ZIPANDA - in VAIN
「なにビビってんだよ」
「…………何ですって?」
急な言葉に戸惑う。そんな私の頭に捩じ込むように、K汰ちゃんは言葉を紡ぐ。嘲笑う。
「ZIPANDAの曲、全部聴いた。そんで今ので確信した。あんたは常に自己主張してるように見せてるが、その割に冷静すぎる。空気を読みすぎる。度胸がねえ奴にビビってる、っつって何が悪い?」
「曲ン中では"声を上げろ"って言ってるあんたが一番恐れてんのは結局、"自分が声を上げ過ぎて周りの声が聞こえなくなる"ことなんだろ?」
────────。
──怒りはあった。煽られるような口調に苛立ちはあった。でも。それよりも。
素直に驚愕した。
私が、「アタクシ」が最も忌避してる部分を、誰もが誤解するはずの部分を正確に抉った、その言葉に。
誰もが誤解するはずの部分。「声を上げろと叫ぶのは、声を上げることが怖いと知っているから」。
そうだけど、そうじゃない。それが全てなわけじゃない。
私にとって一番怖いのは、自分の声が周りの声を掻き消してしまうこと。
周囲の為に周囲に溶け込む、私はそういう存在でいなきゃいけない。他者の声を完全に無視しては孤立するだけ。だから怖くても聞かなきゃいけない。例え声を上げようとも、上げ過ぎてはいけない。
1人でも生きていけるように。誰かに頼れない、そのことに必要以上に傷付かないために。いつからか心の奥底に染み付いた、いつまでも拭えない本能に近いもの。
誤解されるからこそ秘めていた部分。曲に込めたのはその一握りも無い。そのはずなのにK汰ちゃんは曲を聴いただけで、咀嚼して、理解した。その驚きは苛立ちを通り越して。
「────そうね」
そして思う。
「ビビってるのよ、アタクシ」
ここで全部言葉にしなきゃダメだ、と。
彼が私に言ったこと。「ビビってる」。
そうよ、私はビビってる。いつだって恐れてる。
あのコに寄り添うことを恐れてる。寄り添いたいのに。そう言葉にしたいのに。私が「寄り添いたい」と声を上げることであのコが不利になるかもしれないって。それでなくても私は後ろ指をさされやすい。周りの声が聞こえなくなって知らず知らずのうちにあのコを劣悪な環境に置いてしまったら。
だから「ビビってる」。K汰ちゃんという相応しい人がいるから、って心のどこかで納得しようとしてる。
その裏返しをK汰ちゃんは言い当てた。見抜いていた。楽曲を共作したのは数えるほど、それも5年前の話。まともに接した時間はほとんどない。そのはずなのに彼は、本当に「ZIPANDA」の曲を聴いただけで。
偶然だろうか。いや、或いは。
「K汰」というPは────
「……ダケド、自分の好きなモノを見捨てるほど臆病じゃナイ」
顔を上げる。目を逸らさないために、顔を上げる。
「キミはどう? キミ自身の好きなモノを壊してまで、あの2人への報復を優先する気?」
一瞬K汰ちゃんの目の奥が揺らぐ。彼もきっと心のどこかでは分かっている。分かっているからこそ止まれない。なら、彼に冷静な現実を叩き付けるのは、ビビりな私が丁度いい。
「今度はアタクシから言わせてもらうワ。アタクシがビビりなら、キミは自己犠牲が過ぎる。独りになり過ぎるのヨ。責任も後悔も、何もかも独りで背負って解決できるコトって、一体どれくらいカシラ」
そこまで言って、唐突に理解した。
────ああ、今ならたまちゃんが言っていたことがよく分かる。
「キミの"異能"がその証左ネ」
K汰ちゃんの手が止まる。
「俺の"異能"……?」
「ええ。キミの異能は周囲のあらゆるモノを壊す。そしてその代償に、キミ自身も気付いているハズ。いいえ、気付いていなきゃオカシイ」
以前たまちゃんと話した、「K汰」というPが持つ異能とその代償。今なら分かる。唄川メグの楽曲が再生できるようになった今なら、彼の曲を聞いた今なら。
「キミの異能は『現実感傷クラッシャー』。その代償は"自己犠牲"。キミはチカラを使えば使うほど"中身"が傷付いていく。それがキミの本質なんデショ?」
K汰ちゃんの目が、見開かれていく。
ミヤトちゃんとショッピングモールの駐車場で暴れていたあの時。彼は口元を紅く濡らしていた。外傷じゃない。お腹を抑えていた様子もない。なら答えは限られる。そこに来た"代償"という存在。
────K汰、たぶん内臓が傷付いてるはずだよ。それがあいつの異能の"代償"だと思う。
たまちゃんの予想は正しかった。K汰ちゃんの今の表情がそれを証明している。
