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Missing Never End  作者: 白田侑季
第6部 脚光
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K汰 - 踊れメーデー




「やって来たわヨォ、遊園地ィ!!」

「やって来たゼェ、遊園地だッ!!」

「……んだよ、その掛け声」


 誰にともなくそう言ってはしゃぐリズとマキハルに、圭が呆れたような視線を送る。


「アラ、テレビ番組でよくあるじゃナイ。リポーターの人が目的地の入口でよくやる()()よォ」

「そうだゼ、K汰の兄さん! こういう定番はやっとかなきゃじゃん!」

「……その『K汰の兄さん』ってのも何とかなんねえか? 何がどうなってそんな呼び方になってんだよ?」


 え、とマキハルが固まる。「な、なんかマズかったッスか? 前に教えてもらったみたいに、アサヒさんを"姐さん"って呼んでたんで。必然的にK汰さんは"兄さん"かなって……あ、もしかして"兄貴"って呼んだ方が!?」

「いやそういう問題じゃねえんだが」


 困惑顔の圭を余所に、マキハルはガバッと勢い良くピンク色の頭を下げる。「すんませんした兄貴ッ!! このケジメは後で必ずッ!!」

「言い方に語弊しかねえんだよデケえ声出すなっ。何で俺の周りにはこんな奴ばっかなんだっ」


 そんな圭とマキハルの大声で周囲のヒト達がちらほら振り返る。色鮮やかなバスケットを持った子供が泣き始めて、家族連れの集団がひそひそと小声で話している。近くにいた赤い制服を着た女のヒトも、笑顔で「お客様、どうかなさいましたか」と言いながら、ぼくらの方へ駆けて来る。


 急に知らないヒトが近づいて来て、一瞬身体が強張る。そんなぼくに気付いたのか、女のヒトがぼくの顔を覗き込もうとする。


「君、大丈夫? 何か困ったことがあれば」


 その時、ぼくと女のヒトの間にスッと割り込む手があった。


「ありがとう、お姉さん!」ノアだ。ノアはぼくを背にしつつ、お姉さんにふふっと笑いかける。「でも大丈夫。久しぶりに来たから、みんな券売所の場所が分からなかっただけなの」


「そそそ、そうなんです!」イツキも上ずった声でノアの隣に立つ。「おおおお騒がせしてしまい大変申し訳ございません。私共は決して皆様のお手を煩わせたいわけでは無くてですね!?」


 ノアの柔らかな雰囲気とイツキの一生懸命な言葉に、心なしか女のヒトも安堵したようだった。頬を緩ませる。「そうだったんですね。券売所はあちらからお並びください。年間パスポートをお持ちであれば、右手のゲートからそのまま入場できますので」


 立ち去っていく女のヒトにひらひらと手を振って、ノアがぼくを振り返った。「急にびっくりしちゃったよね。大丈夫、メグちゃん?」

「だ、だいじょうぶ、ありがとうノア」胸を撫で下ろしながら、ノアに尋ねてみる。「それより、"券売所"って」

「入園チケットを買うところだよ。遊園地に入るにはお金が必要なの」


 思わずたじろいでしまう。「お、おかね。ぼく持ってない……」


「だ、大丈夫だよ!」そんなぼくにイツキが慌てた様子で声を掛けてくれる。「メグちゃんの分はちゃんと私が払うから大丈夫! せ、正確にはお母さんからの軍資金ですけど……」

「アラ、イツキちゃんやヒロちゃんだけに任せるわけにはいかないわァ。ランチやスイーツに関してはアタクシが持つわよォ」

「てかそもそも、アサヒの姐さんもミヤトっちも今日は来てないじゃん?」とマキハル。

「あ、えっと」マキハルの質問はイツキが引き取った。「お母さんはイラスト制作に没頭したいそうで。ミヤトの方も喉の調整に集中したいからって断られてしまいまして……」

「そっかぁ、イツキちゃんたち新曲作ってる、って言ってたもんね」とノアも相槌を打つ。

「……私が早々に曲を上げちゃったせいで、プレッシャーかけてるって部分もあるかもしれないけど」

「イツキ、それは違うと思う」


 ぼくは慌ててイツキの言葉を訂正する。「アサヒもミヤトも、本当にやりたくてやってる。ぼくはそう思う。2人ともすごく熱中してるし」


 実際家を出る時も、2人は笑顔で送り出してくれた。アサヒは「私も好きなことやってるんだから、アナタも目いっぱい楽しんできてね」って頭を撫でてくれた。ミヤトも「負けてらんねーから自主練するだけだ」とニヤリと笑ってた。2人とも、きっと自分の"好き"を貫こうとしてる。それはイツキが急かしているわけじゃない。


