K汰 - アンコール ディスコ
「圭……」
さっきまで圭を囲んでいた"羊"達は影も形もない。おそらく圭の異能で爆散したんだろう。
でも、と不安に苛まれる。圭には『代償』があったはず。圭を中心に、ドーム状に幾重にも折り重なっていたあれだけの数の"羊"を、たった一回で爆散させるほどの威力。無事で済むはずがない。案の定、さっきよりも少し多い紅い絵の具が、圭の口元からこぼれている。
それなのに圭はニヤリと笑う。ボロボロなまま、苦しそうに眉をしかめて、それでも煽るように。
「自己満足な演説は終わったか?」
「……自己満足じゃねーよ?」壊れた"羊"の影からミヤトが応える。さっきの爆発の反動か、頬に少し怪我もしている。「れっきとした話し合いだって、K汰さんが応じてくれねーだけで。それにさっきも言ったけど、それ以上異能を使わねー方がいいって。あんたの身体が保たねー」
「ンだよ、早とちりで追っ駆け回しやがった自己中野郎が、他人様の心配か。良いご身分だな?」
「あんたの為なんだって、K汰さん。もう引き分けでもなんでもいーけどさ。悪いが、あんたじゃおれには勝てねえよ」
思わずこぶしをぎゅっと握る。そうだ、ミヤトの話を信じるなら、圭は異能を使えば使うほど傷付いていく。反対に、ミヤトは異能を使っても疲れすら見せていない。いまでもピンピンしているし、"羊"達の数が減っているわけでもない。圭の異能がどれだけ強くても、ミヤトの"羊"が全部壊れるより先に圭が壊れてしまう。
でも圭は、口元を拭いながら「ハッ」と鼻で笑った。
「さっき言ってた『代償』ってやつか? まあ、いまさら否定はしねえが。お前が猪突猛進の自己中なのは変わんねえだろ。それともう一度言うぞ、他人様の心配してる場合じゃねえだろ?」
「……どーいう意味だ?」
「いちいち説明しねえと分かんねえか?」あからさまに揶揄うように圭が声を上げる。「あんた、"羊"には制限はあっても代償がねえ、そう言ったな。だがそんなの見りゃ分かる。その人形が壊れたまま、そこら中に転がってんだからよ」
そう言って圭は、ぼくらの足元に転がった"羊"達を指さした。圭の異能で壊れて、欠けて、ボロボロになった無数の残骸。
「ミヤト、っつったか? あんたは壊れた"羊"を直してねえ、使いまわしてねえ。細けえ小石程度のサイズになってさえ、再利用してねえ。壊れるたびに最初からわざわざ作り直してやがる。しかも足元の材料をまるっと使ってな。それがあんたの『制限』だ、違うか?」
ハッとした。そうだ、確かに壊れた"羊"はどれも、そこに転がったまま。ミヤトの足元にあるものと同じ材料のはずなのに、彼は"羊"達を何度も何度も足元から生成し直している。
"羊"達は、壊れた所が再生することもなく、新しい"羊"の材料になることもなく、ただただ無数に横たわっているばかり。
「再利用できねえくせに、ぽこじゃかぽこじゃか見境なく作りゃあ、……あとは分かんだろ?」
その圭の言葉に、ミヤトもようやく気付いたようだった。バッと自分の足元を見下ろす。
────いったい、いつから圭は、この駐車場にミヤトをおびき寄せようと考えていたのだろうか。
蜘蛛の巣みたいにヒビ割れたアスファルト、その隙間から駐車場の下の階が透けて見える。ミヤトの足元が明らかに脆くなっている。
ミヤトの、無限に"羊"を出す異能。足元の材料を使って際限なく、人形を作り出す異能。圭はそれを逆手にとって追い詰めた。足元の薄い場所、それでも人形が作れる材料がある場所を、圭は最初から想定して──。
「あとは、一発撃ちゃあ」と圭が右手を伸ばす。人差し指と親指で銃の形を作って、その指先をミヤトの足元に向ける。「それで終わりだ」
ミヤトは身動きできない。たぶんミヤトが足の位置を変えただけでも足元は崩れ去る、それぐらいアスファルトが薄くなっているのがぼくにも分かる。焦りを浮かべた顔でミヤトが叫ぶ。
「ちょ、ちょい待て! もし下の階に誰か居たら……!!」
〈それは無いよ〉
ふと、聞き慣れた声がした。
〈下の階には車一台だって無い。ボクがちゃんと弄ったし〉
視線だけで周りを見たけど、誰の姿は見えない。でも電子的で、高く弾むようで、ちょっぴり皮肉を含んだ、この声は。
「…………たま?」
〈だーいせーいかーい。さすがだね〉
今度ははっきり聞こえた。ポケットに入れていたスマホからだ。画面には、起動してないのに「通話中」の文字が踊っていた。
「で、でも、どうして、」
