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Missing Never End  作者: 白田侑季
第6部 脚光
88/125

K汰 - ボクノミュージック




「────着いたゼ、ここだ」


 マキハルの声で顔を上げた。


「……わぁ」


 その光景に、少なからず声が出た。


 視界いっぱいに広がるのは、溢れんばかりの光の奔流。包まれるような壮大な音楽。大きな広場にはカラフルでキラキラした豪華な出し物が列をなしている。踊るヒト。歌うヒト。おどけたように手を振るキャラクター達。それらを眺める大勢のヒトたちの楽しそうな笑い声。歓声。拍手と喝采。


 暗い夜の中で大河のように幻想的に輝くパレードが、そこにあった。


「どうだ、スゲーだろ?」


 マキハルがぼくを振り返る。押し寄せるような光を浴びて、歯を見せて二カッと笑うマキハルは本当に嬉しそうだった。ぼくも素直にうなずく。


「うん、すごい。……すごいきれい」


 ぼくらがいる所は広場よりも少し離れた場所だった。レンガ造りのお土産ショップ、その裏手に人工的に作られた水路があり、ぼくらはその水路にかかる橋の上に立っていた。ひんやりした石造りの欄干から少し身を乗り出せば、広場を見下ろすような形でパレードの全景が見えた。


 不思議だった。ぼくは本来ヒト混みが苦手だ。現にいまも穴場スポットとはいえ、離れた所からでも見よう、と周囲にヒトがちらほら居る。


 でも何故か不安な気持ちは無かった。心音が早鐘みたいになることも、うなじが不安でちりちりすることも、気分が悪くなることもない。ヘッドホンも一日中首にかけたままで、今日は結局一度も使っていない。ぼくはヒト混みが苦手なまま、ヒト混みの中で、さらに多くのヒトがいる景色をこんなにも胸を弾ませながら見ていられる。


「……ありがとう」

「え?」


 ぼくの言葉にマキハルが首を傾げる。


「ありがとう、マキハル」ぼくは音にかき消されないよう、少し声を大きくする。「今日、たくさん案内してくれて。パレードに誘ってくれて」


 マキハルはちょっぴり苦笑いしながら、頬をぽりぽり掻いた。「いやぁ、まぁ今日のはイツキちゃんが誘ってくれたから集まれたやつじゃん? オレは別に、出しゃばって案内しただけで……」


「そんなことない。今日ずっと、マキハルは気に掛けてくれた。美味しいアイスも、すごいアトラクションも、こんな綺麗な景色だって見せてくれた。誘ってくれたイツキにもありがとうだけど、今日いっぱい遊べたのはマキハルのおかげだから」


 昼間の光景が思い出される。美味しい食べ物、たくさん回ったアトラクションの数々、みんなの笑い声。どれもぼくだけじゃ見られなかった光景だ。


 マキハルが再び微笑む。「そう言ってもらえるなんて、オレ様の方こそ感謝だゼ! みんなが喜んでくれたからこそ楽しめたってのもあるしナ。正直な話、オレ様もここに来んの()()()だったから、いまだにアトラクションの配置覚え切れてねえっつーかサ、」


 そのときマキハルの言葉に疑問が湧いた。「"久々"? でも『年パス持ってるヒトはよく来るヒトだ』ってイツキが」


 束の間、マキハルが固まる。


 それから「やっちまったぁ……カッコ悪ぃ……」と小声を漏らして頭を抱えた。


「マキハル? ど、どうしたの」


 慌ててマキハルの顔を覗き込む。ぼく、またなにか余計なことを。


 そう心配したけど、マキハルの反応を見る限りそうではないようだった。マキハルは何かに観念したかのように、指の隙間から気まずそうに顔を覗かせた。


「……いや、その、ナ。今回誘ってもらってからなんだよ、ここによく来るようになったの」


 マキハルは顔を覆っていた手をそっと剥がして、欄干の上に両肘を乗せて顎をうずめた。


「オレってば、ここからスゲェ離れた所から来ててサ。この遊園地に来たのだって、中学の頃にダチと来たのが最初で最後なんだ。そん時もバカみてぇに騒いで、ダチ全員引いてた」