 ぼくの言いたいことを汲んでくれたのか、イツキが苦笑いする。


「そ、そうだよね。……うん、ありがとう」


 ぼくの隣でノアも頷いている。「メグちゃんの言う通りだよ。それに、今度来るときにみんなで来ればいいんだよ」

「そうよォ」とリズ。「何なら()()チャンも来てないモノォ」

「そうだったねぇ。にくたまうどん君も忙しいのかな?」

「ま、あのコもあのコなりに色々動いてるみたいダカラ。それにたまチャンったら、根っからのシャイボーイだものォ。ンフフ、ココまで大勢集まると逆に拗ねちゃうかもしれないわねェ?」


 ちょっぴりからかうような笑みを浮かべるリズ。それに乗っかるマキハル。


「そうだゼ。まぁオレ様にとっちゃ、ここまで色んなPに会えるだけで大満足だからな、マジで!」


 そう言いながら、マキハルは嬉しそうに全員の顔を1人ずつ眺めていく。


「かの有名な『K汰』の兄貴に、最大手Pの一角『ZIPANDA』。いま大注目の『Novody』に、元気曲と言えば右に出る者はいない『HighCheese!!』の『ぷらす』。ここまで有名Pが揃い踏みしてるとか夢みてぇじゃん! …………そ、それに」


 マキハルがちらっとぼくの顔を見る。その頬がほんのり薄桃色になっている。どうしたんだろうか? 気になって尋ねようと口を開きかけたけれど、次の瞬間にはふいっと視線を逸らされてしまった。


「"それに"? 何かしらァ?」


 と小首を傾げるリズに、マキハルが「え、あ、いやぁ」と必死に何か言おうと悶える。


「そ、それにじゃん!? オレ様ずっとZIPANDAさんとも会って話してみたかったんだゼ! 昔っからアンタの『シンデレラヒーロー』が最高に好きでサ」


 呼ばれたリズも嬉しそうに歓声を上げる。


「アラアラ! かの『街ロマP』にそんなコト言ってもらえるなんて、コチラこそ光栄の至りだわァ。正直君の曲を聴きながら、好きな曲がアタクシと結構被ってるかモ、って前々から思ってたのヨ。『シンデレラヒーロー』も本当は"オギノメヨーコ"ちゃんの……」

「あ、やっぱ()()のリスペクトなのか!? あの曲マジでカッケェもんナ、超納得だゼ! オレ様ってば、歌謡曲っぽい系統の曲に目がなくてサ。アンタの曲もそうだし、あと『サクラコP』とか」

「アァ、『サクラコ』ちゃんの曲もイイわよねェ!! アタクシ、あのコの『ハナウラ』って曲も好きで」

「お、『ハナウラ』知ってるってことはアンタ、かなりの(ツウ)じゃん?」

「ンフフ、知ってる君こそネ。あと、良かったらアタクシのことは『リズ』って呼んでチョウダイ!」


 仲間を見つけたみたいに喜ぶマキハルとリズ。いくつか知らない単語もあって、横で聞いてるぼくは目をパチパチするしか出来なかったけど。きっと同じものを好きだって気付けたんだろう。仲良くハイタッチをしている2人は、本当に楽しそうだ。


 そんな2人を呆れたように眺めながら、少し離れた所で圭が溜め息を吐いた。


「盛り上がってんのは良いけどよ。中に入んねえなら、帰っていいか?」

「ふふっ、K汰君ってば」ノアが鈴のように笑う。「待ち切れなくなっちゃったんだね。そろそろ行こっか」

「いや、そういう意味じゃねえんだが……」

「あ、そそそ、そうですね。お待たせしてしまってすみません!」


 圭とノアとの会話に気付いたイツキが慌てて全員を誘う。「皆さん、そろそろ中に入りましょうか。私、人数分のチケット買ってきますね」


「アラ。悪いわネ、イツキちゃん。それじゃあアタクシ達の分は後で払うワ」

「あ、オレ様の分は買わなくていいゼ。もう持ってるからサ」


 そう言ってポケットから財布を取り出すマキハル。黒くてテカテカ光る、金属のいっぱい付いた長い財布の中からマキハルが出したのは、一枚のカードだ。


「マキハル、それは?」


 尋ねたぼくに、マキハルは瞳をキラッとさせながら答える。


「フッ、とうとうこの手札を切る日が来たんだゼ。オレ様の切り札──『年パス』をな」

「あんた、それいつも持ち歩いてんのか……?」呆れ顔に拍車がかかる圭。


 とにかく、とリズが合図みたいに両手を合わせた。「チケットはイツキちゃんにお任せしちゃうとして、アタクシ達はマキハルちゃんと先にゲートへ向かっちゃいまショ」それからぼくの方へ顔をかがめてくれる。「キティちゃんもヒト混みが気になるようなら、ヘッドホン付ける?」


