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Missing Never End  作者: 白田侑季
第4部 再生
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K汰 - BASHING




「もしかして、イツキ、────────五重奏(クインテット)の、ヒト?」


 イツキの目が見開かれる。


「……な、なんで、」


 明らかな動揺を見せるイツキ。胸元で握りしめた拳が震えている。声も揺れて、目が泳いで、一歩後ずさりする。ということは、もしかして本当に?


 ぼくは本当に言葉にしてみただけだ。「もしかして」と言った通り、ぼくの勘でしかなかった。ただそう考えた理由はあった。


 イツキの顔をぼくは見たことがある。


 イツキ本人じゃない。いまが初対面だ。それなのに見たことがある、と感じたのだから、見たのはイツキに限りなく似たヒト。


 ついさっきまでぼくらを追いかけていた、()()()()だ。


 青年の顔を見たのはあの公園で声を掛けられた時の一回きり。緊張と恐怖で、何度も見てはいない。でもその強い感情があったせいか、青年の顔は眼の奥にこびりついていた。


 男のヒトと女のヒトという違いはある。でもイツキは「双子の兄がいる」と言った。それなら、見たことがあると感じたことにも説明がつく。それは、イツキの様子を見て確信に変わった。


 青年がぼくを追いかけている理由は分からない。でもあんなに周到に、あんなにどこまでも追いかけてきてるなら、そうせざるを得ない理由があるはずだ。加えて、変装したぼくを一目見て「メグ」だと言えるヒトは限られる。


 これまでぼくを一目見て、ぼくの声を一度聴いて、ぼくを「メグ」だと認識したヒト達。


 ぼくをどこまでも追いかける理由のある、ぼくを「メグ(ぼく)」だと認識できる(ヒト)。青年がそんなヒトだとしたら、それは現状五重奏(クインテット)の可能性が極めて高い。


 そして、そんな五重奏(クインテット)と思しき青年の、双子の妹。


 イツキは、ぼくが自分のことを「ぼく」と言ったのを聞いて、困惑した顔で「だってアナタは」と言った。


 圭と性別のことで一件あったように、たぶん「ぼく」という一人称は男のヒトの一人称だ。けれどぼくは女の子で、記憶の中のメグも自分のことは「私」と言っていた。だからイツキは混乱したんだ。


 ────だってアナタは女の子でしょう?


 その違和感に、イツキはあの一瞬で気が付いた。つまりイツキはぼくがメグだったことを知っている。


 その可能性に思い至って言葉にした。そして、それはたぶん間違っていなかった。


「……じゃあイツキは、本当に」


 思わず身構えたぼくに、イツキが声を上げる。


「ま、待って! 違うの、いや、違わない、ですけど、でも……!」


 声がしたのは、その時。




「────────『でも』、なんだよ?」




 低くて掠れた、聞きなれた声がした。


 イツキが驚いた顔でバッ、と後ろを振り返る。その先にいるのはぼくが見慣れた人。


 怯えた様子のイツキを、険しい顔の圭が睨んでいた。


「圭…………!」

「悪い、遅くなっちまった。────んで、こいつは? いま五重奏(クインテット)っつったよな?」


 再びイツキを睨む圭は既に警戒心むき出しだ。もう階段室のそこかしこに細かい傷が入り始めている。手すりが削れていく。ピシッ、ピシッ、と小さな音がいくつも響く。


「ま、待ってくださいっ!」圭の気迫にアサヒがたじろぐ。「わ、私は確かに、五重奏のメンバー、です。でもメグちゃんを危ない目に合わせるつもりは全くありませんっ。だから、」

「じゃああんたの目的は? 俺たちをつけ狙う理由はなんだ? さっきまで俺たちを犯罪者みてえに追跡してきたあのガキもどうせお仲間なんだろ?」


 問い詰める圭。でも、イツキは少し面食らったようだった。


「"追跡"……? "あのガキ"って、誰の、」


 その時、突然視界の隅に黒いものが映った。


 視線を向けた。ぼくがいる踊り場、そこから上に向かう階段、その途中。ぼくよりも高い位置から、その黒い影はぼくを見下ろしていた。


「…………あ」


 ぼくたちを追いかけていたあの"影"が、そこに居た。そして。


〈──────ヴ。ァ──ヴァァ────────〉


 濁った音が、ざらついた声が。


 まるでチューニングを合わせるように、その影から発せられた。




〈────ミ、見ィヅ、見ヅ、ゲダ〉




 喋った。影が喋った。黒いフードの下、暗く隠された口元から、歪な声で。


 見つかった。見つかった見つかった見つかった。どうしよう、影はすぐそこに、目と鼻の先に、ぼくからたった数メートル先に。


 逃げなきゃ。逃げなきゃ。でも、あまりにも唐突で、怖くて、


 だめ、脚に、力が、


「クソ…………っ!」


 圭の声が響き渡った。ぼくの視線を追って影をふり仰いだ圭が、影に向かって空を切るように腕を振った。


 ダァンッ


 次の瞬間には、轟音とともに影が吹っ飛んだ。影は階段室の壁に見えない力で叩き付けられた後、ズルリと滑り落ちた。重い音ともにゆっくりと階段を転げ落ち、ぼくの足の数センチ先で止まった。圭と影の間にあった階段の手すりも、ちょうど階下から上階に向けて激しく歪んでいる。捩じ切れた鉄柵が茨のように花開く。


 「……ちっ」轟音が鎮まり切ってから、圭が舌打ちをした。


 それから、階段の途中で力が抜けて座り込んでいるイツキの横を通り越して、ぼくの所まで大股で来てくれる。


「怪我、してねえか」

「う、うん大丈夫……」

「ならいい。いまのうちだ、行くぞ」


 そのまま圭は問答無用にぼくの手を引っ張り、階段を駆け下りていく。


 ちら、とだけ後ろを振り返った。少しだけイツキと目が合った。


 怯えと困惑が色濃く残るその瞳に、ほんの少しこちらを気に掛けるような、イツキの瞳があった。


 でもその心配そうな瞳の意味を確かめる間もなく、ぼくらは階段室を後にした。




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