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Missing Never End  作者: 白田侑季
第6部 脚光
87/125

K汰 - カラフラージュ




「…………つっ、かれたぁ」


 日が暮れ始めた頃、圭が心底疲れたといった声で道の脇のベンチにどかっと腰を下ろした。うなだれたまま、少し離れた所ではしゃぐマキハル達を遠い目で眺める。「あいつら、体力バケモンかよ……」


 マキハルもノアもイツキも、今日1日でたくさんの乗り物(アトラクションって言うらしい)に乗っていた。3人とも同年代とのことだし、気が合うのかもしれない。……若干イツキが振り回されてるようにも見えるけれど。


 ともあれ、圭の方は疲れが溜まっているようだ。しんどそうにベンチに凭れかかっている。


 大丈夫だろうか、とおたおたするぼくの横で、リズが「ンフフ」と喉の奥で笑う。


「日頃から外に出てるコたちだものォ。君とは身体の作りからして違うのヨ」

「遠回しにディスられてんのか、俺……? そういうあんたも俺と大して変わんねえだろ」

「アラ、アタクシはちゃんと適度な筋トレぐらいしてるわよォ。美意識は常に意識すればきちんと育まれる、っていつも言ってるデショ。健全な"ビューティ"が健全な"マッソォ"に宿るのは当然ではなくテ?」

「"ルーオオシバ"風の言い回しやめろ」


 とにかく、と圭は呻いて、手のひらをひらひらと振った。「体力ゼロのニートはここで休んでっから。もう後はあんたらだけで行ってこいよ。ナイトパレードだけは見てえ、って言ってたろ」

「ンもう、1人だけ置いて行くほど薄情じゃないわヨ。パレードが見たい、って言ってたのはマキハルちゃん達だし。アタクシも少し休もうカシラ」


 リズは仕方ない、といった顔で圭を見やった後「キティちゃんは?」とぼくに話を振った。「貴女も少しオツカレに見えるケド」


 さすがリズだ。ぼくは素直に頷く。「ありがとうリズ。ぼくもそうする」


 一応ぼくもかつては「唄川メグ」だったし、年齢的にはマキハル達と同じくらいだと思うけど、圭と同じくちょっと疲れ始めていた。凄い速度で回るティーカップ、走るコースター、飛び出す映像。どれも新鮮で楽しかったけれど、徐々に身体が追いつかなくなってもいた。


「貴女も少しくらいは身体を動かした方がイイわよォ。今度お家でできるストレッチ、教えてあげるワァ」


 リズはそう微笑みながら、離れた所のマキハル達に声を掛ける。「ゴメンあそばせ、アタクシ達は休憩にするワァ。キミ達はどうする?」


「そ、それなら私も休みたい……」とイツキが言いかける。けど。

「でもイツキちゃん」とノアが優しく遮る。「"パレードを実際に見て曲に活かす"って言ってたのは良いの?」

「……ぅぐ。そ、それは」

「それにマキハル君も行きたい、って言ってたよね。みんなで行った方がきっと楽しいよ! ……マキハル君?」


 ノアがマキハルを振り返る。けれどマキハルは聞こえていないようだった。迷っているような表情でぼくの方を見ている。


「マキハル君、大丈夫? 具合悪い?」


 ノアがマキハルの顔を覗き込んで、ようやくマキハルも気付いたようだ。ぼくらの視線を集めていることに慌てた様子で、「え、あ、いや、何でもないゼ。ただ……」

「"ただ"?」


 俯いたマキハル。夕暮れの光で翳ったその顔に、一瞬後悔のようなものが浮かんだ気がしたけれど。


 次の瞬間には、マキハルは何事もなかったみたいに顔を上げた。


「……いや。せっかくだし、オレ様達だけでも見に行こうゼ。オレ様ってば、一番カッコよく見える位置知ってっから!」


 それから、とぼくの方を見て、


「メグも。しっかり休むんだゼ」

「……? あ、ありがとう」

「おっしゃ。ノアもイツキちゃんも、早く行こうじゃん!」


 急にはしゃぐマキハルと柔らかく微笑むノアに連れられて、イツキもそのまま道の向こうに消えていく。「カッコよく見える位置ってなにぃ……」とこぼすイツキの声が何とも物悲しい。