「ううん、大丈夫。ありがとうリズ」


 ぼくは首を振ってそれに応える。確かに周囲にはヒトはいるけど、前に"駅裏のカフェ"へ行った時と同じくらいの量だ(この前イツキも『ヒトは少ないかも』って言ってた)。一緒に居てくれる人数はあの時より多いし、ヘッドホンはお守り代わりに首へ掛けたままにもしている。心配や不安はほとんどない。


 ぼくの表情を見て、リズも相好を崩す。


「貴女の笑顔はいつ見てもステキね」それからぼくの服装を上から下まで眺める。「ンフフ、今日のファッションもバッチリだものォ! 美の化身たるアタクシに負けないくらいのゴッデス・シャイニーね。この芸術的な上下の合わせ方はヒロちゃんかしらァ?」

「うん。今日のために、ってアサヒが選んでくれた」


 ぼくも自分の服装を見下ろしてみる。薄くて軽い、幾何学模様の半袖ボタンシャツ。足首に向かってふわっと広がるベージュのパンツ。厚めの靴底をしたハイカット(丈長スニーカー)。紺色のキャスケットと金縁の伊達メガネは前と同じ、リズからの借り物だ。今日みたいに陽射しの強い日にはちょうどいい、涼しくて動きやすい服だった。


「ホント、さっすがヒロちゃんね」リズはそう言ってぼくにウィンクした後、ゲートに向かって歩き出していた圭の背中に声を掛けた。「K汰ちゃん、ちゃんと褒めてあげたかしらァ?」


 ビクッと肩を震わせて足を止める圭。「……な、なんで俺に言うんだよ」


「アラ、理由はK汰ちゃんが一番よく分かってると思うケド? 機会は逃さないのがベストよォ」

「と、特にねえよ……」

「アラそう。てっきりあの時の言い合いで、少しは素直になったと思ってたのダケド。アタクシの勘違いだったかしらネ」


 リズはそう言いつつ肩を竦め、今度はマキハルを呼び止めた。「マキハルちゃんはどう思う、キティちゃんのファッション?」

「え、わsh……オレ様か?」


 急に話を振られたマキハルは戸惑いながらも、逆立つピンクの髪の毛をかき上げながらキリっとした表情を見せた。


「そりゃ、ちょ、超カワイイに決まってんだろ! ……ま、真夏に咲く一輪の花、みてぇ、な」

「あ、ありがとう……?」


 "真夏に咲く一輪の花"がよく分からず、感謝がためらいがちになってしまう。それが良くなかったのか、マキハルはバッと顔を覆った。今度は頬が、彼の髪の色と同じくらいのピンクに染まる。そのまま「お、オレ様、先に行ってっから!」と走って行ってしまった。


「ンー、まあその勇気を鑑みて85点ってトコかしら」


 リズがその背中に何かの点数を付けながら、再び圭に視線を戻す。「ソレで、大本命のキミの評価は?」


 けれど圭はリズの視線を気にしていない素振りで、仏頂面で溜め息をついただけだった。


「んで俺が答えなきゃなんねえんだよ、くだらね。そんなのいちいち答える必要ねえだろ」


 圭もそう言って先に歩いて行ってしまった。「待ってよK汰君」とノアも追い駆けていく。何が起きているのか1人だけ理解できず、目を白黒させるぼく。


 リズは「……ホント、男のコって素直じゃないわねェ」と呆れたように笑って、ぼくへ手を伸ばした。


「ソレじゃ、行きましょうか」

「……うんっ」


 ぼくも大きく返事をして、リズの手を取る。


 周りにヒトはたくさんいる。聴いたことのない音楽も大音量で流れてる。でも不思議と気持ちは落ち着いていた。外出練習の成果もあるとは思うけれど。何より。


 圭やみんなが一緒にいてくれる。それだけでヒト混みも、聴き慣れない音楽も、全部が賑やかなBGMに変わる。


 胸が弾むような感覚を抱きながら、ぼくはみんなと一緒に「遊園地」の入口へ歩き出した。




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