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Missing Never End  作者: 白田侑季
第4部 再生
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K汰 - バケモノダンス魔天狼




「…………ハッ!」


 ヘッドホンを外すと、圭が鼻で笑う声が聞こえた。声は暗い立体駐車場に奇妙に反響する。


「大勢でお越したぁ凄えVIP待遇だなあ、おい。それぐらい集まんねえと俺達を捕まえらんねえ、って白状してるようなもんだぞ?」


 圭の皮肉に"影"達は反応しない。ヒトの気配が少ない場所だからか、どこか寂れた雰囲気が漂っている駐車場。ショッピングモールの建物自体からはかなり離れたから、ヒト混みの音も聞こえない。身体にまとわりつくのは夏の蒸し暑さぐらいで、だからこそ目の前にたむろしている"影"達が異様だった。


 ものも言わない。生き物特有の無駄な動きがない。全員が同じ体勢のまま、コピーされたようにただそこに居並んでいる光景は、肌が粟立つほどに不気味だった。


「てかさっさと出て来いよ、本体」


 それでも圭は声を上げることを止めない。「こんだけのヤツらをどこからでも好き放題操作できんなら、最初に俺らを追い駆け始めた時点でやってるはずだろ。そうじゃねえってこたあ完全な遠隔操作は出来ねえってことだ。違うか?」


 圭の言葉で、あの時の光景が脳裏に蘇る。確かに"影"達はぼくらを追い駆けたり、先回りしたりはしていたけれど、男の子自身も追い駆けてきていた。その姿を何度か見た。本当に全部"影"達に任せられるなら男の子本人は動かなくていいはずなのに。ということは男の子自身、あまりに離れては"影"達を動かせないんだ。


「どうせその辺で高みの見物でも決め込んでんだろ? 顔が割れてんのに今更隠れるとか意味ねえことすんなよ」


 "影"達は微動だにしない。イツキと一緒にいた時に聞いた、あの歪な声すら漏らさず。衣擦れの音ひとつなく。彼は、一体どこからぼくらを。


 そのとき、微かな笑い声が聞こえた。


「────────隠れてる、ってわけじゃねーんだけどなー」


 明るい笑い声。裏表のない、やんちゃそうな声音が"影"達の背後から聞こえた。"影"達の隙間から途切れ途切れに見えるその姿は、間違いなく。


「さっきぶりだな、『K汰』に『メグ』(お二人さん)


 公園で出会った時からぼくらを追い駆けて来た、あの青年だった。


「なんでそうまでして逃げるのか、おれには分かんねーけどさ。嘘までついて逃げるなんてあんま褒められたもんじゃないぜ?」


 圭が再びハッと鼻で笑う。「追っ駆けてきたのはあんたらの方だろ。責任転嫁してんじゃねえ」


「責任転嫁なんかしてねーよ? こっちの話も聞かずに逃げ出すし、おれの"羊"も片っ端からぶっ壊しちまうし。なんなら一番手を出してるのはそっちだろ」唇を尖らせる青年。

「"羊"……。やっぱりそいつら、」

「ああ、こいつらのこと? おれが手づから作っt、うわっ!?」


 彼が言うが早いか、次の瞬間人形数体がいきなり吹っ飛んだ。


 轟音とともにアスファルトを滑る"羊"達。重たい土嚢が落下したような衝撃音。後方にいた青年は攻撃を察したのか、間一髪当たってはいなかったようだ。


 男の子がおそるおそる"影"──"羊"達の隙間から、半ば呆れたように顔をのぞかせた。


「……なあ『K汰』さんよ、人の話は最後まで聴いてくれね?」

「んであんたの話を聞かなきゃならねえんだよ」吹っ飛ばした張本人の圭が深い溜め息とともに口を開く。「いっつも気になってたんだがよ。漫画とかアニメで敵の話を律義に最後まで聴く主人公とかいんだろ? アレ分かんねえんだよな。必要ねえだろ、話し合いで解決できねえから敵同士のくせによ」

