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Missing Never End  作者: 白田侑季
第5部 劇場
65/126

K汰 - ぶちかませインポスター




「『唄川メグ(ぼく)』の発売と、曲が、再生……?」


 たまの言葉の意味がすぐには理解できず、思わず聞き返してしまう。「ご、ごめん、たま。ぼく、よく分からなくて……」


 すると、たまの慌てたような声がスマホから鳴る。


〈あー、いや全然君のせいじゃないよ! ボクこそごめん、内容端折(はしょ)っちゃって……〉


 たまは咳ばらいを一つして、ぼくにも分かるように説明してくれた。


〈まず1つ目の方だけど、こっちの方は君が──『唄川メグ(昔の君)』が失踪したって分かった時から話題には上がってたんだ。"『唄川メグ』の名前が付いた曲で一番古いものは2003年"。まあその音源もデータがクラッシュしてたから、何の動画なのかまでは分かってなかったんだけどね。……でもその事実が、『唄川メグ』っていう存在が信じられてなかった理由でもあった〉

「どういうこと?」


 ぼくの疑問を、真向いのベンチに座ったノアが引き取った。途中で買っていたペットボトルのお茶をコクリ、と傾けている。


「あ、それはわたしも知ってるよ。"2003年にボーカロイドが発売されているわけがない"ってお話だよね?」

「? ??」


 ますます首を傾げるぼく。そんなぼくに助け舟を出すように、隣にどっかりと腰を据えていた圭がにわかにぼくの頭をわしわしと撫でた。


「細けえ話は聞き流しとけ。厳密な話をしだすと"ボーカロイド"の定義だの何だの、と色々ややこしいからな。……だが」


 そこで圭は言葉を切った。ぼくの目を見て、溜め息まじりに話し出してくれる。


「一応言っておくとだが。"ボーカロイド"ってもんが最初に発売されたのが2004年の1月なんだよ。しかも最初の発売は海外だ。日本での発売はその後の、あー、11月だったか? ……とにかく、『唄川メグ』が2003年に発売されてるわけがねえんだよ」

〈なんだ、クソニートもちゃんと履修してんじゃん。意外〉

「一言余計な?」


 圭の苛立ちもよそに、たまは〈まあ〉と続ける。


〈それこそ厳密に言えば、初期ボカロの開発自体は2000年ごろには始まってたみたいだし、2003年の2月にはプレスリリースとしてデモ音源も公開してるんだけどねー。それでも『唄川メグ』が本家を差し置いて、プレスリリースと同じ年に発売されてるなんて現実的に考えておかしいでしょ〉


 みんなの話が何だか遠い昔話みたいに思える。それなのに、頭の奥底で何かの景色が思い浮かぶような奇妙な感覚もあった。陽炎みたいに、もやもやと、ゆらゆらと。はっきりしないその記憶が、ぼくの始まりなんだろうか。


〈でもまぁ、その仮説もちゃんと覆ったんだけどね〉

「覆った?」

〈そ。それが、最初に言ってた2つ目にも繋がるんだ〉

「……"全部の曲が再生できるようになった"」

〈そういうこと!〉


 我が意を得たり、といった風にたまが声を上げる。


〈さっき言ってた"『唄川メグ』の一番古い曲"が、『唄川メグ』のデモ音源そのものだったんだよ。公開日は2003年7月22日。さっき聴いてみたけど、たぶん『きらきら星』のワンフレーズ()()()()。突然再生できるようになった理由は全く分かんないけど、これで君がちゃんと実在したんだって証明ができたんだ!〉

「ん? おい待て」


 今度は圭が首を傾げている。「"だと思う"ってなんだ。音源聴いたんじゃねえのか?」


〈……え、なにK汰。まだ聴いてないの?〉

「どっかの誰かさんが寝起き直後に突撃訪問してきたせいで、暇が無かったんだよ悪ぃな?」

「うーん、わたしもまだ聴けてないなぁ」

「ご、ごめんなさい。ぼくも、まだ……」


 ぼくらの反応に、たまは渋々といった感じで〈しょうがないなぁ〉と端末を操作し始めた。スマホの画面が何度かパッ、パッと切り替わった後、現れたのはどこかのサイトのようだ。小さな文字がたくさん並んでいる、その途中に「▶︎」マークがある。マークが一瞬だけ色を変えた直後、小さな音が、蝉声響く公園に静かに流れ始めた。


「あ、本当だ。『きらきら星』」ノアが声を上げる。


 静かで落ち着いた、清らかな音が流れる。跳ねるように、踊るように鳴るその音は、確かに夜空に広がる無数の星粒を彷彿とさせる。


 ぼくはその音の数々に注意深く耳を傾けながら、身体がこわばるのを感じた。


 これが、ぼくが──「唄川メグ」が歌った最初の曲。いまにでもメグの声が聞こえてきそうな気がして。どんな歌声なのか分からなくて。知るのが少し怖い気もして。思わず握った手に汗が滲む。


