【HighCheese!! - めのまえまっくらとかそんなぁ!】
思わず、涙が溢れてしまった。
どうして私はこんな状況で泣いているんだろう。ミヤトが先走って、K汰さんやメグちゃんを追い詰めて、2人を傷付けて。その全てに自分の不甲斐なさが関わっているのに。こんな自虐なんてただの思い上がりでしかないかもしれないのに。泣いて良いのはメグちゃんのはずなのに。
どうして、私は泣いているんだろう。
どうして、「メグちゃんに会えて嬉しい」なんて。
「……ぼくを」メグちゃんの声が聞こえる。「ぼくを、探してた……?」
顔を上げられない。彼女の顔を見られない。見る資格が無い。だから言ってはいけない。私にはそれを言う資格が無い。ここまでのことを引き起こしておいて、ここまで彼女を追い詰めた一因を担っておいて、今更何かを言う資格なんてあるわけがない。
けれど、胸の内が疼く。熱を持った喉が堰を切ったように開く。生ぬるくて気持ち悪いほどの言葉が、想いが、口をついて零れていく。
「────そう、探してた。ずっと、ずっと。アナタが居なくなったって知ってから。それでも、アナタがいるって信じてたから」
私には「唄川メグ」との記憶が無い。五重奏の人達や、ネット上で騒いでいる他の人達と同じように、私には彼女との記憶が欠落している。SNS上で「虚数の歌姫」の噂が囁かれ始めてから、自分の投稿用アカウントを見返すまで、彼女という欠落に気付くことすらできていなかった。
だから「唄川メグ」の存在を思い出した時、ようやく私は自分の大切なものに気付けた、と。そう思った。
まるで、悪夢から覚めたような感覚だった。
彼女の存在を思い出せてからは、よく覚えていない。ネット上での彼女の噂。投稿サイトに残された彼女の名前。再生できる彼女の楽曲。投稿数と投稿者の特定。
関連検索を徹底した。確度の高い物から低いものまで虱潰しに頭に入れた。情報共有が行えるグループともコンタクトを取った。死にもの狂いで彼女のことを探した。
昼も、夜も、学校でも、家に帰ってからも、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと探した。彼女のことを想わない日は無かった。靄が掛かったような手掛かりにも縋りついて、あらゆる仮説を立てては自己満足でしかないと嫌悪して、それでもどこかに事実が無いか、彼女の片鱗が無いかと、暗い部屋でパソコン画面をずっと眺めていた。
それは、深い泥の底で喘ぐような日々だったけれど。
でも私は、彼女がどこかに必ずいると信じて疑わなかった。
絶対に私は彼女を見つける。その想いが揺らぐことはなかった。
見つけなきゃ。見つけなきゃ。私が見つけなきゃ。だって。だって、私、
「────私、アナタに、戻ってきてほしかったの」
口にした途端、何かが腑にストン、と落ちた。ああ、そうだ。
私はずっと、メグちゃんに戻ってきてほしかった。
私を救ってくれたであろう、メグちゃんに。だって気付かされた。
自分が投稿した曲。メグちゃんと一緒に作ったであろう曲。投稿したМVは閲覧不可で全滅だったけど、私の手元には奇跡的にデモ音源があった。メグちゃんの声が入っていなくても、自分が織りなした曲の一部でも聴けば、気付くしかなかった。
私はメグちゃんに救われていた。
記憶が欠落していても、彼女の姿さえ思い出せなくても、自分が作った曲そのものが、私の感情を如実に表現していた。
誰かを元気にしたかった。私はその為に曲を、音楽を作っていた。
辛くて、大変で、もうダメだって思う時でも、いっぱいの元気をあげられるような。楽しく、ポップに、誰かを復活させてあげられるような。そんな場所を届けたかった。
上手くいかない日々も。言えなかった言葉も。誰かの為に我慢して笑顔を作った瞬間も。もう消え去りたい、と願うほどのどん底にいようとも。誰かを傷付けた過去を消せないとしても。
その全部が報われるように。一瞬でも許せるように。
明るく、ポップに、ちょっとわざとらしく、でもそっと背中を押すような。
そんな曲を、メグちゃんと一緒に作ってきたんだ。そのはずなんだ。記録が無くても、彼女との輝かしい記憶を何ひとつ思い出せなくても。私がメグちゃんに救われていた事実は手元にあった。
だから、今度は私が。
私がメグちゃんを救う番なんだ。
「唄川メグ」が私達の前から消えたのには必ず何か理由があるはずだ。それが良い結果なのか、悪い結果なのかは分からない。ネット上にはメグちゃんの痕跡が一切ない。手元の楽曲から推察するにも限りがある。それでもきっと、彼女が消えなければならない何かがあったはずだ。そうじゃないと、私達全員の記憶からまで消え失せる理由がない。
たとえ、メグちゃんが消えたことが、彼女自身の意志だったとしても。
それでも私は、メグちゃんに戻ってきてほしい。メグちゃんの想いに寄り添いたい。メグちゃんが心の底から消えることを望んでいたのなら、けじめとして背中を押してあげたい。もしその望みが負のベクトルだったなら、私がメグちゃんを救ってあげたい。
メグちゃんを元気にさせてあげたい。メグちゃんの力になりたい。
そうしてまた──────
「また、アナタの元気な笑顔が見たい。またアナタと音楽がしたい」
顔を上げる。視界は涙でぐちゃぐちゃで、いまの私はきっと酷い顔で。でも彼女の眼を見る。思い出したあの頃の物とは違う、透き通った黄色い瞳を見つめる。
「ごめんなさい。こんなことになっちゃって。アナタの大切な人を追い込んで。その原因を私が作ったの。謝って済むことじゃないのは分かってる。でも、この気持ちは嘘じゃない。……だから教えて。アナタがどうしてその姿なのか。アナタに何があったのか」
そしてメグちゃんの手を握る。冷たくない、虚数でもない、ましてや画面の向こうのゲームでもない。柔らかいあたたかさを含んだその手を、そっと握る。
「アナタの力になりたい。アナタを笑顔にしたい。たとえ何があったとしても、私はアナタを助けたい。大丈夫、私達はまた立てる。またやり直せる。そうでしょ、メグちゃん?」
複雑なことが出来ない不器用人間、そんな私に残された唯一の方法。
何度でもやり直す力。
辛いことを跳ねのける力。誰かを元気にする力。目に見える傷だけじゃない、目に見えない傷も癒せる力。誰かを復活させる力。
努力ひとつで私達はやり直せる。過去はやり直せる。それを教えてくれたのは、メグちゃんだから。私を復活させてくれたのはメグちゃんだから。この力をくれたのもきっとメグちゃんなんだから。
だから私もやり直す。
私は間違えるから。気付かないうちに誰かを傷付けてしまうから。私なんかにできることはそれしかないから。
完璧に誰かを救えるまで、完璧に誰かを元気にできるまで。何度でも、何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも。
いつまでもクリアできなかったあのゲーム、その代わりを、私が。
「────────私と一緒にやり直そう、メグちゃん」




