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Missing Never End  作者: 白田侑季
第3部 復活
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K汰 - 咲けば諸共




 ンー、としばらく顎に手を当てた後、リズは満足気に頷いた。


「流石アタクシ。完璧なるシャイニーだワ」

「あらほんと」隣のアサヒも意外そうな声を上げる。「なんだ、ちゃんとすれば格好いいじゃない、意外と」

「……『意外』で悪かったな」


 散髪を終えた圭はそう頬を膨らませた。眉をしかめながら、でもどこか浮足立っているようにも見えた。リズは圭の髪形を「ツーブロック」と言っていたけれど。


 両サイドの耳元の髪を短く刈り上げ、反対に上の髪はツンツンさせながらもふんわりと整えられている。無精髭もその存在を感じさせないくらい綺麗に剃られていた。これまでの長髪も変だとは思わなかったけれど、短髪になった圭はとても爽やかで、リズの言う「シャイニー」が少し分かるような気がした。


 当の本人である圭は、短くなった髪にまだ慣れないのか、しきりに首筋をそわそわと撫でているけれど。


「アナタはどう思う?」


 アサヒがにやにやと笑いながらぼくに急かす。「圭くんの新しい髪形は『格好いい』って思う?」


 アサヒの問いにぼくは大きく頷く。


「うん。圭、すごく格好いい、と思う」


 途端にリズとアサヒが何故か「きゃーっ」と黄色い歓声を上げる。圭も髪をクシャっとしながら「そりゃどうも」とだけ言った。


「ご、ごめん。また、変なこと言ったかな、ぼく」

「……別に、んなことねえけどよ……」


 焦るぼくに対して、何故だか圭も歯切れが悪い。慌ててぼくも付け加える。


「で、でも本当だよ、圭。今の圭はすごく爽やかだし、キラキラしてる」

「いや、もう分かったからよ、いちいち言わな」

「それに、最初会った時より、とても清潔な感じがする」

「……………………はい?」

「だって最初、すごく暗かったし、髪も髭も長くって。ぼく、まだ詳しくは分からないけど、ああいう格好って『世捨て人』って言うんだよね……? 何か理由があるって分かってたけど、最初はちょっと怖かったし。あ、でもいまは全然なくて、むしろ格好いいと」

「俺、いま褒められてんの? 遠回しにディスられてんの?」


 頑張って補足すればするほど、圭が涙目になっていく。ど、どうして……。


「まあまあ。その辺にしてあげ……ぶはっ」


 宥めようとしたアサヒが我慢しきれず吹き出した。リズとたまも笑いをこらえている。


「ダイジョウブよ、キティちゃん。貴女の気持ちはちゃんと伝わったワ」と、リズ。

「そーそー。ビフォーアフターって差がデカいほど面白いしさ。気にしない気にしない」と、たま。

「いま『面白い』って言ったか? なぁ??」と、圭。


 パン、とリズが話を遮るように手を鳴らした。そっとぼくの肩に手を添える。


「ソレじゃ、今度はキティちゃんの番ネ」


 リズに導かれて、今度はぼくが椅子に座った。シーツを被らないところからすると、さっきみたいに髪にハサミを入れるわけではないようだ。リズは「アレンジ」と言っていたし、今の髪形を変えるだけで済むようだった。


「やっぱり流行りのアップバングかしらァ? それともサイドにずらしてハーフアップ?」

「ハイ、リズちゃん先生! 私、編み込みとかお団子も見たいです!」

「やーんソッチも捨てがたいわねェ! ヒロちゃんさすがよォ!」


 頭上で交わされる知らない単語の数々。そんなリズとアサヒの熱の込もった会話についていけないぼくは成す術もない。


 リズは急遽ぼくのヘアアレンジをしてくれる、と言ってくれたけれど、当のぼくにはそういう知識がない。以前アサヒに服を大量に見繕ってもらった時の、あの嬉しくも大変だった記憶が思い起こされる。