〈そこのK汰から連絡があった、って慌てふためいてる人が約2名ほど居たからさ。それに、いま君が持ってるスマホ、元々ボクのだし。自分のスマホの位置くらい余裕だよ。……それより今は〉
そこで不意にたまの声が大きくなった。いつのまにか画面上の「スピーカー」のところが点滅している。
〈あ、そこの2人も聞こえてるー? 一応、久しぶりって言っておこうか?〉
たまの声にイツキが反応する。「……も、もしかして、にくたまうどんさん?」
〈その声は『クイン』さんの方だっけ。ボイチャ以来ですーおひさー〉
「な、軟禁されてるはずじゃ」
〈アハハッ、あんなの軟禁だなんて言えないよ! それよりさっきの話だけど、もうこの下には車も人も一切いないから〉
「そんなこと、」
〈あるよ。ボクの異能は知ってるでしょ? 駐車場の出入口にある発券機システムを弄って、車を擬似的に誘導するぐらい片手間で出来る。あ、オマケで監視カメラの映像もすり替えといたから。ちゃんと感謝してね、K汰!〉
「……んで俺に言うんだよ」
〈あ、聞こえてた? 真っ昼間から人目も憚らずに、ここまで派手な大立ち回りするような脳筋主人公様(笑)には聞こえないかと思ったんだけど??〉
「ハッ、肉体労働してねえくせにイキがるとか、とことんお子ちゃまだな? 幼稚園からやり直すか?」
いつものように、たまの皮肉をあしらって、圭は再びミヤトへ視線を向ける。「ま、ともかくそう言うこった。素直に落ちてくれや──おっと」
そっと動こうとしていたイツキを、すぐさま圭が牽制する。指先を向けられたイツキがビクッと身を固くする。
「変な動きすんなよ。……イツキ、だったか。そいつの傷を治したところを見るに、治癒系の異能だろ。何する気か知らねえが、あんたが動くより、俺がその床をぶち抜く方が早えぞ」
圭の容赦のない脅し。それでもイツキは圭の目を見つめ返す。喉を震わせながら、か細い声を吐き出す。
「…………ごめん、なさい」
「いまさら謝罪か?」
「本当に、ごめんなさい。全部私のせいなんです、私が、」
「要らねえ。もう遅えんだよ」
「待って」
「待たねえ」
ことごとく否定されるイツキの言葉。少しも揺らがない圭の声色。圭の怒りがひしひしと伝わってくる。
「け、圭」思わず口を挟んだ。「イツキは……、イツキは本当にぼくのこと、想ってくれてる。だから、お願い。イツキの話を聞いてあげて」
でも、圭はゆっくりと首を振っただけだった。
「いいか? こいつらは俺達を追い込んだ。俺達が何もしてねえのに、こいつらの手前勝手な理由で俺達を追い込んだ。これでお前も分かったろ、五重奏ってのはそういう奴らなんだよ。そんな奴ら相手に、俺達が譲歩する理由がどこにある? ここらで一発痛い目みせておかねえと割に合わねえだろ。……それに」
ふいに圭の視線がイツキとミヤトへ戻る。
「あんたら、さっき言ってたよな。『自分たちは何度でもやり直せる』、だったか? なんだよそれ。ゲームのリセットみてえに、その気になって努力すりゃあ何でもやり直せる、ってか。笑わせんな」
ピシ、ピシ、と音がする。割れる音、砕ける音、圧力がかかったように歪む景色、暴れ回る目に見えない力。ミヤトの足元に向けて凝縮されていく、圭の異能。
畳みかけるような、圭の言葉。
「────そういうのが、一番気に食わねえんだよ」
そして圭の力は、ミヤトの足元へ放たれ、炸裂して、
「うーん。ちょっとやりすぎじゃないかな、K汰君?」
炸裂、しなかった。
「────────は?」
代わりに、戸惑う圭の声がする。バシュゥゥ、と空気が抜けていくような音がする。ミヤトは立ち尽くしたまま、けれど崩れ落ちなかった自分自身に安堵するわけでもなく。イツキも驚きで固まったまま、ミヤトの安全に胸を撫で下ろすでもなく。
ぼくと圭、イツキとミヤト。4人の、ぼくらの間に割って入った一人の少女が、涼やかな笑みで圭を諭す。圭の指先を右手でそっと抑えながら。
「K汰君の気持ちも分かるけど、もう十分だと思うよ? このくらいで止めておいた方が丁度良い、ってわたしは思うなぁ」
どこまでも落ち着いて透き通った、鈴のような声。場違いたほどに清らかな笑顔。どうしてこんな時に、こんな場所にいるのか。分からない、理解が追いつかない。
でも、その笑顔は、間違いなく。さっき出会った、
「────────ノア?」
「ふふ。ついさっきぶりだね、メグちゃん」
ぼくの声に振り向いたノアが微笑む。まるでカミサマみたいな、その笑顔を。
「大丈夫?」




