バキンッ


 ────音がする。


 ビシッ ガッ バキッ


 細かく跳ねるような音が、K汰を中心にあちこちで響く。アスファルトが抉れる。砕けた破片が夜闇に爆ぜる。空気そのものが唸りを上げる。


 それはさながら、透明な猛獣が興奮と怒りのままに暴れ回るような。


 彼を包み込む空気が変わる。蒸し暑い夏夜だが、陽炎ではない。ひずみ、歪み、うねるその空気は、高密度に圧縮された空気へと変わっていく。


「……俺、は」


 奥歯を噛みしめながら、K汰が囁く。


「終わると思っていた。今晩、ただあんたをぶちのめせば終わる気でいた」


 圧縮された空気が膨れ上がる。


「だが、前言撤回だ。いいぜ、聴いてやるよ、あんたの言い分ってヤツを。そんで、その腐った理論を聞いてやった上でぶちのめす」


 改めて対峙して理解する。


 眼前の男、その異能はあの日はついぞ振るわれなかった。オレが先手をもって封じたからだ。そしてその選択は正しかった。彼の異能(これ)は真正面から戦って勝てるものではない。




「────────ぶっころしてやる」




 ────それはまさに、"暴力"そのものだ。


 だが。


「……ああ。だからこそ、おまえはオレに勝てない」


 中指と親指の腹を合わせ、力を込める。


「この時間帯(夜間)に襲撃してきたところを察するに、オレの異能についてある程度アタリを付けたのだろうが。残念だ」


 目立たぬように軽く息を吐く。


「おまえは自分の行動で何が起こるかを理解していない。自分の選択で誰に、何が引き起こされるかを理解できていない。あまりに周りが見えていない。悪いが、おまえに勝ち目はない」

「黙れ」K汰が牙を剥く。「死ね」

「そうか。好きにしろ。結果は変わらん」


 そこで言葉を切り、オレは単語をそらんじる。


 全ては身体に染みついた動作、慣れ親しんだ反射のままに。全てはいつも通り。


 全ては、あの頃と同じように。


 そして指を鳴らす。




「……『集中──1、』」




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