インサイドアウトボーイズ 歌ってみた - 獅子宮
コンコン、とノックの音がした。
「宮斗ぉ、入るよぉ〜……」
「おう斎、お疲れ……ってどーしたその顔!?」
パソコンから流していた音を小さくしつつドアを振り返ると、そこには目の下のクマを盛大に真っ黒にした斎が立っていた。いつも作業用にかけているメガネも位置がズレている。足取りもどこかフラフラだ。
「まさかまた徹夜してたんじゃねーだろーな!?」
「ちょ、ちょっとだけだよ、ほんと、ちょっと、だけ……だから……」
そう言いながら、斎はおれのベッドに倒れ込み、そのままうとうとし始める。おれは作業していたパソコンから離れ、見るからに情けない斎の頭を無慈悲にガシッと掴む。
「い、痛いぃ……、バスケ持ちやめてよぉ……」
「『痛いぃ……』じゃねーんだよ、こンのバカ姉貴ッ! 夏休みももうちょいで終わるんだぞ。生活リズム崩すな、って何回言えばいいんだっつーの!!」
「都合の良い時だけ『姉貴』呼びはやめてよぉ……。それに途中からすっごく良いフレーズが湧いちゃって……。あ、でもこれ頭皮マッサージみたいでちょっと気持ち良いかも゛い゛だだだだだだ眼鏡ッ眼鏡が食い込んでるギブギブギブッ!!」
容赦なく頭を締め付けられてバタバタと暴れる斎。暴れたいのはおれの方だ。一介の歌い手に過ぎなかったおれが、何で作曲者のペース管理までしなければならんのか。深い溜め息と共に、内心で頭を抱える。
斎はこういう無茶な制作を時々……しばしば……よくする。いつもは神経質なまでに周囲に気を配り、何かを我慢したような愛想笑いだって平気でするくせに。作曲のことになるとネジが外れたように打ち込む。
後先考えずに制作に没頭し、昼夜を問わずパソコンとにらめっこし、結果ご覧の通りのポンコツの出来上がりである。良く言えばON/OFFの切り替えが出来ている、悪く言えばただの残念な内弁慶だ。
まあ、と痛みに悶える斎を見下ろしながら思う。以前までの凝り固まったような、必死に贖おうとするような姿勢はもう見られない。家族に対してまで無理に笑う、ということも減った。メグや他の人たちとの出会い、何より母さんとのわだかまりに区切りを付けられたことは斎にとってもかなり大きかったようだ。
「……ま、おれの仕事も少しは減るかもー、ってところか」
「な、何の話?」
「別に。何でもねーよ」
それより、と握力を緩めながら言う。「階下で顔でも洗って来たらどーだ。メグもそろそろ朝メシ食べ終わって、こっちに上がってくる頃だろーし」
「そうだね……。ちょっと目を覚ましてくる……」
「おー。行ってこい行ってこい」
目をしょぼしょぼさせながら斎が起き上がる。そこで何かに気付いたように「……あ」と声を上げた。
「今度はどーした」
「……メグちゃん。メグちゃんの調子はどう?」
不安そうに切り出す斎。
「体調なら問題なさそーだぞ。絶食してた負担もだいぶ治って来たみたいだしな。今朝軽く練習した時も元気そうだったし」
「それももちろん大事なんだけど! ……それだけじゃ、なくて」
目を伏せる斎。その表情から何となく言いたいことは分かった。
「……一応確認するけど、斎が言ってんのは『歌』の方か?」
しおらしく頷く斎。「後々気になったの。よく考えたら私、勝手に話を進めちゃってたんじゃないか、って。トリさんがしたみたいに、メグちゃんに無理やり歌わせようとしてるんじゃないか、って」
おれ自身、胸の奥がチクリと痛んだ。
あの襲撃事件の時。メグはトリに迫られ、叫ぶように歌ったと聞く。訳も分からず、ただ命令されたように、強迫的なまでに。
────歌え、と。それがメグのやるべきことだ、と。
伝え聞くだけでも胸を抉るような、そんな非情な言葉を。
でも。おれはそっと首を振る。
