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Missing Never End  作者: 白田侑季
第4部 再生
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K汰 - 心を枯らす




「あいつらが"兄妹"だぁ!?」


 階段を駆け下りながら、圭が困惑気味に叫ぶ。その背中を必死に追い掛けながらぼくも頷く。


「うん、たぶん。イツキの言葉からしても、間違いないと思う」

「……公園ところで難癖つけられた時も、俺あんま顔見てなかったからなぁ」

「ぼくも、半分思ってただけ。でもあの公園で、あの男の子は」

「ああ。お前が『メグ』だったことを一発で見抜いた」


 圭が返す。圭も同じことを考えていたんだ。


「それにイツキは、ぼくの言ったことを──イツキが五重奏のメンバーじゃないかってことを、否定しなかった。だからきっとあの男の子も、イツキと同じような立場のヒトなんじゃないかって」

「……なるほどな。そんで、その予感はものの見事に的中したってわけか」


 ちっ、と圭が舌打ちをする。


「厄介だな。追手が2人に増えた上に、あいつら2人とも五重奏のメンバーなんだろ。っつーことは、あいつら2人とも"異能"持ちってことだよな?」


 そう。一番気になっていたのはそこだ。


 以前たまが言っていた。五重奏はメンバー全員が著名なPである集団だ、と。異能に関する知識を他のネットのヒト達よりも多く収集し、そこには実体験も含まれている。つまり五重奏の全員が異能を持っているんだ。圭や、リズや、たまや、今日会ったノアみたいに。


 あの、不思議な力を。


「……どうする」圭が独り言のようにつぶやく。「どうすればいい……。ここも危ねえが、外に出ちまうと合流が……、あの人数に囲まれたら……、せめてあいつらの"異能"が何なのか分からねえと……」


 唇を嚙む圭。焦りに満ちた横顔。荒い息。本当にまずい状況なんだ。


 でも、と首を傾げた。


「ねえ圭」

「ちょっと待て、いま考えて、」

「あの男の子、異能使ってたよ?」

「……へ?」


 急に圭の動きが止まった。止まれなかったぼくは圭の背中に思いっきりぶつかる。


「わぷっ!」

「おお、悪い……。で、何だって?」


 慌ててぼくを支えてくれる圭に、じんじんと痛む鼻先をさすりながら答える。


「だから、あの男の子、ずっと異能使ってた、でしょ?」

「異能? どこでだよ?」

「たぶん、たくさんいたあの黒いヒト達が、男の子の異能だと思う」

「…………あれが? あれ全部がか?」


 困惑をいっぱいに浮かべた圭に、ぼくは「た、多分」とおそるおそる頷く。


 思い返す。公園であの男の子とすれ違った時。黒いフードのヒト達に追いかけられていた時。そして、その内のひとりに腕を掴まれた時。


「ぼく、逃げてる途中で腕を掴まれたけど、あのヒトの手、人間じゃなかった」


 そう。圭たちみたいな手の形じゃなかった。あたたかくもなかった。


()()()()()()()。蹄って、人間の手じゃないよね?」


 黒くて固い蹄。それがあの"影"達の手だった。あの時は必死だったから圭は見ていなかったのかもしれない。でもあれは絶対にヒトの手じゃなかった。フードを深くかぶっていたし、走る動きも似ていたけれど。ぼくの腕にあの冷たい硬さが食い込んだ時の痛みが、まだ手首にうっすらと残っている。


「……そうか、だからあんな短え時間で、あんな大勢、」


 圭も何かに気付いたように目を見開いていた。そして。


「はあーーーーーーーーーーー…………」


 突如、長い溜め息を吐いた。そして、そのまま手すりに縋りつくように、その場にしゃがみこんだ。


「ど、どうしたの圭!?」

「……いや、大したことじゃねえよ。ただ……」


 圭は、心の底から絞り出すように、そっと呟く。


「良かった……。あれ、人間じゃなかったんだな……」


 ハッとした。


 何度も何度も、いくつもいくつも追いかけて来た影達。ぼくらを捕まえようと走り、腕を伸ばし、疲れることもなく追いかけて来た、黒いフードの影達。それを、圭は幾度となく吹き飛ばしてきた。


 思い出す、あの鈍い音を。重い衝撃音とともに吹き飛ぶ黒い影を。地面に打ち付けられ、ごろごろと転がる躯体を。そしてその様を見つめる、圭の辛そうな視線を。


 ────もし、あれが本物の人間だったら。


 あれらを吹き飛ばしたのは圭の異能だ。これまでも何度か見た『物を壊す異能』。傷付け、破壊し、叩き砕く。眼に見えない強大な力。


 触れないままにガラスを割り、瞬きの内にモニターを壊し、固い建物の壁を容赦なく砕き、鉄製の階段の柵をいとも簡単に捩じ曲げる。そんな力を、もし本物の人間に向けて(ふる)ったとしたら。


 圭は、あの影(あれ)を本物の人間だと思っていた。そう思いながら、それでも力を使った。


 そして圭が力を揮ったのは、いつも、ぼくが危険に晒されている時だった。


 しゃがみこんだ圭の背中。広い背中。


 いつもぼくを守ろうとする、あったかい背中。


 その背中に声を掛けようとした時、ふいに圭の方が「あ、そうだ」と振り返った。


「お前にやるの忘れてた」


 その時初めて、圭が手首に何かの袋をぶら下げていることに気が付いた。袋に描かれているのは何かのロゴだろうか。グレーのビニール袋の中身をごそごそとまさぐった圭は、中から少し大きめの箱を取り出した。時折「くそっ、固えな……」とか「充電あんのか?」とか悪態をつきながら箱の包装を破り、ようやく中身を取り出して、ぼくに差し出した。