 案の定、たまは傍で退屈そうに欠伸を噛み殺しているし、ようやく散髪から解放された圭も、手持ち無沙汰に台所でスマホをいじっていた。


「ちょっと男子組ー?」アサヒは圭とたまの様子に不満そうだ。「ノリが悪いにも程があるでしょう。せっかくこの子がオシャレに付き合ってくれてるのに」

「悪いが俺は専門外だ。そういうのは詳しい奴がやりゃあいい」


 圭はそう言って片手をあげた。たまも「ぼくもパス」と言った。


「というか、そこのK汰って『男子』なんて年齢じゃないでしょ。ボクと一括りにしないでよ」

「なんでてめえはいちいち突っかからねえと気が済まねえの?」

「おまえのことが嫌いってこと以外に理由があるとでも?」


 ハッ、と圭が鼻で笑う。


「奇遇だな、俺もあんたのこと嫌いだよ。……あんたがしたこと許したわけでもねえし、許すつもりも更々ねえからな」


 睨み合う圭とたま。さっきまでとは打って変わって、険悪な雰囲気が部屋に流れる。


「ちょっとちょっと」アサヒが窘める。「せっかくの良い雰囲気を台無しにしないで」


 でも圭は首を振り、たまに向かって人差し指を突き付けた。


「いいや、まだこいつには聞かなきゃなんねえことがある。────『異能』についてな」






 まず、と圭が切り出した。「あんたらの言う『異能』ってなんだ?」


「質問がざっくりしすぎじゃない?」不貞腐れるたま。

「つべこべ言うな。あんたが知ってることを全部言やあ良いんだよ」

「ボクが本当のことを言う保証はないのに? 嘘を言ったってそれを確かめる術もないくせに?」

「あんたは嘘は言わねえ」


 圭はそう言って、親指でぼくを示した。「特に、こいつの前ではな」


 苛立ちを浮かべるたま。でも横目でちらりとぼくを見やったあと、心底嫌そうにため息を吐き、まあ別にいいか、とこぼした。


「ボクも大して知らないよ。……知ってることと言えば『あの集団』とのチャットから聞き出したことだけ」

「『あの集団』……。さっきあんたが言ってた、メグを探している奴らのことか」

「そう。明確に聞き出せたことは二つ」


 たまは圭に向かって指を二本立てた。


「一つ。現状ボクらの『異能』は、ボクら自身が作った『メグ曲』に由来しているらしいってこと。それから、」

「『メグ曲』に由来だぁ?」

「……早速話の腰を折らないでよ」


 たまは不満そうに述べつつ、それでも続きを話し出した。


「ボクらが作った『メグ曲』の内容がそのまま『異能』として顕現してる、ってそいつらは言ってた。現にボクの異能も、ボクが昔作った『ミラミルグラム』っていう曲の内容と酷似してる」

「……じゃあ、俺らのこの力も」

「奴らの言葉を信じるならだけど、まあ十中八九そうだろうね。そこのZIPANDAの異能も『ブラック センセーション』って曲の発露でまず間違いない」

「アァ! あの曲!」


 ぼくの髪をいじっていたリズが声を上げた。「そうネ……、ソウ言われてみれば確かに思い当たる節があるワ。『叫べ』とか『ハイトーン』とか歌詞に散りばめてるものォ」


「待て」圭が口を挟む。「異能の大本がメグ曲だってどうして言い切れる?」

「知らないよ、そんなの」たまは、またも話の腰を折られて不満そうだ。「話しぶりからしてただの統計だと思うけど」

「とうけい?」と、ぼくも尋ねた。

「うん。『あいつら』、かなりの数のPと連絡取ってたみたいだから。アンケートみたいなものだよ。結果的に、メグ曲と異能に繋がりがあるって気付いたんじゃないかな。『他のバーチャルシンガーの曲で異能が発現した例が未だ発見できていない』とも言ってたし」


 じゃあ、とアサヒが首をひねる。「メグ曲を作っていたPは全員異能持ちってことなのかしら?」


 でもたまはため息を吐きつつ、アサヒの問いに首を振った。


「そんなわけないでしょ。メグ騒動が始まってから、もう2ヵ月が経とうとしてるんだよ? もし仮に全員に異能が与えられてたら、今頃そこら中で異能力大戦争でも勃発してなきゃおかしいじゃん」


 あからさまに否定するたまの態度にアサヒの眉が一瞬つりあがったけれど、程なくしてアサヒが渋々折れたようだった。「……全員じゃないとすれば、じゃあ異能が発現する人としない人って何が違うのよ?」


 たまは肩をすくめた。「それも知らない。その点に関しては『あいつら』もずっと探ってた。再生数が一定値を超えてないといけないとか。メグの調声に独自性がないといけないとか。色々検証したらしいけど、現状どれも憶測の域を出ないってさ。再生数が100万達成してなくても異能を発現させたPもいれば、機械調にしか調声してないPもいたし。何なら『歌い手』なのに異能を持ってる奴も居た」

「『うたいて』……?」


 再びぼくは首を傾げる。


 たまが少し驚いた様子を見せた。「君、知らないの?」


「ご、ごめんなさい。どこかで聞いたことがあるような気はする、んだけど、思い出せなくて、」

「いやそうじゃなくて! ……ボクの方こそごめん。ちょっとびっくりしちゃって……」


 たまはぼくを落ち着かせるように、慎重に言葉を選んでくれた。


「一応詳しく言うね、知ってたらごめん。『歌い手』っていうのはバーチャルシンガーの曲をカバーしてる人たちのことを指すんだ。投稿するとき、曲名の後ろによく『歌ってみた』って付け加えてたからそう呼ばれてる。人気の歌い手にもなると再生数も半端じゃないから、そこから火がついてアイドルみたいに売れる人もいるし、カバーされた本家のP本人から楽曲提供することもあるんだ」