「大丈夫だ。今回のことはメグ自身が決めたことだし。何よりあいつは、自分から過去を乗り越えようとしてる。少なくともおれにはそう見える」
まだ練習を開始して3日目だけど。メグが辛そうな顔をしたことは一度もない。メグの瞳には恐怖も哀惜もない。過去を振り返って絶望しているわけでももちろん無い。
あるのはただ、目の前にある広大な音の世界を必死に泳ごうとするような。自分なりに見極めようとするような。そんな純粋な必死さだけだ。
「メグはメグなりに見極めようとしてるんだろーさ。自分がこれからどうしたいのか、"歌いたい"って感情はどこから来るのか、ってな」
そっか、と斎が俯く。だけどその顔はどこか安心したような穏やかなものだった。
「その感じだと、練習も順調そうだね。宮斗のおかげだよ」
「まーな。……と言いたいとこだけど、実際おれはほとんど何もしてねーよ」
「そんなこと無いでしょ。付きっきりで何時間も教えてあげてるじゃん。謙遜しなくても」
「いや」と首を振る。「大したことは教えてねーよ、本当に。大半の時間は他の歌い手の曲とか聞く時間に当ててんの。ちゃんとした基礎練は1時間もしてねーな」
うそ、と斎が小さく声を上げる。でも嘘じゃない。それはおれが一番よく分かってる。
「ほら、この前マキハルさんに聞いた時、あの人言ってたろ。『もうメグは記憶を全部取り戻してるんじゃねーか』ってさ」
マキハルさんが、おれと斎に何も言わずに帰ってしまったあの日。その理由を後日マキハルさん自身から聞いたけど、その時話題に出たのがメグの記憶についてだった。そういえば、その時の話をするマキハルさんがしどろもどろになっていたのは何でだったんだろうか? まあいいや。
「おれもマキハルさんの言う通りだと思う。あいつと基礎練してて分かったけど、誤解を恐れず言えば、メグの音感は文字通りのバケモンだ。問題があるとすれば、その出力の仕方に慣れてねー、ってところか」
そこまで言って、斎も勘付いたようだった。
「もしかして……。メグちゃんが歌うのが苦手だったのって、パソコンの中の音声信号と、現実の──空気の振動で歌う感覚が違ったから……?」
斎の言葉に大きく頷き返す。おそらく斎の言った通りだろう。
メグとのボイトレを始めて分かった。メグは自分の歌声が聴いた音程とズレている場合、ちゃんと「ズレている」と認識できるし、音程を修正しようとする素振りも見せた。
最初にそれに気付いた後、試しにドとレの音を聴かせて、それぞれ「ド」と「レ」の音であること、加えて7音階とオクターブの話までした。その直後、音を1つ鳴らしてメグに「これは何の音か分かるか」と聞いた。
メグはおどおどしながらも「……ファの、半分上?」と言った。おれが半音階の話を一切していないにもかかわらず、だ。音感がしっかりしている証拠だ。
バーチャルシンガーは歌声合成技術だ。そのソフトをシステム内で歌わせることで楽曲を作る。逆を言えば、システム内で触れた音楽は全て唄川メグのものだ。それが数多くのP達の調声を受け、膨大な数の曲を歌って来た。もはや"音楽"という電子情報に特化した"集合知の塊"そのものだ。試していないだけで、多分フォールやしゃくり、ビブラートなども実際にやってみればメグは一瞬で理解できるだろう。
メグに足りないのは音楽知識じゃない。実践だ。おれはメグの知識と実践を結び付けるだけでいい。
過去の記憶を取り戻したメグにわざわざ音階から教えるのは、それこそ"シャカにセッポー"ってやつだろう。
「いまおれとメグがやってる練習は、呼吸法と発声練習、それから母音毎の音量コントロールぐらいだな。どれも『実際の発声の仕方』を練習してるだけだし、あいつもすげー速度で吸収していってる。ほんとに大したことはしてねーの」