「……ぼく、悪いことした、かな」

「アラ、どうして?」


 マキハル達が去ってから、そうこぼしたぼくに、リズが尋ねてくる。


「だってマキハル、この後の"ナイトパレード"、楽しみにしてたみたいだから。今日ずっと、ぼくのこと、気にしてくれてたし」


 そうだ。マキハルは今日の間ずっと、ぼくにたくさん話しかけてくれた。暑くないか、疲れてないか、って何度も声を掛けてくれた。遊園地の中をマキハルを先頭にたくさん歩いたけれど、途中からヒト混みの少ないルートを意図的に選んでくれていたことにも気付いた。


 イツキから聞いたけど、"年パス"を持っている人はこの遊園地のことが好きで、何度も何度も通うヒトが持っているものらしい。


 実際マキハルは遊園地内のことにとても詳しかった。美味しいアイスがある場所にも連れて行ってくれた。アトラクションも乗るもの、乗らない方がいいものをお勧めしてくれた。この後のナイトパレードだってそうだ。「ヒトが少ない穴場スポットがあるんだ」って楽しそうに。


 マキハルはたくさんぼくを気遣ってくれていた。なのに。


「ぼく、疲れた、って断った。マキハルの好きを、一緒に共有できなかった。……だから、悪いな、って」


 圭もリズも何も言わなかった。でもしばらく黙った後、口を揃えてこう言った。


「別にいいだろ」

「別にイイんじゃナイ?」


「……大体、マキハルの奴があからさま過ぎんだよ。一周回ってこっちが見てらんねえんだが」と圭。

「ンフフ、青春ねェ。見てるだけで若返っちゃいそう!」とリズ。

「なんだそれ、生き血でも吸ってんのか」

「人を吸血鬼みたいに呼ばないでチョウダイ。単に、新鮮な感覚っていうモノは触れれば触れるほど自分の糧になるモノだ、ってだけヨ」


 圭とリズの会話がうまく理解できない。ぼくは目を白黒させるばかりだった。


「ともあれ」とリズがぼくの頭を撫でる。「貴女が気にしすぎるコトじゃないワ。マキハルちゃんに応えたい、と思ったら、その時にアクションを起こせばいいのヨ」

「……そう、なのかな」

「そうなノ」


 さてと、とリズは気を取り直したように、ぼくと圭を見る。


「何か飲み物買ってくるワァ。K汰ちゃんは何か飲みたいモノある?」

「コーラ。Lサイズ」

「オレンジジュースのSね」

「俺の話聞いてた?」


「何言ってるのよォ」とリズが溜め息を吐く。「コノ後に優雅なディナータイムが控えてるっていうのに、わざわざお腹が膨れちゃうモノを飲むなんてノット・シャイニーよォ。キティちゃんは?」

「じゃ、じゃあぼくも同じもので」

「ンフフ、了解」


 綺麗なアイシャドウで優雅にウィンクをして、リズは少し離れた屋台みたいな所へ駆けて行った。


 みんなが離れて、ベンチにはぼくと圭だけが残った。誰かの声が少し聞こえなくなるだけで、辺りが途端に涼しくなったような感じがする。


 遊園地の中は賑やかだ。見渡す限りのカラフル。どこかから流れ聞こえる、おもちゃ箱みたいな音楽。日が暮れかけたそれらにキラキラとした電飾が点き始めて、遠くの方で歓声が上がる。元気に走り回る子供たちの顔は楽しさに満ち溢れている。


 でも、それらを遠巻きに眺めるぼくと圭は、特に何も喋らない。色調が落ち着いていくベンチ。下りていく夜の(とばり)。そんなぼくらの間を、ぬるい風が音もなく通り抜けていく。


 ────あの日。トリとカルに襲われた日から、ぼくと圭は一度も会っていなかった。


 ぼくは立ち直れなかったし。圭は圭で、寝る間も惜しんでずっと五重奏(クインテット)について調べていた、とノアから聞いた。


 それにぼくらはあの襲撃の日の前夜に喧嘩をしている。


 圭はぼくに「好きなようにやれ」と言った。ぼくは唄川メグと向き合うことに勝手な責任感と罪悪感を抱いていた。圭は、みんなは「唄川メグ(昔のぼく)の歌声」を求めているんだ、って。その食い違いがぼくと圭の溝だった。


 今なら違うと分かる。()()()()()()()()()()()()()()()()、唄川メグはこの世に存在して良いモノじゃない。分かってる。


 それでもぼくは教えてもらった。マキハルのあの真っ直ぐな瞳に、大切なことを──この先を自分の意志で決めるんだ、決めていいんだと教えてもらえた。そしてその意志をイツキやミヤトに支えてもらった。きっとノアも、リズも、たまも、アサヒも、それから──