 でもそれと同時に、不思議な感覚にも苛まれた。陽炎みたいな、もやもやとした感覚。けれど心の一番奥のところに、真っ白いあたたかさが生まれるような。


 その感覚を掴もうとしている間に、曲は終わった。


「…………あれ?」


 首をひねる。メグの声が聞こえなかった。流れなかった。それとも考えごとしてる間に聞き逃したんだろうか。


 でも、隣の圭やノアも同じように首をひねっている。一体──。


 そのとき、音楽が鳴り止んだスマホから再びたまが声を上げた。


〈これで分かったでしょ、肝心の『唄川メグ』の()()()()()()()()()んだよ。だから"だと思う"なの。ま、デモ音源なのはまず間違いないんだけど〉


 それに、とたまは付け加える。〈メグの声だけ入ってない、っていうのもこの音源に限った話じゃないけど〉

「……あ、そっかぁ。それでだったんだね」

「ノア?」


 独り言ちるノアが、ふふっと笑う。「今朝からたくさんDM貰ってたんだぁ。わたしが上げてた曲もさっきのと同じで、全部再生できるようにはなってたんだけど、メグちゃんの歌声だけ入ってなかったの。コメント欄でも『歌声入ってないのはモヤモヤする』『別のボカロでいいから再投稿して』って通知がすごく増えてて」


 ノアの言葉を聞いた圭が、隣ですぐさま自分のスマホを起動させた。その横から画面を覗く。


 画面にはいくつもの動画があった。左上に「K汰」とあるから、たぶん圭が投稿した曲のページなんだろう。いくつもの画像(サムネイル、って言うらしい)と文章が箇条書きにいくつもいくつも並んでいる。確かに、以前見た時には「動画が再生できません」という文言が書かれた灰色のサムネイルがほとんどだったのに。いま画面上に並んでいるサムネイルは、全部ちゃんと表示されている。本当に、全部再生できるようになっているんだ。


 その画面を少し操作した圭は、一瞬とてもゲンナリした表情になった後、そっとスマホを閉じた。圭のところにもたくさん"DM"とやらが来ていたのかもしれない。


 でも、とノアが嬉しそうに笑う。


「やっと再生できるようになって良かったなぁ。どうして急に再生できるようになったのかは分からないけど、みんなに聴いてもらえるなら」

〈聴いてもらえる、って言ってもボイス無しだけどねー。あれじゃインストじゃん〉

「ふふ、それでもだよ」


 ぼくも少し深呼吸して考えてみる。まず、たま達が教えてくれたことを整理すると、こんな感じだろうか。


①2003年7月22日付けで「唄川メグ」のデモ音源が公開/発売

・ただし2003年に「唄川メグ」が発売することができた理由は不明

②デモ音源を含めた「唄川メグ」歌唱の曲も全部再生可能になった

・ただし「唄川メグ」の声だけが入っていない


 そして、曲が再生できるようになったのは、きっと。


 隣の圭と視線が合う。その視線に促されるように、口を開いた。


「あのね、たま、ノア。ぼく今朝、夢を見てたんだ」

〈"夢"?〉

「うん。……『唄川メグ』の曲が、過去が分かるようになったのは、たぶんそれが原因」

「どういうこと、メグちゃん?」


 ぼくは圭に話したのと同じように、夢の内容をたまとノアに話した。メグの姿、メグとの会話の内容、それからメグに訊ねられたこと。


〈あなたの名前は何ですか、ねぇ〉と、からかうようなたま。〈"10文字以内で答えよ"、ってやつ?〉

「メグちゃんはメグちゃんだけどね」ノアも苦笑している。「でもまさか、前にメグちゃんのイラストが思い出せた時にも、似たような夢を見てたんだ」


 ノアの言葉に頷く。「圭も言ってた。ぼくが『唄川メグ』の夢を見るのと、"何か"が起こるのは連動してるんじゃないか、って」

「……まあ、ただの推測だがな」


 話を振られた圭は、暑そうに顎の汗を拭う。


「何かしらの"ひと区切り"なんだろうよ。だがまあ、十中八九当たってるだろ。もっと言やあ、こいつがメグ(じぶん)に近づけば近づくほど、『唄川メグ』はこいつを通して虚数から現実に姿を現す、って寸法じゃねえか?」


 最初はイラスト。次は歌った曲。


 ぼくがメグを想い出すたび、みんなもメグのいた軌跡を思い出していく。


「これからも俺らが『唄川メグ』を追い駆けるたびに変化は起こる。少なくともあと1回ぐれえはな」

〈……? なにそれ。根拠は?〉

「おいおい、あんたが言ったんだろ。再生できるようになった楽曲に、それでも欠けてるもんがあるだろ。……一番大事なもんが」

「……あ」


 思わずハッとした。唄川メグが歌った無数の曲。再生できるようになった楽曲。そこに欠けた、唄川メグの心臓ともいえる要素。






「────『唄川メグ』の、声」




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