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Missing Never End  作者: 白田侑季
第5部 劇場
70/125

K汰 - 喰い花る




 圭に宛ててDMを送ってきた「街ロマP」。圭はあの後すぐ「街ロマP」へ連絡を返して、顔を合わせる日程を決めたようだった。ただ、問題は集合する場所だった。


 「街ロマP」が提案したのは"駅裏のカフェ"。要するに。


 街のど真ん中にあって、無数のヒトが行き交う場所。


 聞いた話、この前イツキ達と出会ったショッピングモールの比じゃないくらいの、恐ろしい程のヒトの数だそうだ(アサヒが言っていた)。実際にその脇を通り過ぎた今なら、その言葉の意味がよく分かる。あそこは、今のぼくが行ってはいけない場所だ。


 それなのに圭は、そんな「街ロマP」の提案を断らなかった。むしろ進んで賛成していた。たぶん、ぼくが諦めると思ったんだろう。ぼくが"駅"へ行けないことを知った上で、圭は賛成したんだ。


 だからぼくも「良いよ」と言った。「良いよ、行くよ」と。


 正直少しだけムキになっていた。圭にあそこまで煽られて、その通りになるのが嫌だった。今はちょっぴり後悔している。


 幸い、"駅裏のカフェ"へ向かう今の道は、そこまでヒトが多くなかった。"駅"自体はものすごいヒトの量で、見ているだけで気持ちが押し潰されそうだったけれど。"駅裏"は高いビルが幾つも立ち並んでいても、ショッピングモールにあったようなお店はあまり見受けられず、時間帯もあるのかヒトの往来もほとんどない。


 背の高い建物で陽射しも遮られている。真夏の空気で喉は渇くけど、眩暈がする程じゃない。ビルの間には時々街路樹があったり、少し開けたスペースに花壇とベンチがあったりもして、公園ほどじゃないけど緑も多い。時折吹く風も悪くない。


 大丈夫。大丈夫、と心の中で何度もつぶやく。


 「街ロマP」に会う、と決まってから前よりもたくさん外出練習をした。今ではヘッドホンを着けていれば、圭と最初に行ったスーパーにも、ノアと出会った近所の公園にも難なく行ける。体調が良い日に短時間であれば、混雑する時間帯を外してショッピングモールにも何とか行けるようになり、アサヒと一緒に買い出しへ行くことも増えた。


 できることは確実に増えてる。みんなが普通に出来ることでも、ぼくにとっては大きな一歩だ。


 現にいま、みんなが傍に居るとはいえ、ぼくは街のど真ん中を歩けている。動悸も最小限に抑えられている。


 大丈夫、ぼくだって────


「……ここか」


 圭の言葉が聞こえて、顔を上げた。


 背の高いガラス張りのビル2つ、その間に挟まれた谷のような空間にぼくらは立っていた。


 空間は、途中で見かけたような小スペースがコの字型に開けていて、いくつか設けられたベンチにはちらほらヒトも座っている。お弁当を広げたスーツ姿の女のヒト。真剣な表情でスマホをいじる、ピンク色の髪をした青年。談笑する2人組の男のヒト。


 その脇、ビルの1階部分に組み込まれるように、そのカフェはあった。黒字に、白と黄色のアルファベットで店名が書いてある。大きな窓から店内の様子が見えるけれど、外から確認する限り、ヒトもそこまで多くなさそうだ。周囲は穏やかな夏の昼下がりに浸っている。


「アラ、ココなのねェ」少し驚いた様子のリズ。

「リズちゃん来たことあるの?」とノア。

「何度かネ。ココのミラノサンドが好きなのよォ、アボカドとサーモンが入ってるのがアタクシのお気に入り!」


 ただ、とリズは小首を傾げた。「正直、ちょっと意外カシラ。待ち合わせ場所にするなら、駅の南側が良さそうなものダケド……」


 リズがそう言った直後、「やぁ!」という明るい声が飛んだ。


 振り向くと1人の男のヒトが立っていた。さっき近くのベンチに座っていた、2人組の男の内の1人だと分かった。彼はベンチから立ち上がって、満面の笑みでぼくらの方へ駆け寄って来る。


「もしかして、君達が約束してた人かな? 会えて嬉しいよ!」


 高揚した表情で、彼は圭へ左手を差し出した。


 ゆるく巻いた長い髪。楕円形の黒ぶち眼鏡。圭と同じくらいの背丈で、整った顔立ちをしている。声を聴かなかったら一瞬女のヒトに見間違いそうなほどだ。ニコリ、と微笑む横顔もどこか絵画のように感じる。


 差し出された手に戸惑う圭。


「あー……、悪いが、あんたが『ま、」

「すまない! その件についてだが、先に僕から謝らなければならないんだ」


 圭の言葉は彼に遮られた。彼は心底申し訳なさそうに顔を曇らせ、胸に手を当てる。


「急遽予定が変わってしまってね、君達が会うはずだった()はここに来られなくなってしまった」

「…………"来られなくなった"?」

「ああ、彼も非常に残念がっていた。"せっかく脚を運んでもらったのに本当に申し訳ない"、と言っていたよ」


 圭の顔にさっと怪訝な表情がよぎった。リズとノアも不思議そうに顔を見合わせている。ぼくもみんなの後ろで呆気に取られていた。


 彼、とは。ぼくらが出会うつもりだった「街ロマP」のこと、だろうか。


 「街ロマP」が来られなくなった? 


 「街ロマP」自身が会いたい、と望んだのに?


 それじゃあ今目の前にいるこの男のヒトは?


