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Missing Never End  作者: 白田侑季
第5部 劇場
61/125

間奏④




 「この世は全て1つの舞台。男も女も、人はみな役者に過ぎぬ」。


 先人というものは、本当に残酷さを突きつけるのがうまい。が、実際その通りだろう。


 人は、人生という舞台の上で踊り狂う滑稽な人形(パペット)であり、またそう信じて疑わない人間こそ「人生(ぶたい)」の奴隷だ。


 小説。漫画。ドラマ。映画。美術。演劇。


 舞台の上で繰り広げられる人間性の暴走。登場人物たちの間で入り乱れる欲望の押し付け合い。その悲喜こもごもを観覧することで、人は己の内にあるものを自覚する。が。


 人の振り見てなんとやら。観覧する者は、自らも劇の一部であることをいとも簡単に忘れてしまえる。この世の全てが1つの舞台であることを忘れる。


 見る者と見られる者。演者と観客。スポットライトの異様な眩しさ。その向こうの影に潜む無言の聴衆。感情の切り売り。努力と才能の埋まらない溝。人間性を代償に魅せる「エンタメ」。そして、必ず下りる緞帳(どんちょう)。約束されたエンドロール。


 ■■も、舞台の上を生きている。


 彼女は絵が上手かった。大人しかった。控えめだった。一定以上の他人の目がある場所では絵を描かなかった。自分に宿っている技量で人目を惹くことを絶対にしなかった。美術部に入らないのが不思議なほど"描ける"人間であるはずなのに、いつもの柔らかい笑顔で、芯のこもった言葉ではっきりと拒んだ。誰かに見せるためじゃないから、と。


 嫌いだったわけじゃない。好きだったわけでもない。ただひたすらに悔しかった。ちょっと齧った程度の"演技"の裏で、膨れ上がった我欲を蠢かせる■■とは比べるべくもなかった。


 あれは生まれて初めて感じた、静かな羨望と清々しい嫉妬だった。素直に誰かの意見を尊重したいと思ったことが、それまで一度もなかった人間にとって、その感情はあまりに鮮烈だった。


 そしてある日彼女は消えた。彼女は、高校3年の8月31日を境に消えた。「彼女」という役は舞台から消え失せた。なのに。


 ■■は、彼女がいない舞台をのうのうと生きている。


 あの日から、全ては芝居になった。演劇になった。物語になった。何もかもが嘘塗れで、偽りで、大袈裟に芝居がかっている。「彼女」という役が消えた今、全ては滑稽な喜劇に成り下がった。


 馬鹿馬鹿しい。全てが良くできた作り話だ。こんな感情もまやかしだ。後悔も、諦観も、醜悪なエゴも、無駄に肥え太った感傷も。■■が作った楽曲も、それを聴いては拍手する観客も。全部が虚構に塗れた演劇だ。こんなもの。


 彼女が描いた絵に比べれば、こんなもの。


 この世は舞台。人はみな役者に過ぎない。


 舞台の上に立っている。彼女ほどの才能が失われた舞台に、肥大化したエゴを抱えたまま、いまだに、のうのうと。


 緞帳は下りない。エンドロールは訪れない。


 だから、メグを使った。


 これは■■という舞台であり、メグはその舞台装置だ。人間ではない存在がその無機質な声で叫ぶからこそ、この感傷は体裁を保てる。


 "爽やかな楽曲"。"夏っぽい曲"。"切ないロック"。観客はそう評価した。いつしか観客は膨れ上がり、欲してもいないのに「あなたの曲に救われました」なんて感想が届くようになった。それもどうでも良いことだった。


 勝手にやっていればいい。好き勝手に、■■というコンテンツを消費すれば良い。


 演劇とはエンタメだ。人間性を代償にした感情の切り売りだ。もうまともに生きる気なんて無いんだ。なぜならこれは恋じゃない。愛でもない。"青春"なんて言葉で片付けられるような、そんな生易しい代物じゃない。


 これは、控えめだった彼女とは真逆の、エゴに塗れた曲であり。


 ■■は、終わらない舞台の上で、惰性で生きている「人生」の奴隷でしかない。


 夏が来る。五月蝿い蝉と、灼き切れる記憶と、彼女のいない夏が来る。


 さあ、歌えよメグ。


 この世界に「すてき」な明日(エンドロール)なんてないことを。




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