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Missing Never End  作者: 白田侑季
第5部 劇場
64/125

K汰 - 忘薬




「…………なあ」


 玄関扉を押し開けた圭が、半ば諦めたような声で言った。「なんで常に俺の部屋を集合場所にすんだよ、あんたらは?」


 そんな圭を余所に、扉の前に立っていたノアはにこやかに首を傾げた。一昨日と同じ制服を着ている。白いブラウスが眩しい。


「"常に"? あ、いつもみんなK汰君の家(ここ)に集まってるんだ? ふふっ、みんな仲良しさんなんだね」

「……そういや、あんたは来んの初めてだったな」もやもやの矛先を失う圭。


 ノアはその笑顔のまま、圭の背中から様子を窺っていたぼくへ手を振ってくれる。「メグちゃんもおはよう。丸一日寝てたって聞いたよ、身体は大丈夫?」

「う、うん、とりあえずはなんとか。それよりノアは?」

「お見舞いだよ。それと、2人と色々話したいこともあったから」

「あのなあ、ノア」と後頭部をぽりぽり掻く圭。「来んのは百歩譲って良いとして、だ。いま何時だ?」

「うーんと、8時半ちょっと過ぎだね」スマホの時計を見るノア。

「……そうだな、8時半過ぎだ。人ん家に来るにはちょい早過ぎやしねえか? 事前連絡なけりゃ俺ら寝間着のままだったんだが?」


 あっ、とノアが申し訳なさそうに目を伏せた。「そっか、わたしの早とちりだったね、ごめん……。8時半過ぎ(この時間帯)なら、みんな起きて学校とか会社に行ってる時間だから、てっきりK汰君たちも大丈夫かなって思っちゃって」

「ぐふっ……!!」


 そのとき、ノアの言葉を聞いた圭が呻き声を上げた。


「け、圭っ!? どうしたの!?」

「……だ、大丈夫、だいじょうぶだ。ちょい俺にとって致命傷だっただけで……」


 なぜか胸元を押さえる圭の横で、ノアはなおも申し訳なさそうに苦笑いしている。


「そうだよね、K汰君たちだって予定あるかもしれないもんね。勝手に押しかけちゃったよね」

「がはっ……!! い、良いってことよ、別に。予定なんざ特に、なにも、一切、これっぽっちも無えし……ハッ、ハハッ……」

「それに、わたしお邪魔だったよね。せっかく朝からメグちゃんと2人っきりだったのに」

「ぶっふぉッッッ!!!」

「だ、大丈夫、圭!?」


 急にむせて咳き込む圭にどうしていいか分からず、とりあえず背中をさする。何度も咳き込むからか、圭の顔も真っ赤だ。


「ノ、ノア、あんた、急に、なん……けほっ」

「……ごめん、わたし何か変なこと言っちゃったかな?」

「いや変なことも何もナニも無えよ俺とこいつは全然まったく1ミリもそんな関係じゃねえし何なら世間様にだって胸張れるぐれえそりゃあもう清く正しい関係であってだなッ!?」


 流れる水みたいにまくしたてる圭。でもその時、すぐ近くで〈うーわ〉と電子的な声が響いた。


〈なに意識しちゃってんの、キモ。ただの言葉にそこまで反応するとか、自意識過剰通り越してシンプルにキモいよ。ボクらの見えないとこでやってくれる?〉


 聞きなれた軽やかな声。軽やかでありながらちょっぴり皮肉めいた、そんな声がポケットの中のスマホから聞こえてきていた。取り出すと、案の定「通話中」の文字が躍っている。


「たま! いつのまに?」

〈偶然顔出しただけだよ。でも、君がちょっとは元気そうで良かった。しっかり眠れた?〉


 少し声が柔らかくなる()()。もしかしたら、ぼくが寝ている間も何度か見に来てくれていたのかもしれない。たまの言葉に返事をしようとしたとき、そのスマホを圭がひょい、と取り上げてしまった。頬をひくひくさせながら画面を睨み付ける圭。