 静かにパレードを眺めるマキハル。けれどその瞳にはパレードのキラキラした輝きとは違う、もっと痛みにも似たものが映っている。


「夢みてぇなこの場所ではしゃいでるのがオレだけだったんだ。他の奴らはどっか冷めた顔してた。……そいつらに勝手にイラついて、もっとバカやって、そこら辺におったスタッフさんに『何しょうるんじゃ!』って怒られて。結局わしらは逃げるようにこっから飛び出した。……あんま、ええ思い出がない」


 そこまで言ってマキハルは夢から醒めたみたいにハッと顔を上げた。「あ、っと……だからサ。今回おまえらに誘ってもらえたし、オレ様ももうちょい、恥ずかしくねぇぐらいにはここを知っておいてやろうって気になってサ。そんで、下見に来るならいっそ"年パス"買った方がカッコ良いんじゃねぇか、って思ったわけで……」


 焦るように言葉を紡ぐマキハル。その横顔を見て、想う。


 昼間の時のマキハルの楽しそうな顔を。みんなと一緒に食べて、みんなと一緒に楽しんで、みんなと一緒にたくさんの景色を見て。その時のマキハルの顔を。……ぼくがナイトパレードに行かない、と言った時の彼の顔を。


 きっとその"中学"の頃、マキハルはナイトパレードを見なかったんだろう。ふいにそう思った。友達と一緒にここへ来て、楽しんでいるのが自分(ひとり)だけだと知った時。そのまま遊園地を出て、ナイトパレードが見られなかった時。マキハルはどんな気持ちだっただろう。


 それからぼくらに誘われて、一足先にここでナイトパレードを見た時。穴場スポットを探して、見つけて、そうして今日ぼくらと一緒に回れた時。


 マキハルは、どんな気持ちだっただろう。


「────ありがとう、マキハル」

「……メグ?」


 自然と言葉が出た。マキハルの目を見つめ返す。


「マキハルのおかげで、ぼく、今日来てよかったって思えた。ここで一緒にパレードが見られて、嬉しかった。だからありがとう、マキハル」


 マキハルが目を見開く。それからそっとこぼした。


「……そっか。あんたが楽しめたなら、良かった」


 ぼくもマキハルの隣で、両肘を欄干に乗せる。自然と顔がほころぶ。


「ぼくだけじゃない。きっとイツキも、ノアも、リズも、────」


 ────そこで、喉が詰まった。言葉が続かなかった。


 思い出したから。


 さっきの圭の顔を、思い出したから。


 ぼくらが走り出した瞬間、ふいに翳った圭の顔。ぼくが答えなかったこと。伝えなかった感情。


 それらが一気に胸の奥を駆け巡って、痛む。パレードの音が急速に遠ざかる。歓声が耳に入らなくなる。あんなに楽しそうに見えた光景が、全部ぜんぶ小さな痛みに代わる。


 圭の寂し気な顔を思い出して、胸が痛む。


 突然つかえた喉の奥。突然しぼんでいく胸の奥。突然マキハルとの間に下りた沈黙。


 そんなぼくを見て、マキハルが「……なぁ」と静かに語り掛けた。


「なんか我慢しとるんか、メグ」

「……え」


 振り仰ぐ。マキハルと目が合う。


「…………そ、んなこと、ない」思わず否定した言葉を。

「そんなことあるじゃろ」マキハルが否定する。


「あんたのその顔、わしはよぅ知っとる。何べんも見たことがある。……前に言うたじゃろ、わし。『あんたがしたいことをすればええ』って。躊躇ってもええ、立ち止まって考えるんもええけど。したいことを我慢すな」