「だから、残りの時間は生歌に触れる機会に当ててる、ってこと?」
「そーいうこと。発声の感覚さえ掴めば、後は表現方法ぐらいだろーな。本人も、飽きる素振りもなしに興味津々で聴きまくってるぞー」
自分で言いながら少しだけ悔しくなる。……やっぱり日課のボイトレの時間、もうちょっと増やすか。
そんなおれを他所に、斎は胸を撫で下ろしている。
「……そっか。それなら良かった。あとは私達の作った曲が、メグちゃんが"歌いたい"って思ってもらえるものだったら。……そうだったら、いいな」
「そうだな…………、うん?」
一瞬、斎の言葉に引っ掛かりを覚える。「斎、いま"作った"、って言ったか……?」
サッと顔を背ける斎。その肩をサッと掴むおれ。
「き、聞き間違いだよ宮斗」
「……一応聞くだけ聞いてみるぞ。まさかとは思うけど、新曲作るって決めてから2日弱で『もう曲完成させた』とか言わねーよな? 1徹じゃ出来ねー芸当だよな、いま何徹目だ…….?」
一向に目を合わせない斎。眼鏡を直す手が小刻みに震えている。
「し、下に降りて朝ご飯食べてこようかなー、あーどんな美味しいものが食べられるんだろうなーお腹空きすぎて何だか胃が捻じ切れそうくらいだなー」
「ちょっと待ってくれるかバカ姉貴?」
「ま、またバカって言った……! バカって言った方がカバなんだから!」
「バカにバカって言って何が悪ぃーんだよカーバっ! どーせまたボーカル録ってもねーのにミックス作業入ってんだろっ。それ意味ねーから止めろって何度言ったら分かるっ!?」
「だ、大丈夫だよっ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気分が乗っちゃっただけだからっ。それにほら、私が先にやれば宮斗の作業の負担も減って一石ニぢょ゛ゔぃだだだだだだギブギブギブごめんってばぁっ!!」
暴走列車に反論の余地なし、と判断したおれは再び斎の頭をバスケ待ちする。
長くバーチャルシンガーに歌わせていたからか、斎には「この時はこう歌ってくれたら良いな」という感覚が強く残っているらしい。今回みたいに、ボーカルを録音していないのにミックス作業(楽曲全体の雰囲気を調整する作業)を勝手に進めてしまうことが時々ある。
もちろん"声録り"する側からしたら、たまったものじゃない。それは結局、生の歌唱が斎の理解の範疇を超えない、ということだからだ。そもそも"生歌"は変則的なもの。今にも倒れそうなほど間引かれたジェンガの上に、新たにブロックを載せたがる奴なんていないのだ。
見る限り斎も申し訳なく思っているようだけど、徹夜の負荷と新曲への熱量でブレーキが吹っ飛んでいるんだろう。眠気覚ましとしても、このくらいの痛さでちょうど良い。
と、その時。部屋のドアが突然バンッと勢いよく開かれた。そこに立っていたのは。
「はいはーい! 話は聞かせてもらったわ!」
「「母さん?」」
いきなりの登場に戸惑うおれと斎に、母さんはニカッと笑って宣言する。「曲作り終わったんだってね? その無茶ついては後でたっくさん雷落とすとして────」
「────2人の新曲のMV、私に描かせて」
斎が弾かれたように飛び起きる。「……それって、」
「やーね、斎ったら。そのまんまの意味よ。ほら私ってば、Pじゃないから異能も無いし。本格的な諍いになったら出る幕がないでしょう? みんな頑張ってるなら私も出来ることで力になりたいし。……まぁ私の画風ってちょっとアングラっぽいから、2人の邪魔になっちゃうかもしれな……って、もう」
母さんが言葉を切る。代わりに、腕の中に飛び込んだ斎の肩を、優しい顔でゆっくりと抱き締める。「泣き虫は卒業したんじゃなかった?」
