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Missing Never End  作者: 白田侑季
第4部 再生
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K汰 - アンコール ディスコ




「圭……」


 さっきまで圭を囲んでいた"羊"達は影も形もない。おそらく圭の異能で爆散したんだろう。


 でも、と不安に苛まれる。圭には『代償』があったはず。圭を中心に、ドーム状に幾重にも折り重なっていたあれだけの数の"羊"を、たった一回で爆散させるほどの威力。無事で済むはずがない。案の定、さっきよりも少し多い紅い絵の具が、圭の口元からこぼれている。


 それなのに圭はニヤリと笑う。ボロボロなまま、苦しそうに眉をしかめて、それでも煽るように。


「自己満足な演説は終わったか?」


「……自己満足じゃねーよ?」壊れた"羊"の影からミヤトが応える。さっきの爆発の反動か、頬に少し怪我もしている。「れっきとした話し合いだって、K汰さんが応じてくれねーだけで。それにさっきも言ったけど、それ以上異能を使わねー方がいいって。あんたの身体が保たねー」

「ンだよ、早とちりで追っ駆け回しやがった自己中野郎が、他人様の心配か。良いご身分だな?」

「あんたの為なんだって、K汰さん。もう引き分けでもなんでもいーけどさ。悪いが、あんたじゃおれには勝てねえよ」


 思わずこぶしをぎゅっと握る。そうだ、ミヤトの話を信じるなら、圭は異能を使えば使うほど傷付いていく。反対に、ミヤトは異能を使っても疲れすら見せていない。いまでもピンピンしているし、"羊"達の数が減っているわけでもない。圭の異能がどれだけ強くても、ミヤトの"羊"が全部壊れるより先に圭が壊れてしまう。


 でも圭は、口元を拭いながら「ハッ」と鼻で笑った。


「さっき言ってた『代償』ってやつか? まあ、いまさら否定はしねえが。お前が猪突猛進の自己中なのは変わんねえだろ。それともう一度言うぞ、他人様の心配してる場合じゃねえだろ?」

「……どーいう意味だ?」

「いちいち説明しねえと分かんねえか?」あからさまに揶揄うように圭が声を上げる。「あんた、"(ソレ)"には制限はあっても代償がねえ、そう言ったな。だがそんなの見りゃ分かる。その人形が壊れたまま、そこら中に転がってんだからよ」


 そう言って圭は、ぼくらの足元に転がった"羊"達を指さした。圭の異能で壊れて、欠けて、ボロボロになった無数の残骸。


「ミヤト、っつったか? あんたは壊れた"羊"を直してねえ、使いまわしてねえ。細けえ小石程度のサイズになってさえ、再利用してねえ。壊れるたびに最初(イチ)からわざわざ作り直してやがる。しかも足元の材料をまるっと使ってな。それがあんたの『制限』だ、違うか?」


 ハッとした。そうだ、確かに壊れた"羊"はどれも、そこに転がったまま。ミヤトの足元にあるものと同じ材料(アスファルト)のはずなのに、彼は"羊"達を何度も何度も足元から生成し直している。


 "羊"達は、壊れた所が再生することもなく、新しい"羊"の材料になることもなく、ただただ無数に横たわっているばかり。


「再利用できねえくせに、ぽこじゃかぽこじゃか見境なく作りゃあ、……あとは分かんだろ?」


 その圭の言葉に、ミヤトもようやく気付いたようだった。バッと自分の足元を見下ろす。


 ────いったい、いつから圭は、この駐車場にミヤトをおびき寄せようと考えていたのだろうか。


 蜘蛛の巣みたいにヒビ割れたアスファルト、その隙間から駐車場の下の階が()()()()()()。ミヤトの足元が明らかに脆くなっている。


 ミヤトの、無限に"羊"を出す異能。足元の材料を使って際限なく、人形を作り出す異能。圭はそれを逆手にとって追い詰めた。足元の薄い場所、それでも人形が作れる材料がある場所を、圭は最初から想定して──。


 「あとは、一発撃ちゃあ」と圭が右手を伸ばす。人差し指と親指で銃の形を作って、その指先をミヤトの足元に向ける。「それで終わりだ」


 ミヤトは身動きできない。たぶんミヤトが足の位置を変えただけでも足元は崩れ去る、それぐらいアスファルトが薄くなっているのがぼくにも分かる。焦りを浮かべた顔でミヤトが叫ぶ。


「ちょ、ちょい待て! もし下の階に誰か居たら……!!」

〈それは無いよ〉


 ふと、聞き慣れた声がした。


〈下の階には車一台だって無い。ボクがちゃんと(いじ)ったし〉


 視線だけで周りを見たけど、誰の姿は見えない。でも電子的で、高く弾むようで、ちょっぴり皮肉を含んだ、この声は。


「…………たま?」

〈だーいせーいかーい。さすがだね〉


 今度ははっきり聞こえた。ポケットに入れていたスマホからだ。画面には、起動してないのに「通話中」の文字が踊っていた。


「で、でも、どうして、」

〈そこのK汰(クソニート)から連絡があった、って慌てふためいてる人が約2名ほど居たからさ。それに、いま君が持ってるスマホ、元々ボクのだし。自分のスマホの位置くらい余裕だよ。……それより今は〉