「────────ほら、やる」


 圭が差し出してくれた物に、ぼくはそっと手を伸ばす。


「……これ、」

「ったく、近くの店員が妙に詳しい奴で、そこまで訊いてねえってレベルで話しやがってよ。思ってたより時間かかっちまった……、早く戻ってやれねえで悪かったよ」


 受け取った手に、心地よい重み。滑らかに湾曲した表面。柔らかいイヤーパッド。ゴールドとブラウンの中間のような、キラキラしつつも嫌みのない色味。


 大きなヘッドホン。


「まあ、結局俺が使ってんのと変わらねえやつだが、ノイズキャンセリング機能はしっかりしてっから。お前がどうかは分からんが、少なくとも俺はかなり世話になったしな。それで多少は人混みも緩和できんだろ」


 圭の言葉を聞きながら、受け取ったヘッドホンをそっと着けてみる。頭から耳元までにかかる心地よい負荷。遠ざかる周囲の音。包み込まれるような安心感。外して首元にかけてもほとんど邪魔にならない、あつらえたようなサイズと重み。


「……圭」

「なんだ。…………あー、いや、その、別にわざと同じのにしたわけじゃねえぞ?? てかそりゃそうだよな『俺と同じやつ』とか言われて渡されたらそりゃ気にするよな、き、キモかったらまた今度新しいやつ買ってだな!?」

「ううん、違う。違うよ圭」


 ぼくはゆっくりと首を振る。


「ごめんなさい、圭」

「……な、なにが?」

「いまは、追われてて。怖いヒトがたくさんいて。ぼくは、圭に守ってもらってばっかりで。そんな状況じゃないのは、分かってるんだけど……」


 それでも。ぼくはヘッドホンをそっと撫でる。ぎゅっと握る。




「────────ぼく、いま、とっても嬉しいんだ」




 胸の内があたたかいもので満たされていく。身体の奥で冷たく固まっていた何かの芯が、ゆっくりとほぐされていく。


「ありがとう。ありがとう、圭」


 不思議な感覚だ。これまでも圭と、みんなと過ごした時間はとっても嬉しかった。それは間違いない。でもこれには、このヘッドホンにはより心を動かされる。


「ありがとう。……何回言っても足りないくらいなんだ。ありがとう、圭」


 まるで、これまでのあったかい時間を、あったかい言葉を、全部全部集めて形にしたような。


「大事にする。絶対壊さない。絶対なくさない。……いままでも、圭にはたくさんプレゼントをもらったけど、これは初めて貰った"形のある"プレゼントだから」


 圭の目が見開かれていく。それから圭はいつもみたいに、からかうように鼻で笑った。


「大袈裟だな。俺そんなにお前にプレゼントしたか? それとも平々凡々な毎日がぼくのプレゼント、ってか?」

「ぼく、たくさん貰ってる。本当だよ。さっきも貰った」

「さっき?」

「うん」


 思い出すように目を閉じる。耳を澄ます。静かな、ぼくらの声だけが響く階段室に、いまも聞こえるような気がする。


「……さっき、独りで苦しかった時。頭が真っ白になって怖かった時に、圭の曲が──『K汰』の曲が、ぼくを救ってくれたんだ」


 スマートフォンの小さなスピーカーから流した、小さな小さな音の粒。


 突っぱねるような低い音。投げやりにも聞こえるリズム。ぶっきらぼうで、優しくなくて、きっと聞いてるこっち側のことなんてこれっぽっちも気に掛けてない。それでもあんなにぼくの胸をあたたかくした。


 小さな曲が、ぼくを救ってくれたんだ。


「ぼくは、まだ圭に何も返せてない。まだ弱くて、ちっぽけで、守られてばかりで、圭の為に何も動けていない。……でもいつか圭の役に立ちたい。圭にプレゼントしたい。圭がそうしてくれたみたいに」


 圭はしばらく黙ったまま、ぼくを見ていた。その瞳の中で何かが揺らめいたような気がした。


 それから圭はそっと口を開いた。


「……俺の方こそ、もう貰ってんだよ」

「? どういうこと?」

「なんでもねえよ。ま、お前がまだガキな内は、大人にプレゼントなんざ百年早えってこった」


 圭の意地悪な言葉に、少しだけムッとする。


「ぼく、ガキじゃないってば」

「へーへー」


 ぼくの抗議を軽くあしらって、圭は再び真剣な表情に戻った。


「それよか、そろそろ行くぞ。あんまここでじっとしてちゃ、逃げ切れるもんも逃げ切れねえ」


 それに、と圭は先を続ける。「あの女の子──"イツキ"って言ったか? あいつの異能はまだ分かんねえが、あの黒服の連中があの男の異能だ、ってんなら話は簡単だ」


「簡単、って?」

「そりゃあな。リズも『彼を知り~』なんて言ってたが、ここまで来りゃあ後は決まってんだろ」


 圭が鼻で笑う。その笑い方はいつか見た、あの笑い方。


 まるで、獲物を見つけた狂犬のような。




「────────真っ向勝負だ」




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