K汰ちゃんは何も言わない。奥歯を噛み締めるような無言は、けれど肯定してるのと同じだ。そんな彼の顔を、あからさまに笑って見せる。
「とんだ独り芝居ネ? ワガママに見せかけた自己犠牲なんて。しかもソレを"異能"だなんて目に見えるカタチで振り翳すんだものォ。もはや滑稽だわァ。キミが何ひとつ手に入れられナイのも理解でき、」
次の瞬間、凄まじい力で胸ぐらを掴まれた。
襟首近くのボタンが嫌な音を立てて千切れる。K汰ちゃんの、噛み殺さんばかりの形相が鼻先数センチまで迫る。だから私は、
私はそっと、胸ぐらを掴むK汰ちゃんの手に自分の手を添えた。
「……ホント、滑稽よね。キミも、アタクシも」
K汰ちゃんの表情がゆっくりと変わっていく。怒りから疑問へ、そして驚きへ。
「リズ……、あんたまさか、耳が」
そっと微笑んでみせる。K汰ちゃんはやっぱり頭がいい。特に、音楽に関することには。
いいや、きっと「K汰」というPは音楽そのものに愛されているんだろう。
異能。そして代償。
この言葉を使い出したのは五重奏の子達だろうけど。よくもまあこれほどぴったりな言葉を選んだものだ、と思う。
異能はきっと私達の願い。私達が作った楽曲がそうであるように。
だからこそ、願いの対に"罰"は相応しくない。願ってはいけないから傷付くのではなく、願ったからこそ傷を負う。願いの先にある必要なリスク。
これは罰則ではなく代償なのだ。
私の異能が「声を上げる」であり、その代償が「周囲の声が聞こえなくなる」ように。
彼の異能の代償が「自己を犠牲にする」なら。それは願いの先にあるリスク。必要なコスト。
翻って理解できる、彼の願い。
「────K汰ちゃん。キミは、あのコに傷付いてほしくないのね」
胸ぐらを掴む力が弱まる。するり、と解いた左手は音もなく床に落ちる。
彼はきっと失いたくない。
大切なものが壊れてほしくない。
周囲の何もかもを破壊する異能、その本質は"拒絶"だ。理不尽を跳ね除けるための力。あれは大切なものを理不尽なことから守りたい、という反骨精神の発露なだけ。破壊そのものが目的じゃない。
しかし彼の願いは強すぎる。だからこそ制御できない。感情と出力が見合わない。結果、周りを破壊しているように見える。そして大切なものを守る為に自分を犠牲にする彼の精神性はそのまま代償として発現し、自身の身体を蝕む。
自己犠牲。それは燃え盛る薪を懐に抱えて一緒に燃え尽きるのと同じだ。強力な代わりに代償が重すぎる。そして、その燃え盛る人を見て辛くなる周りの人間がいることを、本人は気付かない。
本当、不器用な人。
壁に背を預けて、どこか諦めたような遠い目の彼が、疲れ切った声で微かにつぶやく。
「違う、そんなお綺麗なもんじゃねえ。ただの自己満足だってことくらい自分でも分かってる。それで満足できる結果が手に入ってねえんだから世話ぁねえよ。結局あいつにも」
「……やっぱりキミ、引き摺ってるのネ。あのコとケンカ別れになってしまってるコト」
彼はまだ引き摺っている。後悔している。あの日五重奏の2人から守り切れなかったことだけじゃない。
彼らに遭遇する前に、あのコと酷い喧嘩をしたままだったこと。
ダケド、と彼に言う。けしかけるように。目を覚まさせるように。
「だからこそ、キミはいま独りになっちゃいけないのヨ。……あのコがまだいるんだもノ。一匹狼は大いに結構ダケド、それが行き過ぎた結果キミの好きなモノがどうなるか。分からないワケじゃないデショ?」
好きなモノがまだそこにあるのなら。会いたい人がまだいるのなら。そう想う自分が、ここに立っているのなら。
彼は、その心のまま声を上げるべきだ。
「キミが楽曲を──音楽を通して、相手を理解できるのは分かったワ。相手の"好き"の癖が分かれば有利なのも確かヨ。でも大事なモノまで見失ったらダメ。キミが、……いいえアタクシ達が何よりも優先すべきは報復じゃナイ、目の前のあのコよ」
私の言葉に、彼は疲れた声のまま自虐的な笑みを浮かべる。
「それが優先できてねえからこんなことになってんだろ。俺は結局何ひとつ思うように出来てねえ。取り戻してえなら死ぬ気でやらねえと意味がねえんだよ」
「そうネ」と言いながら私は腰を上げた。立ち上がって、腰に手を添えて、床に座り込んだK汰ちゃんを見下ろす。不敵な笑みを返す。
「何かを得たいなら覚悟を決めなきゃイケナイ。でもだからこそ、アタクシ達の覚悟を奪うようなマネは止めてちょうだイ」