「な・ん・で・あ・ん・た・が・?」

〈あ、クソニートだ〉

「その憎まれ口はどうやったら擦り減るんだろうな、やっぱ鬼おろしか?」

〈そんなことよりさっさと中に入りなよ。こんな朝っぱらからご近所様にご迷惑だとか思わないワケ?〉


 ピクッ、と反応する圭。おそるおそる玄関の外へ身を乗り出して見ると、廊下の向こうで女性2人がこっちを見ながら、険しい顔でひそひそ何かを話している。廊下から見えるアパートの下では、おじいさんの連れた犬がワンワン! と吠えているし、外を通りかかった親子が神妙な顔で通り過ぎて行った。


 いまだに慣れないヒトの視線に思わず隠れるぼくとは正反対に、圭は廊下の向こうの女性たちに「……ハ、ハハ、本日は、お、お日柄もよくー……なんつって」と声を掛けたが、すぐさまパタパタと大きな足音が鳴り、そして遠ざかっていった。朝から蒸し暑い夏の空気とは裏腹に、どこか寒々しい雰囲気が漂う。


〈さて問題です。ご近所様の目の前で、朝っぱらから女の子2人を家に上げようとするクソニートさんの今後は?〉

「もしかしなくともDEAD OR DIEだよ、クソッたれ! 行くぞあんたら!!」

「で、でも圭、行くってどこへ?」

「どっかその辺っ!!」






「K汰君の家ってZIPANDAちゃんもよく来るの?」とノア。

「うん。いつも賑やか」ぼくも頷いて見せる。「今日は、でぃ、でぃーじぇーライブ? の準備で来れないみたい、だけど」

「そっかぁ、残念。でも、ふふ、みんな仲良しさんなんだね」

〈それより、何でまた公園なの?〉


 たまがぼやく。公園にはまだ少し人影があるけれど、ぼくらの座るベンチの辺りは公園の隅にあって声も少ない。


 空は今日も快晴。溺れるほど真っ青な空、ギラギラと眩しい太陽、蒸し暑い風と入道雲。蝉の声は一昨日聞いたものと幾分違って、少し爽やかな気がする。


〈なんでわざわざ暑い場所に来るのか理解できないなー。言っとくけどボク、エアコン効いてないとことか論外なんだけど〉

「外出た判定に引っかからねえくせに、いっちょ前に文句付けるインドアなガキは黙っててくんねえかな、"たまちゃん"?」と、圭。

〈はい、見下しー。人を動物みたいに扱うのって海外だと刑罰対象だって知らないの?〉

「ここは日本なんだが???」

〈とゆーか、仮にも30歳の成人男性が制服着た女子高生を家に上げようとするとか、倫理観昭和に置いてきたの? 新手のモラハラだよ?〉

「俺は29だ何度言ったら分かんだよ」

〈いちいち細かいね、オジサン〉

「そんなに喧嘩してえならスマホ(そこ)出てから言えよクソガキ?」

「あ、そういえば」ふいにスマホへ話しかけるノア。「君が『にくたまうどん』君だっけ? とっても人気なボカロPさんだよね。この前もアニメの主題歌を手掛けてたし。会えて嬉しいな!」

〈……あー、『Novody(ノヴォディ)』さん、だっけ。うん、よろしく〉

「あーもーあんたらっ!!」


 止まらない応酬に一段落つけるように、圭は膝をバンッ、と叩いてベンチから立ち上がった。「さっさと本題入れよっ! 駄弁りてえだけなら他所行けっ!」


 ようやく少し落ち着いた空気の中、たまが〈しょうがないなぁ〉とわざとらしく言った。


〈それじゃ改めて確認しよっか。────今朝、ボクら全員が思い出した『唄川メグ』の過去について〉


〈と言っても〉と、たまがこぼす。〈年表作成なんかしてたら時間がいくらあっても足りないから、大事なとこだけ確認するよ〉

「"だいじなとこ"?」

〈そ。おおまかなのは2つ。1つは『唄川メグ』が発売された年……だけど、こっちは最初から判明してたことだから、そこまで重要視することじゃないかな。でももう1つの方は、ボクらPに一番関わることかな〉


 首を傾げるぼく。それとは対象的に、もどかしそうに首筋をぼりぼり掻く圭。苦笑するノア。それから、半ば呆れたような溜め息を吐くたま。




〈────ボクらが作った楽曲、その全てが()()()()()()()()()()()んだよ〉




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