母さんの腕の中、くぐもった声で斎がつぶやく。
「……泣いてないよ。でも、ありがとうお母さん。すっごく……、すっごく嬉しい」
「……こちらこそ。でも喜ぶにはまだ早いでしょう?」
その一言で斎がパッと顔を上げる。「もちろん! 声録りにマスタリング、エンコードも残ってるし」
「声録りはおれなんだが?」
「ほ、本当にごめんって宮斗。ちゃんとミックス前のやつ渡すから……。あ、それとお母さんにはちゃんと制作依頼料、渡すから」
「働いてない子から貰えるわけないでしょう……、と言いたいところだけど」
ふふっ、と母さんが半ば呆れたように笑う。「2人とも、もう立派なPだしね。それがケジメなら有難く頂くわ、お小遣いから天引きでね。その代わり私も"仕事"として引き受けるから。絶対に手は抜かない。覚悟してなさいよ?」
おれと斎は揃って力強く頷く。身内とはいえ、かの有名な「絵師ヒロアキ」に描いてもらえるんだ。手なんか抜けるわけがない。
その様子を満足そうに眺めてから、母さんは斎の額を人差し指で弾いた。
「それじゃあ斎は一旦寝なさい。クリエイターこそ睡眠はしっかり取らなきゃ、後々祟るわよ。宮斗はどうする? メグちゃんもそろそろ食べ終わって上がってくると思うけど」
「今日は特に予定もねーし、曲も上がってるなら歌詞入れするつもり。メグにどこをコーラスさせるかも考えねーとだし」
そう言いつつ、部屋を後にしようとする斎の背中に声をかける。「斎、ごめんけど寝る前に音源くれー」
「そうだった! その為に宮斗を呼びに来たんだった!」
慌てて飛び出した斎は、ものの数秒でパソコンだけ抱えて戻ってきた。
「良かったらお母さんも聴いていって。曲のイメージはもう変えないから、ラフを切ってもらって大丈夫だし」
テキパキとパソコンを起動させる斎。母さんも、それもそうね、とおれのベッドの隅に腰掛けて斎の準備を待っている。
夥しい数の波形が並ぶ、よく見る画面が表示される。「仮歌は私が歌ってるけど許してね」と断りを入れた後、斎はおれと母さんにイヤホンの先を渡し、少し緊張気味に再生ボタンを押した。
真っ先に耳に入ったのは、小洒落たベース音。軽快に響くドラム。低音ビートの上で飛び跳ねるピアノとグロッケン。
思わず斎を見やる。「……待て、チップチューンじゃねーのか?」
この前、斎に聞いた時は十八番のチップチューンだったはずだ。「HighCheese!!」の代名詞。「ぷらす」の得意ジャンル。
でも今聞こえてくるのは間違いなくバンドサウンドだ。特有の"ピコピコ"した電子音も裏でわずかに鳴っているけど、想定していた曲調とはまるで違う。
おれの質問に、斎はえへへ、と気恥ずかしそうに笑った。
「最初はチップチューンで、元気いっぱいに行こうかと思ったんだけど。今回は違うものにしたかったの。……いまのメグちゃんの為に作ろう、って思ったの」
「いまのメグの為に……」
「うん」斎がおれに視線を合わせる。「宮斗が言ってくれたみたいに」
「おれが?」
「そう。今回のテーマは〈遊園地からの帰り道〉。いまメグちゃんに必要なのは弾けるような、無理やりに明るい曲じゃきっとない。もっと別の……、一緒に寂しさを分かち合って、それでもまた明日って笑いかけてあげられるような。そんなものなんだ、って」
〈一番傷ついてる時に必要なのは、無理やりに元気づける言葉じゃなくて、もっと別のものだったりするのかもしれねーな、ってさ〉。
以前おれが斎に言った言葉。
斎がその"別のもの"を探して、見つけて、形にしたもの───
サビにかけて感情のこもる歌詞。ちょっぴり卑屈で奥手で、辛いことばかりに目が向くけれど、それでも1つの灯りを両手で大切に包み込むような。そんな歌詞が4つ打ちビートの上で花開く。
