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Missing Never End  作者: 白田侑季
第3部 復活
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K汰 - hollyhock




「誰にも、傷つけられない……?」


 首を傾げるぼくに、ノアは笑顔で頷く。


「うん、それがわたしの『変な力』。あんまり試したことはないんだけどね」

「それって、けがしない、って意味?」

「うーん、多分そうかな? こけても擦り傷とかもつかないし、日焼けもしないし」

「それ『傷つけられない』っていうか……?」と圭。

「あとこの前のこともびっくりしたなぁ。わたし教室で窓際の席に座っているんだけど、お昼休みに突然すぐそばの窓ガラスが割れちゃったの。グラウンドでサッカーしてた子が蹴ったボールが飛んできちゃったらしくて、頭からガラスの破片被っちゃって」


 ノアは当時の状況を思い出したらしく、困ったように笑った。


「それでもわたし切り傷ひとつ付かなかったの。反対に、近くにいたお友達の方が怪我しちゃって、ちょっと申し訳なかったなぁ」

「お友達の『方が』?」

「うん。飛んできたガラスの破片がわたしに当たって余計に砕け散っちゃって、窓から離れてた子にまで跳ねて刺さったりしたの。ボールを蹴った子も、窓の下に居たからなのか顔とか切っちゃって。みんな軽い傷で済んだんだけど、わたしがあそこに座っていなかったら怪我しなかったかも、って思っちゃうかな」

「ノアが怪我しなくて、周りのヒトが……」


 不思議な話だ。同じ状況に居ながら、ノアだけが怪我をしない。ノアだけが傷つかない。


「たぶん今のわたし、すごく頑丈なんだろうね。誰かを心配させないで済むのは嬉しいんだけど、代わりに誰かが傷ついちゃうのは哀しいなぁ」


 傷つかない力。たまの言葉を借りるなら「異能」。ノアが作った曲、「カインの囚人」の発露。


 圭やリズやたまと同じ、普通じゃない力。見えない力で物を壊したり。口から大きな音を発したり。インターネットに潜り込めたり。絶対に傷つけられなかったりする力。()()()()()()()()()()()()()()()


 少し、脳裏を掠めることがあった。


 たまから聞いた、五重奏(クインテット)のヒト達が立てた仮説について。そのヒト達は「2ヵ月前に虚数の歌姫・メグは電子世界を離れて現世に現れたのであり、異能はその副産物に過ぎないのではないか」と考えている。


 それって、もしかして────────


「ちょ、ちょっと待て!」


 突然圭が狼狽した声で、ノアに聞いた。


「いまあんた『教室』っつったか……?」


 圭の意図が掴めないのか、ノアは不思議そうに首を傾げている。


「言ったけど……。どうかした、K汰君?」


 ノアの声も上の空に、圭はだらだらと汗を流しながらぼそぼそと何かを呟いている。


「ずっと気になってたんだよ……、その服装……、その背格好……、まさか……」


 そして圭は、怯えたような目で口を開いた。


「────まさかあんた、学生か?」


 怯える圭に、ノアは純粋な笑顔を向けた。


「高校生だけど、どうして?」

「未成年じゃねえかッッッ!!!!」


 圭の絶叫が、蝉の大合唱に負けないくらい強く響き渡った。


「またかよ! またこれかよ!? なんで最近こんな間が悪ぃんだよっ!!! 誰だよやりたいようにやれって気障ったらしく背中押してた奴はハイ俺ですねっ!!!」


 荒ぶる圭。ノアが、うーん、とぼくに困ったように微笑む。「わたし何か変なこと言っちゃったかな?」

「ううん、ノアは大丈夫。……たぶん圭は、自分を責めてるんだと、思う」

「責める?」

「ぼくも、よく分からなくて……。とても難しいこと、みたい」

「難しいことかぁ。何だか大変そうだね」


 ノアと一緒に首を傾げる。そのうち圭は片手で顔を覆った。これまで何度か見たポーズだ。


「……んだよ、リズの奴。『一番大丈夫そうな人』っつってたくせに……。一番やべぇ案件ぶち込みやがって……」

「わたしは気にしないよ?」

「お・れ・が・気にするのぉ! 言っとくけどなぁ、俺は今年で三十になる立派なおじさんなんだよ女子高生と顔合わせただけで通報されちまうそんなお年頃なんだよ! もはやホラーだぞ!? てかあんた今日は平日だろ。学校はどうした!」