「いやいや、話し合いの余地ぜんぜんあると思うんだけど!?」


 でも圭は「ねえよ」と一蹴する。「こんだけ数の暴力気取っておいて『自分はあなたと穏便に交渉したいんです』ってか? 笑えねえ。新人営業でもそこまで下手くそじゃねえ、ぞ……っ!」


 圭は歯を食い縛りながら再び手を前に翳し、空を切るように横一線に薙いだ。次の瞬間その動きに呼応するように"羊"が数人、真横に吹っ飛ばされる。ズシャァッ、とアスファルトを滑る"羊"達。もう人間じゃないとは分かっているけれど、それでも見ているだけで胸の奥がザワザワする。


 彼の前に居た"羊"はもう一人だけになっていた。顕わになった彼の顔。その顔は、確かにさっき出会ったイツキと似ていた、いや瓜二つだった。男性と女性、それぞれ性別は違うし、服装も髪型も雰囲気も異なるのに、顔の面影だけは完全に同じだった。……でも、どうしてだろう。


 彼の浮かべる表情にイツキが見出せない。イツキの顔に浮かんでいた翳りや、優しさを裏返したような不安さが彼には見えない。同じ顔なのに、同じ兄妹のはずなのに。


 イツキとは異なる、無邪気で素直な、あどけない彼の顔。


 そんな彼に、圭は煽るように声を掛ける。あの、狂犬のような笑みを浮かべて。


「おいどうした、お得意の"羊"がこれだけってわけじゃねえだろ? 俺達を捕まえてえんだろ? さっさと全部出せよ。────ひとつ残らずぶっ壊してやる」


 彼は少しの間動かなかった。表情を変えないまま、黙って圭を見返している。


 それからゆっくりと溜め息を吐いた。困ったように頭の後ろをぼりぼり掻きながら。


「なんか色々誤解がある気がすんだけどなー。第一おれもアイツも、…………いや、やっぱいーや」


 ふいに、青年は笑みを浮かべた。晴れやかな、吹っ切れたような、そんな真っ直ぐな笑顔を浮かべながら腰に手を当てた。


「さっき言ってたもんな、『話し合いで解決できないからこそ敵同士なんだ』って。おれはあんたらを敵同士だなんて思っちゃいねーけど、お二人さんがそのつもりなら無理に否定しねーよ。だから、」


 そのとき、ボコッ、という音が彼の足元から聞こえた。


 その音は次第に数を増し、アスファルトは波打ち、泡立ち、やがて跳ねたアスファルトの欠片がいくつもの腕の形を成していく。


「納得いくまでやり合おうぜ。最後まで、全力でぶつかろうぜ。その方が分かりやすいってもんだ」


 息を呑む。その間にもいくつもいくつも腕は生え、やがてその全体像を現す。湧き出るように、吹き出すように生成される躯体。アスファルト色の、ごつごつとした、いくつもの。


 ────────いくつもの"羊"。


 新たに湧き出る無数の"羊"を険しい顔で睨み付けながら、圭が唸る。


「納得いくまでやる必要なんざねえ。いいからさっさと失せろ。俺達の邪魔すんな」


 でも彼はお構いなしに首を振る。


「いやいや、大丈夫だって。おれ達はちゃんと歩み寄れる。分かり合えなかった過去は変えられる。いつだっておれ達はやり直せるんだ。……あ、そうだ。おれまだ名乗ってなかったよな。あぶねー! 公平じゃねーとぶつかる意味がねーもんな」


 彼の周りを囲む"羊"たち。その数はもうさっきまでの比じゃない。20…、30……、まだ増える。こんなのまるで軍隊だ。圧倒的なまでの数の威圧に足が竦む。


 そんな黒い城壁のような"羊"達に囲まれて、それでも青年は晴れやかに、無邪気に名乗った。


「おれの名前はミヤト。元々は歌い手だったんだけど、いまは『ハイチーズ』ってグループで編曲をメインに活動してる」


 そう言って男の子は──ミヤトは胸の前で拳を合わせ、快活に笑った。まるでぼくらの友達みたいに。


 軍隊のような"羊"達を従えながら。


「────さあ、仲良くなるまで遊ぼうぜ?」




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