 疑問がいくつもいくつも湧くぼくらを他所に、長髪の彼は悲し気な顔を一変させ、ニコリと笑いかけた。


「その代わりと言っては何だが、僕等が君達をもてなそうということになってね。こうして君達を出迎えたわけさ!」

「"僕等"ってことは、後ろのあの人も?」


 ノアがひょこっと姿勢をずらした。彼の肩越しに顔を覗かせるようにして、彼がさっきまで座っていたベンチを見やる。彼の後方、ぼくら居る位置から数メートル先のベンチに男のヒトが1人、まだ腰掛けている。


「ああ、僕の連れさ! 君達4人をもてなすんだ、人員は多いに越したことはないだろう?」


 みんなの視線がもう1人の男のヒトに向けられる。でも当の本人は全く動じる様子がなかった。膝の上で両手を組んだまま、ぼくらの方を見ようともしない。いや、ぼくらだけじゃない、短く刈られた黒髪の下から覗く切れ長の瞳には、何の感情も見いだせない。まるで、周囲の全てに一切関心がないような、そんな気配が漂っている。


 そんな男のヒトにはお構いなしに、目の前の陽気な彼は再びぼくらへ手を差し出す。


「それじゃあ、さっそく行こうか」

「アラ、ココでお茶するんじゃないノ?」


 リズの問いに、彼は困ったように手で周囲を示した。


「ほら、ここは人が多いからね。もう少し静かな場所を予約してあるんだ」


 でも圭は「いやいや」と首を振った。「本人が来ねえんじゃ、別にいいだろ。あんたらも無理にもてなす必要なんざねえ。わざわざ来てもらって悪かったな」


 そう言って圭は踵を返して帰ろうとする。でも彼は、少し大げさに「そんなぁ!」と驚いて見せただけだった。


「君達との素敵な出会いにカンパイ! とかしたかったんだけどなぁ。そんなこと言わずに祝われておくれよぉ! それに、」


 パチンッ






「────────ほら、僕の連れも、君達に用があるみたいだよ?」






 ふいに、身体が動かなくなった。


「────────え」


 原因はすぐに分かった。ぼくは、短髪の男のヒトに肩を掴まれていた。


 反射的に身体が強張る。肩を掴む力が酷く強い、切れ長の両目が何の感情もないままぼくを見下ろしている。会ったばかりの知らないヒトに肩を掴まれている。でも、身構えた理由はそれだけじゃなかった。


 この男のヒト、さっきまでベンチに座っていたはず────。


 音がしなかった。直前まで動いてる気配もなかった。いや、それ以前にベンチからここまで数メートルはある。遠い距離ではないけれど、一瞬で詰められる距離でもない、はずなのに。


 圭たちも唖然としている。周囲の音もどこか遠い。暑さとは違う嫌な汗が背筋を伝う。


 陽気な彼のおどけた声だけが、嫌に耳にこびりつく。


「ほらほら、そんなに逃げるように離れていくからぁ! トリさんは僕よりせっかちだから、気を付けたまえよ君達!」

「────────うるさい」


 短髪の男のヒトが口を開いた。冷たい石のような、低くて固い声色。


「おまえの話は長すぎる。時間の無駄だ」

「トリさんが周りの目を気にしなさすぎるんですぅー。……まぁ、おかげで手間は省けたんだけど?」


 陽気な彼の手が、もう片方の肩に置かれる。ぼくを押さえる負荷が強まる。肺が強張って、思うように息が吸えない。


 圭の顔がみるみる険しくなっていく。歯を食い縛って、いまにも噛みつかんばかりの形相で。


「…………てめぇ、」

「おっと! ダメだよそんな顔しちゃ」


 ぼくのすぐ後ろで陽気な男が言う。弾むように、おどけたように。


「周りの人達が気付いちゃうでしょ。僕等みたいな人種は他人の目を避けなきゃ、目立つ行為は御法度。ほらスマイル、スマイル!」


 真っ赤になるほど拳を握り締める圭。そんな圭を「待って、K汰チャン」とリズが短い言葉で窘める。それからリズはふわり、と微笑んだ。でも瞳の奥が笑っていない。


「……ソレで? ハジメマシテな2人は、アタクシ達に何をしてほしいのカシラ?」


 そうか。


 そのとき、ようやく自分の立ち位置を理解した。


 ぼく、いま、人質にされて、


「おっ、そこのオカマさんは話が早いねー、助かるよ! とはいっても、さっき言った通り。僕等は君達を歓迎したいんだ。なにせ、『友達の友達はみんな友達』ってね! ……だから、もう少し静かな場所へ、ね?」


 ふと首筋に何かが当たったような感覚がした。そっと視線だけ肩に落として、背筋が凍った。


 ぼくの肩に置かれた、陽気な男の手。その指先、白い爪がゆっくり伸びていく。細く、鋭く、長く、針のように。その先が、ぼくの首筋に沿ってゆっくりと撫でるように動く。カリカリ、と肌の上を引っ掻いていく。


「ねぇ、聞いてもいいかな?」


 ノアが微笑む。いつもと変わらない笑みの奥、透き通った赤茶色の瞳が、何かを見定めるように2人の男に据えられる。


「──教えてよ。新しいお友達、2人のお名前」


 陽気な男は少し悩んだ様子ののち、「まぁいっか!」と独り言ち、その絵画のような綺麗な顔に、よくできた微笑みを浮かべた。


「僕の名前はカル、隣のミスターポーカーフェイスがトリさん、……なん・だけ・どぉ。君達にとっては、こっちの方が通りがいいかな」






「────────五重奏(クインテット)




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