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Missing Never End  作者: 白田侑季
第1部 邂逅
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K汰 - Panic




 手の甲にヒヤッとした感覚がして、ゆっくり顔を上げた。


 まだ少しぼうっとした視界の中、圭がぼくの手の甲にペットボトルを押し当てていた。


「飲むか?」


 ぼくは力なく首を振り、また膝に顔をうずめた。


「少しは水分摂れよ。汗もかいたし、外暑かったろ」


 圭がぶっきらぼうに、でも優しく言ってくれているのに、今のぼくには返す気力がない。


 まだ頭の奥がふらふら揺れている気がする。気を抜くとまた心臓が暴れそうで怖い。それになにより申し訳なくて、自分が情けなくて仕方ない。


 無言のぼくに愛想を尽かしたのか、傍から圭が離れていく気配がした。


 圭の部屋に戻ってきてから、ぼくは動くことが出来ない。最初に起きた時と同じ、圭の布団の上でずっと膝を抱えたまま座っているだけ。


 理由が分からない。自分でも理由が分からない。


 それでも怖かった。心臓が不規則に暴れて、身体の中身が握り潰されるくらい縮んで、息が切れて、目の前が真っ暗になった。理由が分からないのに、誰か知らないヒトがいる、それだけで底なし沼に溺れていくみたいだった。


 圭がいなかったら、ぼくはあの場所で、ずっと狂っていたかもしれない。


 そう考えただけでまた指先が冷たくなって、抱えた膝を必死に囲う。


 何もできないぼく一人。足を引っ張るぼく一人。そうしたまま、何も進まないくせに。


 ほんとう、ばかみたいだ。


「……お前、ヒト混み苦手だったんだな」


 圭の声がした。カタカタとキーボードの音もしている。モニターに向かっているんだろうか。


「知らずに連れ出しちまって悪かったよ」


 ぼくはまた、声も上げずに首を振る。圭は何も悪くない。悪いのはぼくの方だ。怖いって思う自分を止められないくせに、その理由を分かっていない。圭に謝らせるくせに、声を出して否定しようとしていない。その気力すら振り絞れない。


 それなのに圭は、ほんと悪かった、なんてまた謝ろうとする。


「少ししたら出かけてくる。さすがに食いもんねえと飢え死にだ。すぐ帰ってくる、15分もありゃ楽勝だ。お前はゆっくり休んどけ。それまで留守番させるが、大丈夫か?」


 嗄れた声。疲れた声。それでもあったかい声。


 静かに顔を上げた。上げた先で、振り返ってぼくを見つめる圭と一瞬目が合う。気まずくてすぐ目をそらしたけど、ぼくは頷いた。


 圭はぼくの顔を見て、少し声を詰まらせたようだった。それからそっと呟いた。


「────俺も、そうだった」


 圭は、そう吐き捨てるように言った。


「俺もそうだった、ほんの少し前までな。この家から出たくなかったし、出られねえと思ってた」


 固い物を飲み込むように、でもどこか包み込むように、圭は言葉を紡ぐ。


「だから、全部分かる、とか言わねえけどよ。外に出たくねえなら、出ねえでいいんだよ。とりあえずここに居りゃあいい。飯なんぞ買いに行ける奴が行きゃあいいんだ」


 また、涙が出そうになる。でもこの涙の理由ははっきり分かった。胸の奥があたたかかった。


「……ごめん、なさい」

「謝んじゃねえよ。悪くない奴から謝られたってこっちがムズムズするわ。そういう時は適当に『ありがとう』とか言っときゃあいいんだよ」


 そう声を荒げて、圭はまたモニターに向かった。それが少しわざとらしく見えるのは、ぼくのわがままなんだろうか。


「……分かった。ありがとう、圭」


 圭は、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。


 ふと足元を見ると、すぐそばにペットボトルが置いてあった。さっき圭がぼくの手に当てていたやつだろうか。持ち上げると、なみなみと入った中の液体がちゃぽちゃぽと、薄暗い部屋の中で幻想的に揺らめいた。


 パキッとキャップを捻る。口を付けて、一気に流し込んだ。水よりも少し甘い、心地よい冷たさがすうっと喉を通って、全身に染み渡っていく感覚。


 ペットボトルはあっという間に半分以下になる。それを見た圭がまた鼻で笑う。でも今度の笑顔は、呆れながらも優しかった。


「やっぱ喉乾いてたんじゃねえか。それ飲み切ったらシャワーでも浴びて来いよ。汗だくのまんまじゃベタベタで気持ち悪ぃだろ。着替えは、俺ので良けりゃ適当にその辺りから引っ張り出せ」


「分かった」ぼくはまた頷く。


 確かに身体中汗まみれだ。中途半端に乾いたTシャツが背中に張り付く感覚が、何ともむず痒い。とりあえずTシャツを脱ぐと、それだけでも随分気持ちが楽になった。さっき圭は「着替えはその辺りのを」と言っていたけれど、どれを使えばいいのだろうか。


「ねえ圭、着替えは」

「ああ、たしかその隅に畳んだやつが、すこ、し────」


 振り返った圭が、ぼくを見て固まった。部屋の隅を指そうとした人差し指が、あらぬ方向を指している。


「着替え、窓の外?」

「……いやあ、そうじゃねえっていうか、色々違うっていうか、無いはずのものが有るっていうか、だな……」


 独り言みたいにぼそぼそ言いながら、圭はダラダラと冷や汗を流し始めた。同時に圭のほっぺがどんどん紅くなっていく。圭の視線はぼくの胸元に固定されたまま。


「ま、待て。お、()()()()()()()()()()()、」


 圭の言葉に、ぼくは首を傾げる。一体何を言っているのだろう?


「ぼく、女の子だよ?」








「───────────────────────────────────────────────────はい???」




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