「ちょうど昨日から夏休みなの」

「その制服は!?」

「さっきまで学校の自習室で勉強してたんだ」


 ガクッとうなだれる圭。夏の太陽に燃え尽きたのか、その姿は少し物悲しい。そんな圭とは対照的に、ノアはなおも落ち着いた様子で困ったように笑うだけだ。


「そもそもなぁ……、初対面の人間に軽々しく本名明かすんじゃねえよ……、ネットリテラシーはどうしたよ現代っ子……」

「うーん、そう言われても、わたしはわたしだしなぁ。K汰君もこの子もしっかりした人だと思うし、何よりわたし本当に何の変哲もないただの女子高生だよ? すぐそこの、」

「いやいいっ、言うな言うなっ」


 ノアの次の言葉を全力で止める圭。夏の暑さのせいでは無さそうな、変な汗が滝のようにダラダラとこめかみを伝っている。


 ハァ、と圭が再び顔を覆う。


「とりあえず言い訳だ……、考えろ俺……、考えろ……、女子高生と人気のない所で顔合わせてるこの状況をご近所様に見られても誤解無く切り抜けられる言い訳を……ッ!」

「け、圭、そこまで心配しなくても……」

「だめだっ、社会というものは恐ろしいんだぞっ」


 うろたえすぎてだんだん挙動が不安定になっていく圭。そんな圭を見て、ノアは表情はそのままに少しだけ肩を落とした。


「……ごめんね、K汰君。わたしにはよく分からないんだけど、何か君を困らせるようなことしちゃったみたいだね」

「まあ、自分の身元をペラペラ垂れ流してんのはどうかと思うが……。それより、ノア」


 燃え尽きていた圭が顔を上げる。その瞳の奥には呆れでも、嘲りでもない、純粋な尊敬が込められていた。


「あんた、すげえな」

「?」

「リズに……、ZIPANDAにあんたを紹介してもらって。先に色々調べたよ、あんたのこと」

「わたしのこと?」

「ああ」


 頷いて、圭は膝の上で指を組んだ。


「あんたが公開してる曲は一番古くとも4年前。そっから投稿した曲は全部10万再生を超えてる。年齢で線引きするとか野暮だとは思うが、その年でPとして第一線張れるなんざ並大抵じゃねえ」


 そして圭はいったん言葉を切り、ぼくに目配せをした。


 それから、なあ、と圭がノアに視線を合わせる。圭の瞳の奥にさっきとは別の何かが映る。


「あんたさえ良ければ、また俺たちと会っちゃくれねえか? できれば連絡先も教えて欲しい」


 ぼくも静かにノアの表情を窺う。


 ノアは少し驚いたようだった。


「それは、もちろんいいけど……」

「いや、あんたの気持ちも分かる。年の離れたおっさんと連絡先交換なんざ気乗りしねえだろうよ。だが、最初に言った通り、俺たちは『メグ』のことを探ってる。特に異能に関しちゃあ、分からねえことだらけだ。異能持ちのPなんざその辺に転がってるわけでもねえしな。情報元は多ければ多いほどありがてえ。あんたにメリットが無えのは百も承知だが、こっちとしてもあんたの要望にはできる限り応える。それでどうだ?」


 ノアはしばらく考え込んでいた。その間も夏日に照らされた公園の中で、姿の見えない蝉はずっと鳴き続けていた。


「……うん」ノアが口を開いた。「もちろんいいよ。それにメリットだとか、そんなに畏まらないでいいんだよ。わたしたち、もうお友達みたいなものでしょ?」

「とも、だち?」

「そう、わたし達はお友達」


 聞き返したぼくに、ノアはそっと微笑む。


「何かあったらいつでも言ってね。貴方やK汰君のためなら、わたし頑張るよ!」

「……助かる。よろしくな」

「ううん、こちらこそよろしくねK汰君。連絡先はLINEでいいかな?」

「何でそんな個人情報を晒すのに躊躇ねえの……? そこはディスコードとかTwitterぐらいにしとけ……?」




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