寂しさを誘うのにエモーショナルなギターサウンドと、賑やかなタンバリン。気持ち良く入る合いの手。時々挟まるコーラスは、例えるなら会場にいる全員で元気付け合っているような、そんな不思議な力強さで。
「────────すげぇ」
素直な言葉が漏れる。胸の奥に熱い何かが生まれるのが分かる。それは隣で聴いている母さんも同じようだった。食い入るように画面を見つめるその瞳には、もう別の景色が見えているようだった。
そうだ。これは楽しさを共有する曲じゃない。寂しさに寄り添う曲とも違う。
前を向こうとした時に背中を押して、一緒に元気に走ってくれるような、そんな曲──
曲が終わったのに、おれも母さんも口を開かなかった。開けなかった。それぐらい圧倒された。
「…………ど、どうかな。な、何かマズかったらききき忌憚のないご意見をッ……!」
妙に縮こまる斎。そんな斎には目もくれず、母さんがゆらりと立ち上がる。
「…………なきゃ」
「な、なんだよ急に」
「ど、どうしたのお母さん?」
「ストップ! 2人ともストップ!」
心配そうに見上げるおれ達に、母さんは片手を上げて遮る。譫言のようにつぶやく。「……描かなきゃ。いま描かなきゃ消えちゃう。あと、全部何もかもあと。先に描く。描かなきゃ。あースケッチブックどこだっけ、描くもの、描くもの……」
母さんはそのままぶつぶつ囁きながら、ゆらりゆらりと部屋を出て行った。
「……お、お母さん、どうしちゃったんだろ」と怯えたような斎。
「やる気スイッチが入ったんだろーな。なんか弊害はありそーだけど……」と怯えたようなおれ。
「と、ともかく」気を取り直したように斎がおれの顔を覗き込む。不安そうな視線が揺れる。
「どうかな。変じゃなかった、かな……」
そんな斎の両頬を思いっきり引っ張る。
「い、いふぁい、ふぁい、ふあんふぁほ!?」
「変なわけねーだろ、ってことだよ。伴奏は最高。歌詞もエモい。テンポは速いが、メロディラインはメグでも歌える速度だしな。歌い回しの関係で語感を直すことはあっても、斎が直す部分は1つもねーよ」
斎の顔がパッと輝く。「それじゃあ……!」
「ああ、これはイケる。────やっぱすげーよ、『ぷらす』は」
おれの力強い頷きに、斎は今度こそ嬉しそうな顔を見せ、そしてそのまま電池の切れたロボットよろしく床に倒れ込んだ。すぅすぅと立てる寝息。突っ伏しすぎて歪んだ眼鏡。
その時、母さんと入れ違いなのか、ちょうどメグがドアを開けて入ってきた。
「み、宮斗。さっきアサヒが、何かぶつぶつ言ってて…………い、斎? ど、どうしたの?」
焦るメグに手をひらひらさせて「気にしなくていーぞ。ようやく寝てくれて安心したぐらいだから。そのままにしといてやってくれー。……それよりメグ」
床に置かれた斎のパソコン。それをひょい、と拾い上げながら、メグに目配せする。
「斎の曲が出来上がった。あんたさえ良ければ、今から歌詞の読み込みに入ろーかと思うんだけど……、どーだ?」
メグの目が一瞬大きく見開かれる。けどそのまま唾を飲み込み、メグは真剣な顔でおれの視線に応える。
K汰さん、ごめんな。心の中で思う。最初にグループに「メグと歌うことになった」と送った時、真っ先に狼狽えていたのがK汰さんだった。そりゃそうだろう。メグに一番近い場所に居た人を差し置いて、おれと斎がメグと歌おうとしているんだから。
だけど、ごめん。やっぱり無理だ。
最高にアガる曲、最強のMV、そこに加わるであろう、おれとメグの歌声。
そんなヤバいくらいに心躍るステージを用意されて、引き下がるなんて選択肢を取る方が無理だ。
パソコン画面の無数の波形、横に添えられた歌詞を見て、思う。まだ歌っていないのに思う。断言できる。
────これから、凄いことが起こる。




