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Missing Never End  作者: 白田侑季
第4部 再生
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K汰 - 抱腹




「…………あんた、ノア、か?」


 突然のノアの登場に圭も驚いている。ぼくも一瞬わけが分からなかった。ノアが、どうしてこんなところに? それにいつから?


 そんなぼくの疑問に構うことなく、ノアは涼やかな笑顔を圭に向ける。


「わぁ、名前覚えててくれたんだね! 嬉しいなぁ」

「いや、言いてえのはそこじゃなくてだな、」

「あ、どうしてここに居るのかって? さっき言ってたお友達との約束で、ここにショッピングの付き添いに来てて」

「だから言いてえのはそこじゃなくてだな……」


 戸惑う圭。そういえば公園での別れ際、確かにノアは「このあとお友達と遊びに行く約束してる」って言っていたけど、まさか同じところに来ていたなんて。


 そんな出鼻をくじかれた圭もよそに、ノアはゆっくりと辺りを見回した。


「それにしてもK汰君たち、かなり派手にやったねぇ。音も結構響いてたよ。館内でちょっとしたアナウンスがあったくらい。警備員の人達もずっと慌ててたけど、そろそろこっちに来るんじゃないかな」

「……そりゃ確かにマズいな」と、圭。

〈あ、ほんとだ〉と、たまも声を上げる。また監視カメラでも覗いているんだろうか。〈結構な人数来てる〉

「でしょう?」と、ノアも笑顔で頷く。「それに、みんなが傷付くのは良くないよ。ちらっと聞こえたけど、K汰君たちもそっちの人達も、ここまで傷付け合うつもりはなかったみたいだし。これ以上はきっと不毛だよ」


 圭はその点については無言だった。その代わり「仕方ねえ、とにかく移動するか」と手を下ろした。


 でも次の瞬間、イツキが動いた。


 ミヤトの足元に手を伸ばし、その指先が触れたと思ったら、瞬きの間にミヤトの足元のアスファルトが()()()()()


「────────え?」


 崩れて散らばった"羊"達はそのままに、ミヤトが立っていた場所だけが復元された。傷もヒビもない、きちんと舗装され、(なら)されたものに戻った。最初に見た時と何も変わらない、元の堅さに戻ったそのアスファルトを起点に、今度はミヤトが動いた。


 声もまともに出せないうちに、ミヤトは踵を返して、駆け出した。


 慌てて圭が叫ぶ。


「……! おい、待っ、────ゲホッ!!」


 でもすぐに圭は咳き込んだ。こらえきれずに口元を押さえている。


「圭っ!」


 だめだ、圭はまだ傷付いたままだ。これ以上動けない。


 バッ、とミヤトの背中を視線で追う。さすがに疲れ切っているのか、ほとんどスピードが出てない。時々よろけながら走る後ろ姿に疲労感が滲んでいる。距離もそこまで離れてない。まだ間に合う。でも。


 だめだ、ぼくももう脚に、力が。


 ────けれど、違った。


 駆け出したのは、ミヤトだけだった。


 イツキは動かない。立ちあがろうとしていない。


 足音が少ないことに気付いたのか、ミヤトがこちらを振り返りながら「おいイツキ!」と叫ぶ。


「なにしてんだよ、いまのうちに!」


 それでもイツキは動かない。ミヤトの方を見向きもしない。ただアスファルトに膝をついたまま、うなだれている。


「……くそっ!!」


 痺れを切らしたミヤトがイツキの元へ駆け寄ろうとする。


 その様子を見た圭が「させるか……っ!!」と手を伸ばして、再び指先に力を込めようとする。傷付いていて、痛そうなのに、まだ異能を使おうとする。


「圭っ、だめだ、やめてっ!」


 慌てて叫んだ。でも。


 異能は使われなかった。何も壊れなかった。バシュゥゥ、と空気が抜けていくような、さっきも聞いた音がした。


 そして、さっきと同じように、圭の指先をノアが片手で覆っていた。


「…………やっぱ、あんた、」


 静かにノアを睨む圭。そんな圭に、ノアは柔らかい微笑みを返す。赤みがかった茶色い瞳が光を弾く。


「ふふ。ほら、言ったでしょ。『わたしは傷付かない』って。それに」


 そう言って、ノアが振り返る。


「もう逃げないと思うよ、あの2人」


 つられてぼくも視線を戻す。




「────おい、何でだよ! 早く立てって!」




 叫ぶ声。焦りと困惑の入り混じった顔。イツキの手首を掴んで必死に立たせようとする、ミヤトの姿があった。


 手首を引っ張り上げられても、イツキは座り込んだまま微動だにしない。だらん、と下がった指先からは逃げようとする気配が感じられない。


 イツキが、聞こえるか聞こえないかほどのか細い声で囁く。


「……いいよ、私は。ミヤトは逃げて」

「そんなわけにいくかよ、やり直すんじゃねーのか!? だから今は、」

「大丈夫だよ、ミヤトならやり直せる」

「おれじゃねーだろっ、イツキがやり直すんだろ! そうしたいって言ってたじゃねーかっ!!」


 それでもイツキは顔を上げない。ミヤトの顔を見ない。その顔からはどこか生気が抜けたような、涙が枯れたような。深い絶望の色が見えた。


「……アイツが、メグが『記憶が無い』、って言ったからか?」


 そんなイツキに、ミヤトは吐き捨てるように言う。唇を噛んで、眉根を寄せながら、懸命にイツキを立ち上がらせようとする。


「おれ達とのことを覚えてねーって言ったからか? それが何だってんだよ、"間違った"ってなんだよっ。思い出せるように助けるんだろ、それが無理だとしてももう一回作り始めるんだろ、そうやって『メグ』を救いたいんだろっ! それがイツキの"やり直したいこと"じゃねーのかよっ!?」

「────────そうだよッ!!」


 でもイツキは叫んだ。叫んで、ミヤトの手を振り払った。


「やり直したいよっ。やり直して、やり直してやり直してやり直してッ! それで誰かを救って、元気にして、そうやって何回でも、何度でも、立ち上がって。出来るならそうしたいよ、今までやってきたみたいに!!」


 イツキの声が震える。涙がいくつも、いくつも頬に滲んでは零れていく。


「でも、それじゃ駄目なんだよ……! だって、だってメグちゃんは、もう『唄川メグ』じゃない。私達の知ってる()()メグちゃんじゃないっ!! それなのに、私が押し付けた、押し付けてたんだ。そんなの、……そんなの、もう、私の、」


 イツキの声が震える。絞り出すような嗚咽が漏れる。


「私の、独り善がりだ────」


 深い、暗い、海の底みたいな声だった。


「……もう、無理だよ。こんな、身勝手な押し付けで救えるわけない。私なんかの独り善がりなやり直しで、笑顔になれるわけがない」

「──イツキ、それは、」

「じゃあミヤト、教えてよ。こんな状況で、こんな有様で、みんなを振り回して、みんなを傷付けて。それでも私のやりたいことって、何の意味があるの……? 私のやってきたことって、一体何だったの……?」


 イツキが顔を覆う。


「もう、何も分からない。もう、無理だよ」


 黒い砂利の付いた両手で。うずくまるように、背中を丸めて。


「私は間違った。これ以上間違えたくない。これ以上誰かを傷付けたくない」


 深い淵を覗くように。




「────────もう、やり直せる気がしない」




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