「ンフフ、ほんとスゴイわよねェ」


 リズが楽しそうに笑う。「アタクシ達と同じ個人活動なのに、売れるコはテレビ出演もするし。ソコから派生して、今度は自分達で曲作って売れちゃうコもいる。……たまーに本家のアタクシ達よりカバー曲の方が話題になっちゃうと、ちょっとフクザツだけどネ」


 リズの発言に、その時だけ圭とたまも仲良く「それはそう」と頷いた。


「……まあそれは置いといて。話を戻すけど、その歌い手にも異能持ち少なからずいるらしいし、『異能はPの特権』ってわけじゃないんじゃない? 現に『そいつら』の中にも歌い手が混じってるみたいだし」


 なるほど。つまりは、たまの話を纏めるとこういうことだろうか。


・メグ曲を作っていたP、もしくはメグ曲をカバーしていた「歌い手」に異能が発現する

・異能はメグ曲にちなんだ効果を持つ力のこと

・ただし異能が発現する基準は明確ではない


 ぼくは続けてたまに訊いてみる。


「ねえたま、最初に言ってた『明確に聞き出せたこと』、もう1つは?」

「ああ、そっちは大して重要じゃないんだ」


 たまは何でもない、とでも言いたげな軽い調子で言った。


「もう1つは、異能が発現し始めたのが2ヵ月前くらいから、ってことだから」

「2ヵ月前?」


 アサヒがまたも聞き返す。「そんな最近なの? Pやってる人ってもっと前からやってるじゃない」


「あー、そっかヒロアキ……()()は『絵師』だったっけ」


 フルネームで呼ぼうとした瞬間アサヒが舌打ちしたため、たまは慌てて敬称を付けて呼んだ。


「異能を持っているボクもあんまり正確には憶えてないけど……、これも『あいつら』が他のPから得た情報を元に集計した結果なんだって。まあ『メグ』が騒がれ始めたのも大方そのくらいだったし、間違ってはないでしょ。2ヵ月前のどこかの日を境に、それまで普通に活動していたはずのP達が異能を持つようになった。……この2つの事実を元に『あいつら』は1つの仮説を立てた」


 ここでたまはため息を吐いた。


「『2ヵ月前に虚数の歌姫・メグは電子世界を離れて現世に現れたのであり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ってね。最初はボクも信じてなかったよ、どこのラノベだよそれ、ってさ。────君の声を実際にこの耳で聞くまでは」


 部屋が一時静まり返った。みんな、全く同じ考えが浮かんだようだった。


 やっぱりそうか。やっぱり「ぼく」は「メグ」なんだ。


 「でも」とたまは付け加えた。「『あいつら』のその仮説が仮に正しかったとして、そこには『理由』が抜けてる。推理小説(ミステリ)っぽく言えば動機だね。『メグがなぜ現界したのか』が分かってない。それにほとんどのメグ曲の動画が原因不明で閲覧不可になっている以上、異能の存在とその原曲に辿り着ける奴はほんの一握りだ。結局、現状確かなことはさっき言った2つしか無いんだよ」


 たまはそこで口を閉じた。たまが知っている異能についての話はそれで終わりのようだった。たまが口を閉じると、部屋の静けさが一層際立った。誰もが思い思いに考えを巡らせているようだった。


 最後にアサヒが口を開いた。


「ねえ。さっきから『そいつら』ってずっと言ってるけど、結局誰なの? 何て名前の集まりなのよ?」

「だーかーらー、ボク何回も言ったでしょ。『そいつら』個別の名前までは辿り着けなかったの。……まあ一応、グループ名はあったけどさ……」


 たまが急に口ごもった。何か言い辛そうに、口をもごもごさせている。


「何よ、あるなら言いなさいよ。ずっと『そいつら』『あいつら』じゃ想像しにくくて仕方ないんだけど」


 アサヒの強気の口調に、たまは「言っとくけどボクのネーミングじゃないからね」と釘を刺しておいて、その口を少し開いた。


「…イ……ット」

「何? もっと大きな声で言いなさいよ」






「────ク、『五重奏(クインテット)』ッ!」






「…………何よ、その可もなく不可もないネーミング」

「だから言ったじゃんボクのネーミングじゃないってぇ!」

「それってあれか? "はにほへといろ……"」

「K汰ちゃん? 世代がバレるから止めまショ?」




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