 だから決めていた。今日圭と会えたら、


「……ねぇ」

「……なあ」


 声が被った。まったく同じタイミングで圭も口を開いていた。


「……先に言えよ」

「ぼ、ぼくは後でいい。圭が言って」


 促し合うぼくら。変な空気に根負けしたのか、圭はそっと話し始めた。


「……このあいだは、悪かった。俺が言い過ぎた。すまん」


 頭を下げた圭に、ぼくは首を振る。


「ぼくの方こそ、ごめんなさい。圭は間違ってなかった。今ならそう分かる」


 言葉にした瞬間、ぼくと圭の間にある空気が少し緩んだような気がした。ぼくも圭も、どっちも短い言葉だけれど、何だかぼくらの間にはそれだけで充分だと思えた。


 圭も安堵したように「……そうかよ」と小さくこぼした後、「ミヤトとの練習は順調か」と話題を変えた。


「うん。ミヤトの教え方は分かりやすい。鏡に向かっての声出しも、もう慣れた」

「鏡? 普通に声出すんじゃねえのか?」

「『口がちゃんと開いてるかを目で見てチェックするのが大事なんだ』ってミヤトが言ってた。あとは、鏡に(マル)を3つ描いたりもした。『高さの違う声を安定して出せるようになる』らしい」

「へえ。案外しっかりやってんのな」


 素直に感心する圭。圭と普通に会話できていることに、ぼくも胸が弾む。


 ミヤトとの練習は主に2種類。その1つ目が鏡に向かっての声出しだった。鏡に描かれた高さの違う3つの◯は、それぞれ高音・中音・低音を安定して出すための目印らしい。それぞれの◯に声を集める感覚を身体に馴染ませることで、アップダウンの激しいメロディでも音程がブレることが減って歌いやすくなった。


 2つ目の声量コントロールは少し難しかった。「(a)(i)(u)(e)(o)」の5つの母音を、呼吸の仕方を都度変えながら声に出す練習だ。特に「い」「え」の音は声を高く大きく出そうとすると、喉が締まって歌い辛い。違和感なく綺麗に出せるまで大変だった。また、その2種類の練習、どちらもスマホで録音しながらの練習だった。ミヤト曰く、録音した自分の声をちゃんと聴いて確認することが一番効き目があるらしい。


 その他にも、他のヒトの歌を動画サイトで聴いたり、その歌い方を真似して口ずさんだり。色んなことを実践した。ミヤトはいつも「おれのは我流だ」「動画の受け売りだ」「これだけの練習で出来るようになるメグがスゲーの」と言ってたけど。ぼくにとっては十分過ぎるほど、ミヤトは練習に付き合ってくれた。


「大変だったけど、音程は直せるようになった。イツキの書いた歌詞も覚えたし。『そろそろ声録りもいけるだろう』ってミヤトが」

「……お前らペース早すぎじゃねえか? 曲にしたって、デモ段階のを流用でもしねえ限り出来ねえ芸当だろ。まああの『ぷらす(イツキ)』が、んな中途半端な曲作るわけねえだろうとは思うが。……いや待てよ、ってことはお得意のチップチューン系か? 緩急減らして一定箇所をループさせりゃあ……」


