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Missing Never End  作者: 白田侑季
第5部 劇場
69/126

K汰 - ポラロイドに手を振って




「……ソレで? どうして2人ともソンナに不機嫌なのカシラァ?」

「「別に」」


 思わず声がかぶってしまった。反射的に圭の方を見そうになり、慌てて首に力を込める。出来る限りそっぽを向くことに意識を集中する。


 リズはそんなぼくらを何故か面白そうに眺める。


「ンフフ! なんだか新鮮。ま、ケンカするのもマンネリ防止だものォ。たまにはイイわよねェ」

「そんなんじゃねえよ」

「そういうのじゃないよ」


 ……またかぶってしまった。


 この前の夜、圭と言い争ってから、ぼくらはほとんど口をきいてない。ここ数日の圭は口を開けばイジワルばかり。ぼくも思わず言い返すから、部屋の中はモヤモヤの空気ですぐいっぱいになる。


 おかげで今もモヤモヤは続いている。空は暑さで嫌になるほどの快晴なのに、ぼくらの間には別の種類の熱いモヤモヤがあって気が沈む。


 これから、知らないヒトに会わなきゃいけないのに。


「それより」と圭が無理やり話題を変える。「ノアはまだ来ねえのか」

「もうすぐじゃないカシラ。さっき『バス降りた』って連絡があったワ」


 腕に巻いた四角い腕時計をチラッと見ながらリズが応え、圭は気まずそうに唸った。ぼくもシャツの裾をキュッと握る。手汗もひどい。でもそれは暑いからだけじゃなかった。


 少し離れたところを大量の車が行き来している。風向きによって鼻につく煤けた臭い。お腹の奥に響くような車の重低音。


 無視できないほどのヒトの気配。


 それらはヘッドホンのノイズキャンセリングでも遮ることができなくて、ぼくはリズの背中に隠れるように、ただただ立ちすくんでいた。


「『ケンカするほど』何とやら、って言うケド。これから"街ロマ"ちゃんに会うんだからホドホドにね、K汰ちゃん?」

「……んで俺だけに言うんだよ」

「アラ、K汰ちゃんをオトナの男と見込んで言ってるのダケド?」

「その言い方やめろ」


 圭が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。「大体、元はと言やぁこいつが、」


「ノンノン!」リズが遮る。「ソレ以上はノット・シャイニーよォ。ケンカするなら、お互いに平静でいられる土俵でなくちゃフェアじゃないわァ」


 そう言ってリズがぼくの肩を抱くようにスッ、と引き寄せた。肩に乗った手のあたたかさに、固まっていた肺が少し和らぐ。蒸し暑い空気の中でも嫌みのない、ほのかなぬくもりだった。


「このコがどれだけの想いで今ココに立っているのか、K汰ちゃんが一番よく分かっているでショ?」


 圭が一瞬うろたえたようにぼくを見た。視線が絡んだのち、ふいっ、とそっぽを向く圭。


「……わぁーったよ」

「ンフフ、素直な良いコにはアツーーぅいキッスを!!」

「要らねえ」


 間髪入れず断る圭。リズはその様子にすら笑顔を向けながら、今度はぼくに目線を合わせてウィンクしてくれる。「貴女も、イマは貴女自身のココロの平静を優先してチョウダイ。何ならアタクシを見ててちょうだいナ。真夏の太陽すら目じゃない、アタクシのこのグロリアス・シャイニーに釘付けになれば、周りのことなんて気にならなくなるわよォ!」


 ギュッと肩を抱いてくれるリズ。そのキラキラした横顔に、緊張の糸がふっと緩んでいく。


「……うん。ありがとう、リズ」


 そのとき、ようやく遠くから「お待たせー!」と涼やかな声がした。


 声につられるように顔を上げると、こちらに向かって走って来るノアが見えた。茶色いチェックスカートに、白い半袖のブラウス。いつもの制服姿だ。胸元の赤いネクタイがひらひらと風になびいている。


「みんな早いねぇ、待たせちゃった?」


 眩しいくらいの笑顔でそう謝るノアに、リズも笑顔を返す。「ノンノン! アタクシ達もさっき着いたばっかりよォ」

「そっかぁ、良かった。今日もリズちゃんキラキラだね!」

「ンフフ、ウレシイこと言ってくれるわねェ! ノアちゃんの笑顔もステキよォ!」


 そういえば、とリズがノアに手を差し出す。


「前はドタバタしててちゃんとお礼言えてなかったわネ、ごめんなさい。急にK汰ちゃん達を紹介しちゃったのに、わざわざ会ってくれてアリガト」

「ふふ、わたしもメグちゃんに会えて嬉しかったからお互い様だよ」


 リズの手を取るノア。確かにノアと出会えたのは、元はリズがきっかけだった。他のヒトにも会う、と決めたぼくの為にリズが紹介してくれたのがノアだった。リズ曰く、交流が始まったのはここ1年ぐらいの間らしいけど、2人の様子を見る限り関係はかなり良好なようだ。


「わたしの方こそごめんね、リズちゃん、K汰くん。今日の"オフ会"に急にお邪魔しちゃって」と謝るノア。

「"オフ会"って程でもねえがな」横から圭が答える。「なんなら、あんたらの参加を一番嬉しがってたの向こうだしな」

「アラ、そうなの?」

「『K汰(おれ)だけじゃなく、ZIPANDA( ジパンダ )さんやNovody( ノヴォディ )さんにまで会えるなんて』だとよ」


 圭の言葉が少し気になった。「リズもノアも、"街ロマP"と会ったこと無い?」


「そうねェ。同じイベントですれ違ったことはあったと思うのダケド。こうして面と向かって会うのは、アタクシもハジメテね」

「うーん、わたしはリズちゃんとか"街ロマ"さんよりも後に投稿し始めたから。ほとんど接点が無いなぁ」

「そう、なんだ……」


 誰も会ったことがないヒト。どんな人柄なのか誰も分からないヒト。


 シャツの裾を握る手に力が入る。首筋を伝う汗が不快だ。和らいでいた肺が再び強張り始める。みんなとの会話で気にしないようにしていた周囲の音が、耳元に纏わりつく。


「……ハッ」ぼくの様子を察したのか、圭がイジワルそうに低く笑う。「だから止めとけ、って言ったろ」


「……そんなことない。圭の気のせい」

「なら良いが」

「? ねぇリズちゃん。K汰くんとメグちゃん、喧嘩中?」

「さすがノアちゃん、察しが良いわァ。でももう少し声を落としてあげるとスマートよォ」

「……おい、外野うるせえぞ」


 すぐ隣で話すノアとリズに、圭が渋い顔で抗議する。そのまま「揃ったならさっさと行くぞ」とぶっきらぼうに歩き出した。


 先頭に圭。圭に続くリズとノア。その後ろに隠れるようにぼくも一歩一歩踏み出した。


 「街ロマP」が集合場所に指定した場所、"駅裏のカフェ"へ向かって。




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