 思い出す。アサヒの家のリビングで、マキハルと話したこと。ぼくの未来の話。


 マキハルの優しい声が聞こえる。


「話をするだけならタダじゃ。わしが聞いちゃる。……メグ、あんたのしたいことは、何じゃ」


 その優しい声に導かれるように、口が開く。


「────────圭、が」


 ぼくの"したいこと"が言葉になる。


「圭がぼくに、曲、作ってくれてる、って」

「おう」

「それで、ぼく、よく分からないけど、胸がザワザワして、でもうまく答えられなくて、そのままここまで来ちゃって、」

「……おう」

「圭に答えなきゃ、って。戻ってもうまく答えられるか、分からないけど。でも、ぼく、」


 思わずギュッとこぶしを握る。上手く話せない。言葉にならない。でも胸の奥のザワザワが大きくなる。弾んで、揺れ動いて、






「ぼく、思ったんだ。歌いたい、歌ってみたい、って。()()()()()()()()、って」






 ────────あ


 言葉になった


 納得した 腑に落ちた


 ぼくは、圭の曲を歌いたい。


 そう思ったんだ。


 マキハルが一瞬目を伏せ、そっと口を開いた。


「のぅ、メグ。あんたは『圭』のこと、好きか」


 束の間、マキハルの意図が分からなかった。だから自然と言葉が出るに任せた。


「好き」


 それから慌てて付け加えた。「でも圭だけじゃない、それは本当だ。アサヒもリズもたまも、ノアもイツキもミヤトも、それからマキハルも」


「……そっか」


 一瞬マキハルが苦笑したように映る。


「…………かなわんなぁ」

「? どういう意味?」


 けれど聞き直した時には、マキハルはもうニカッと笑っていた。口調も元に戻る。「それなら早く伝えに戻った方が良いゼ」


 え、と躊躇いが先に出る。「で、でもパレードが、まだ」


 戸惑うぼくにマキハルが大きな声で言う。「気にすんナ! 見た感じパレードもそろそろ終盤じゃん。いっちばんカッコいい所も過ぎたみてぇだし、先に帰って大丈夫だゼ!」


 それに、とマキハルが付け加える。


「そういう大事なことは、早く伝えるに越したことはないじゃん? ちょっとしたすれ違いってのは時間との勝負なんだゼ」


 光の奔流のようなパレードの灯り。その灯りに照らされて、ぬるい夜風にその桃色の髪を揺らしながら、まるでぼくを応援するように笑うマキハル。


「……分かった、ありがとうマキハル」


 その瞳を真っ直ぐ見つめ返して、ぼくは言う。


「今日は楽しくさせてくれて、本当にありがとう。マキハルは、カッコ悪くなんかない。……だって今日、とても、とても楽しかった!」


 ぼくは笑う。マキハルに笑いかける。この気持ちが、マキハルに伝わるように願いながら。


 マキハルが一瞬息を呑む。それから頬がゆっくりと薄桃色に染まっていく。瞳の奥に、パレードの光と同じ、キラキラしたものが灯っていく。


「……そっか。()()()()()楽しんでくれたなら、オレ様もサンキューだゼ!」


 ぼくは頷く。頷いて踵を返す。来た道を戻っていく。


 ヒトの波を縫って。パレードの光を背に。


 圭の元へ戻っていく。


 ちら、と視線だけ振り返る。マキハルが手を振っている。そんなマキハルにぼくも元気に手を振り返す。そういえばマキハルは、ノアとイツキとパレードを見るために先に行ってたはずなのに、周囲にはノアもイツキも姿は見えなかった。どこか別の場所で見ているんだろうか。


 いや、パレードが全部終わって、みんなが戻ってきたら、みんなで帰ろう。そして。


 言おう。今度こそ圭に言おう。ちゃんと、躊躇うことなく、マキハルみたいに真っ直ぐな気持ちで。


 圭に。


 君の歌が歌いたいんだ、って。


 それが、ぼくのしたいことなんだって。


 ようやく理解する。イツキの言っていた意味を理解する。


 イツキ達の曲のテーマ〈遊園地からの帰り道〉。


 あれはたぶん、小さな寂しさだ。


 遊園地から帰る。楽しかった場所から去っていく。そのことだけを考えると小さな寂しさに見舞われる。


 だけど違う。たとえ遊園地から帰ることになったとしても、また来ればいい。遊園地じゃなくたって良い、またみんなで楽しい所へ行けばいい。行ける日が来る。寂しさだけじゃない、イツキが言いたいのはきっとその先──小さな寂しさの向こうにある、楽しいことのはじまり。楽しいことに想いを馳せること。


 そうだ。


 きっと、これが"楽しい"ってことなんだ。


 だってぼくはいま、こんなにも胸が弾んでいる。そうだ、ぼくは最初からこの感情を知っていた。


 帰ろう。早く圭の元へ帰ろう。みんなと帰ろう。そして帰ったらミヤトと一緒にイツキの曲を歌おう。いまなら歌える。その確信がぼくの中にはある。この感情を早く声にしたい。歌にしたい。


 きっとそうだ。


 この感情は唄川メグのものじゃない。これはぼくだけのもの。


 これがきっと、ぼくの。




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