 そこで不意にたまの声が大きくなった。いつのまにか画面上の「スピーカー」のところが点滅している。


〈あ、そこの2人も聞こえてるー? 一応、久しぶりって言っておこうか?〉


 たまの声にイツキが反応する。「……も、もしかして、にくたまうどんさん?」


〈その声は『クイン』さんの方だっけ。ボイチャ以来ですーおひさー〉

「な、軟禁されてるはずじゃ」

〈アハハッ、あんなの軟禁だなんて言えないよ! それよりさっきの話だけど、もうこの下には車も人も一切いないから〉

「そんなこと、」

〈あるよ。ボクの異能は知ってるでしょ? 駐車場の出入口にある発券機システムを弄って、車を擬似的に誘導するぐらい片手間で出来る。あ、オマケで監視カメラの映像もすり替えといたから。ちゃんと感謝してね、K汰(脳筋クソニート)!〉

「……んで俺に言うんだよ」

〈あ、聞こえてた? 真っ昼間から人目も憚らずに、ここまで派手な大立ち回りするような脳筋主人公様(笑)には聞こえないかと思ったんだけど??〉

「ハッ、肉体労働してねえくせにイキがるとか、とことんお子ちゃまだな? 幼稚園からやり直すか?」


 いつものように、たまの皮肉をあしらって、圭は再びミヤトへ視線を向ける。「ま、ともかくそう言うこった。素直に落ちてくれや──おっと」


 そっと動こうとしていたイツキを、すぐさま圭が牽制する。指先を向けられたイツキがビクッと身を固くする。


「変な動きすんなよ。……イツキ、だったか。そいつの傷を治したところを見るに、治癒系の異能だろ。何する気か知らねえが、あんたが動くより、俺がその床をぶち抜く方が早えぞ」


 圭の容赦のない脅し。それでもイツキは圭の目を見つめ返す。喉を震わせながら、か細い声を吐き出す。


「…………ごめん、なさい」

「いまさら謝罪か?」

「本当に、ごめんなさい。全部私のせいなんです、私が、」

「要らねえ。もう遅えんだよ」

「待って」

「待たねえ」


 ことごとく否定されるイツキの言葉。少しも揺らがない圭の声色。圭の怒りがひしひしと伝わってくる。


「け、圭」思わず口を挟んだ。「イツキは……、イツキは本当にぼくのこと、想ってくれてる。だから、お願い。イツキの話を聞いてあげて」


 でも、圭はゆっくりと首を振っただけだった。


「いいか? こいつらは俺達を追い込んだ。俺達が何もしてねえのに、こいつらの手前勝手な理由で俺達を追い込んだ。これでお前も分かったろ、五重奏(クインテット)ってのはそういう奴らなんだよ。そんな奴ら相手に、俺達が譲歩する理由がどこにある? ここらで一発痛い目みせておかねえと割に合わねえだろ。……それに」


 ふいに圭の視線がイツキとミヤトへ戻る。


「あんたら、さっき言ってたよな。『自分たちは何度でもやり直せる』、だったか? なんだよそれ。ゲームのリセットみてえに、その気になって努力すりゃあ何でもやり直せる、ってか。笑わせんな」


 ピシ、ピシ、と音がする。割れる音、砕ける音、圧力がかかったように歪む景色、暴れ回る目に見えない力。ミヤトの足元に向けて凝縮されていく、圭の異能。


 畳みかけるような、圭の言葉。


「────そういうのが、一番気に食わねえんだよ」


 そして圭の力は、ミヤトの足元へ放たれ、炸裂して、






「うーん。ちょっとやりすぎじゃないかな、K汰君?」






 炸裂、しなかった。


「────────は?」


 代わりに、戸惑う圭の声がする。バシュゥゥ、と空気が抜けていくような音がする。ミヤトは立ち尽くしたまま、けれど崩れ落ちなかった自分自身に安堵するわけでもなく。イツキも驚きで固まったまま、ミヤトの安全に胸を撫で下ろすでもなく。


 ぼくと圭、イツキとミヤト。4人の、ぼくらの間に割って入った一人の少女が、涼やかな笑みで圭を(さと)す。圭の指先を右手でそっと抑えながら。


「K汰君の気持ちも分かるけど、もう十分だと思うよ? このくらいで止めておいた方が丁度良い、ってわたしは思うなぁ」


 どこまでも落ち着いて透き通った、鈴のような声。場違いたほどに清らかな笑顔。どうしてこんな時に、こんな場所にいるのか。分からない、理解が追いつかない。


 でも、その笑顔は、間違いなく。さっき出会った、


「────────ノア?」

「ふふ。ついさっきぶりだね、メグちゃん」


 ぼくの声に振り向いたノアが微笑む。まるでカミサマみたいな、その笑顔を。


「大丈夫?」




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