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Missing Never End  作者: 白田侑季
第4部 再生
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K汰 - 幽幽




「…………綺麗」


 ふいに聞こえた声に、ぼやけていた視界が急速に解像度を上げていく。声の主に意識が集中する。正直、頭の中の「私」がとうとう喋ったのかとも思ったけど、それは杞憂だった。声の主は髪も青くないし、目も青くないし、制服も着ていなかった。


 肩まで伸びた髪を一つに結んだ黒いパーカーの少女が、階段下から澄んだ目でぼくを見上げていた。


「────だれ?」


 自分のことながら意外と落ち着いた声だと思った。心臓もうるさくないし、変な耳鳴りもしない。指も震えてない。見知らぬヒトに対して、自分から緊張せずに話しかけられたのは初めてだった。圭の音楽を聴いていなかったら、きっと逃げ出していたと思う。


 けれど、少女は固まったまま、じっとぼくを見ていた。凛とした瞳がその純粋さのまま、ぼくを凝視していた。


 そして数分経ったかという頃、


「……………………ご、」


 とだけ言った。


「『ご』?」


 思わず聞き返した、その直後だ。


「ご、ごごごごごごごごごごめんなさいぃッ!!」


 少女の怯えたような声が狭い階段室に響き渡った。


「おおお脅かすつもりとか他人の私情に首を突っ込むつもりとか危害を加えるつもりとか一切ございませんので、どどどっどうか落ち着いてっ、おおお落ち着いてくださいっ……!!」


 少女は堰を切ったようにまくしたてた。


「わ、分かった。落ち着く……」


 なんとかぼくも言葉を返した。けれど、ぼくよりも彼女の方が動揺しているのは明らかだ。緊張なのか視線は泳いでいるし、誤魔化すようにあわあわと振る両手は振りすぎて千切れんばかりだ。そのおかげもあるのか、ぼくの方はいまだ落ち着くことができている。


 少女の見た目は、さっきまで会っていたノアと同年代のように見えた(色々なことが起こりすぎて「さっき」という感覚とは程遠いけど)。ということは彼女も高校生なんだろうか。だぼだぼの黒いフード付パーカーを着ているけれど身なりは整っていて、言葉遣いは丁寧。特別怖いヒトのようには見えなかった。とても緊張しているのか、しきりに服の裾をいじっている。


 ……でも、なんだろう。この気持ち。彼女とは初対面のはずなのに。


 ぼくは彼女の顔を、どこかで見たことがある気がした。


「……ねえ」

「ひゃいっ!!」と悲鳴を上げる彼女。

「ご、ごめん。びっくりさせちゃって……」

「いいい、いえ。こ、こちらこそすみません……」


 お互いに手探りの会話すぎて、なかなか話が進まない。どうしようか悩んでいると、彼女は大きな深呼吸を二、三度繰り返し、そうしてようやく気まずそうに口を開いた。


「だ、大丈夫ですか……?」

「え?」

「いえ、そ、そのですね。さっきアナタと男の人が、二人でここに入っていくのを見かけて。特にアナタの様子があまりよくないように見えたので。……体調を崩されたのか、と」


 おそるおそる上目遣いにぼくを見る少女。本当に心配してくれているようだった。


「崩してた……けど、もう大丈夫。落ち着いた」

「そ、そうでしたか。それはよかった……」


 そう言って少女は胸を撫で下ろした。


「それで、お姉さんは、誰?」

「…………え。あ、私ですか!? って、いやそうですよね。今は私しかいませんもんね、アハハ……」


 頬をぽりぽりとかきながら、少女は少しだけ迷ったような素振りを見せた後、口を開いた。


「イツキ。取り敢えず、そう呼んでください」

「分かった。ありがとうイツキ、心配してくれて」

「いいいえいえいえ、そんな大したことじゃないですよ。よく『変なことに首を突っ込む』って言われちゃいますし……。にしても"お姉さん"、ですか」


 イツキはふふっ、とくすぐったそうに笑う。


「あんまり呼ばれたことないので、ちょっと気恥ずかしいですね」

「ごめん。嫌だった?」慌てて謝ったけれど。

「いえっ、そんなことは全く全然!! ……私は妹なので。"お姉ちゃん"って呼ばれたことがほとんどないから」

「妹?」

「はい、双子の兄がいるんです。まあ双子なので、私と兄は数分差で生まれただけですし、あっちも気にはしてないんでしょうけど……」

「────」


 そう言って目を伏せたイツキは、再び慌てたように手を振った。


「ごごごごめんなさい、話が逸れちゃって! それで、さっきのお連れの男性はどちらに?」


 お連れの男性。圭のことだろう。


「け、……『お連れの男性』はどこかに行った。でも、戻ってくる。だから待ってる」

「そうでしたか。…………で、でも、ここだと何かと不便じゃないですか?」

「え?」


 イツキの顔を見る。イツキは目を逸らしながら、胸の前で手を組んでいる。


「ほ、ほら、ここって人気(ひとけ)が無いですし、あやしい人でも来たら大変です。待ち合わせ場所としてはあんまりふさわしくないかと……」

「で、でもさっきここで離れたし。待ってる、って約束した」

「それはそうなんです、けど……。そうだ! ここの1階に目立つモニュメントがあるんです! いっそもう少し目印になるような、ヒトが集まりやすいところで、」

「いやだッ────!!」


 思わず叫んだ。掠れた声が狭い階段室にわん、と広がる。


 ハッと我に返った。


「ご、ごめんイツキ。大きな声、出して」

「い、いえ。こちらこそごめんなさい、出しゃばった真似を……」


 イツキも慌てて頭を下げた。それから「……もしかして」とそっと呟いた。


「ヒトのいる所、苦手なんですか?」


 一瞬身を固くした後、ぼくはゆっくりと頷く。


 圭の曲のおかげでかなり落ち着けたけれど、「人の集まるところ」にはまだ強い抵抗感があった。考えただけで胸の奥が冷たく、固くなった。指先が微かに震える。強烈な拒絶願望で頭がいっぱいになる。自分のことながら、ままならない。


「そ、それでは。その男性に連絡は?」


 イツキの問いにぼくは首を振る。「連絡できる、けど。……迷惑かけたくない。ぼく、迷惑かけてばっかり、だから」


 その時、イツキが目を見開いた。


「────────"ぼく"?」


 イツキが驚いた様子でぼくを見ている。その静かな驚きは、次第に困惑へ変わり、ついにはイツキがぼくを見る目が変わった。


 ぼくのことを、まるで何かの別人でも見るかのような、そんな目で。


「ど、どうして……、だって()()()は、」


 その言葉の言い回しを聞いた瞬間、頭の隅で何かがつながった。


 そう。ぼくはイツキの顔を見たことがある。


 いや、正しくはイツキとそっくりな顔を見たことがある。ついさっき────────


「もしかして、イツキ、」




「────────五重奏(クインテット)の、ヒト?」





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