 途中から夢中になってぶつぶつ考え込む圭。でもその顔はどこか楽しそうだ。


 そんな視線に気付いたのか、圭が少しムッとした顔でぼくを見る。「……んだよ。悪かったな職業病で」


「そんなことない」首を振る。「圭がなんだか楽しそうだから」


 すると圭は少し動きを止めて、俯いた。


 考え込むような、懐かしむような、どこか躊躇うような遠い目で。


「────嫌じゃねえのか、歌うの」


 息を呑んだ。


 圭のその言葉に色んな意味が含まれてることが分かった。分かってしまった。


 そしてそのことが、たまらなく嬉しかった。


 唄川メグ(かつてのぼく)が言っていた言葉。みんなが思い出した台詞。


 〈私は歌うことが大好きです〉。


 そしてトリから掛けられた言葉。


 〈歌え。それがおまえのやるべきことだろう〉。


 その言葉たちは、確かにいまのぼくを縛っていたように思う。


 バーチャルシンガーであるメグが歌うのは当たり前。歌が好きなのも必然。歌わされるのも規定通り。何の問題はない。


 だからこそぼくはトリの願いに応えられなかった。身体が、心が、声が、全てがぼくを過剰にさせた。


 歌え、と言われればメグは歌う。歌って、と願われればメグは歌う。望む通りに。思い通りに。断る選択肢なんて無い。そこに良い悪いもない。だってぼくは唄川メグだから。


 ────たとえ、歌が下手だとしても。


 圭はそこを気遣ってくれたんだ。ぼくが歌わされていないか。歌って、と他人(ヒト)から乞われて、断れていないだけなんじゃないか。そうやって気遣ってくれている。


「お前に『言い過ぎた』なんて謝ったが、それでも俺がお前に言うことは変わらねえ。お前に無理をさせるつもりはねえ。お前の負担を増やす気は更々ねえんだよ」


 なんて、と圭はそこで自虐じみた笑みを浮かべた。悔いるように。それでも止められないように。




「俺も作っちまってんだがな、曲」

「───────え」




 最初、分からなかった。圭の言葉をすぐには理解できなかった。


 ようやく理解し始めた時、胸の奥が痺れたような感覚に襲われた。


 周りから音が消える。


 時間が止まったように感じる。


 遊園地のそこかしこに散りばめられた灯りが、夜の帷に、輝いて。


「負担になりたくねえ、って言っておきながら、負担になりかねねえ(モノ)を作るなんざ、……我ながら最低だな」

「圭……」


 そうじゃない。そんなことない。真っ先にそんな考えが浮かぶ。


「イツキ達の曲を歌うのか、歌わねえのか、それとも()()()()()のか。お前がどうやって決めたか分かんねえが、色々悩んだことは分かってるつもりだ。……だから、お前が歌いたくねえなら、別に、」


 違う。


 違う。違うんだ、圭、ぼくは、


 そう口を開こうとした、その時。


「────メグッ!」


 ぼくを呼ぶ声がした。大きな声で、近くから。


 振り返ると、そこには息を切らせたマキハルが立っていた。


「マ、マキハル……?」


 戸惑うぼくを他所に、マキハルは膝に手をついて必死に息を整えている。走ってきたのか、日が落ちた薄闇でも分かるくらい頬が上気している。


「"パレード"に行ったんじゃ……」

「メグ」


 ぼくの言葉を遮って、マキハルはもう一度ぼくの名前を呼ぶ。彼の瞳に、強くて儚い光が湛えられている。


「……あんたが疲れてんのは、分かってる。自分でも、今日オレはしゃぎ過ぎてんな、って思ってたし。それに振り回しちまった、って自覚もあるし……」


 辿々しく、それでもマキハルは熱のこもった言葉を紡ぐ。


()()()()、すまん。もういっぺん、もういっぺんだけ誘わしてくれ」


 そして、スッとぼくへ手を差し出す。


「オレと────()()と、パレード。見に行ってくれんか」


 もう一度差し出された手を、そしてマキハルの目を見る。真っ直ぐで、誠実で、強い光がそこにある。


 〈マキハルちゃんに応えたい、と思ったら〉。リズの言葉が脳裏をよぎる。マキハルは今日ずっと、ぼくを気にかけてくれた。優しくしてくれた。その想いに応えたいのは本当で。


 マキハル()行きたかったナイトパレード。だから、ぼくは────


 ぼくは、マキハルの手を取っていた。


 マキハルの顔に嬉しさが溢れる。「っ〜〜〜よしッ!! 早く行こうゼ。今ならまだ間に合う!」


 ふわっ、と強く優しく手を引っ張ってくれるマキハル。ベンチから立ち上がったぼくは、それなのに一瞬「あ」と振り返った。


 まだ。まだ圭に答えてない。言えてない。


 圭が言ってくれたこと。圭の曲。その曲を、ぼくは、


「圭、ぼく────、」


 けれど振り返った先、圭は




「────行ってこい」





 笑っていた。何も気にしてないみたいに。何事も無かったかのように。()()()()()()()()()()()、とでも言うみたいに。


「リズには俺から言っとく」

「けい、」

「マキハルも。気ぃ遣ってやれよ」

「……サンキューだゼ、兄貴!」

「兄貴いうな」


 マキハルがぼくの手を引く。ぼくらは駆け出す。宵闇に輝くライトの中を、楽しげに弾む音楽の中を、カラフルに煌めくパレードへ向かって。ヒトの多いところを外すように道を曲がって。


 その後ろで圭が遠のいていく。不可逆な速度で遠のいていく。


 視線を落とす圭の顔に一瞬、寂しさのようなものが過ぎったように見えたが最後。


 ベンチに座る圭の姿は、幻想的なカラフルの向こう側へと消えた。




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