K汰 - 千鳥日
「……で、何でこうなるんだよ?」
圭が困惑したように呻く。アサヒはその傍らで、素知らぬ顔で圭の横顔をしげしげと眺めている。
「そりゃこうなるわよ。それより圭くんってよくよく見たら綺麗よね、頭の形が」
「褒められてる気が一ミリもしねえんだが」
「一ミリは褒めてるわよ。頭骨の曲線がとっても綺麗だわ。いっそ髪の毛ない方が良いくらい」
「何でサラッとそんな怖ぇこと言えんの?」
圭とアサヒの会話を、たまはどこ吹く風で聞き流していた。何ならあくびも噛み殺している。
「ねぇまだ? K汰の断髪ショー」
「その言い方止めろっ」ベージュのシーツに首元から下を包まれた圭が必死に抗議の声を上げる。身動きがし辛そうだ。「てか何で俺だけなんだよ。あんたもしろよ、不公平だろっ」
水を向けられたたまは、ハッと鼻で笑った。
「お生憎ー。ボクは誰かさんに言質録られて脅迫・監禁されてる一般人だからさー。外に出させてもらえないなら、髪型変えたって意味ないじゃん。むしろK汰の方が必要でしょ、そういうの」
「俺が不潔だってか? ちゃんと毎日風呂入ってるっつーの」
「アラ、別に髪を伸ばしてるのが不潔ってワケじゃないわヨォ」
ぼくの隣で道具を並べているリズが口を挟んだ。丸まった布をくるくると解くと、中にはたくさんのハサミが入っているようだった。
気になって覗き込んでみる。銀色に光るハサミ達はそれぞれ形や長さが違っていた。それ以外にも櫛が数本ある。そのどれもが使い込まれた雰囲気を漂わせていた。
「ダケド、髪の長いオトコノコってやっぱり注目の的になりやすいものォ」リズが続ける。「アタクシはとってもシャイニーだと思うケド、目立たないことを意識したいナラやっぱり整えないとネ?」
「長いと、目立つの?」ぼくもリズに尋ねてみる。
「そうねェ。少なくとも現代日本じゃさすがに目を惹くわねェ」
「だから短く?」
「そ。まぁヒロちゃんが言うようなスキンヘッドは、また別の意味で目立っちゃうカラ、そうネ……間を取って、丸坊主とかイイんじゃないカシラァ!」
「あんたら俺の頭を何だと思ってんだっ」と、叫ぶ圭。
「おもちゃ」と、煽るたま。
再び始まる圭とたまの罵り合いをよそに、リズは「冗談よォ」と腰に手を当てた。
「アレコレ言ったケレド、ホントに少し整えるダケ。さっそく始めちゃいマショ」
「本当に任せていいんだな?」圭が深刻な面持ちでリズに尋ねる。
「エエ、任せてチョウダイ。これでもアタクシ、ちゃんと美容師の資格持ってるカラ」
「……分かった。もう好きにしろ」
「ンフフ、ありがとうK汰ちゃん。大丈夫よォ、アタクシがとびっきりシャイニーでラヴリーなオトコノコにメタモルフォーゼさせてあげるワァ!」
「本当に大丈夫なんだろうな!? …………おい誰か何か言えよそのバリカン止めろおっ!!」
話は少し遡る。
「────ぼく、どうして探されてるの?」
たまは言った。有名なPのヒト達がぼくを探している、と。
でも理解できない。ぼくには記憶が無いし、圭やリズやたまみたいに凄い力を持っているわけでもない。元は「メグ」だったのかもしれないけれど、それだけだ。今のぼくには探されるだけの価値がない、少なくともぼく自身はそう思う。
ぼくに会ったところで、ぼくには何か答えたり、何かに応えたりできないのだ。探すほどの意味があるとは思えない。
たまは、そんなぼくの言葉の裏を読んだようだった。
「君には探されるだけの価値があるんだよ。今の君と『メグ』は違う、それは君に出会ってボクも分かった。でも実際に会ってないネットの奴らには伝わらない。それは『あいつら』も同じだと思う。君を探し出せば『メグ』の真相に近づけると本気で信じているんだ、あいつらは」
でも、とぼくは疑問を口にする。
「そのヒト達は、ぼくを……傷つけたいわけじゃない、よね?」
「……どうだろ」たまは難しい顔をした。「さっきも言ったけど、あいつらの目的は聞きだせなかったから。まあチャットの文面を見る限りは、そんなに猟奇的な奴は居なさそうだったけどさ」
じゃあ、とぼくは思い切って言った。
「ぼく、そのヒト達に、会いたい。会って『メグ』について聞きたい」
ぼくは「メグ」について知りたい。かつての自分だったらしい、その女の子のことを知りたい。
どうしてぼくがここに居るのか。どんな理由があったのか。そのヒト達が、何か知っているのかもしれないなら、会って話を聞いてみたい。ぼくに繋がる何かが少しでもあるのなら。
でもたまは、あまり良い顔をしなかった。
「確かにあいつらの目的まではボクには分からないけど。でも、止めた方が良い」
「……どうして?」
「あいつらは本気だ、連絡を取ったボクには分かる。あいつらは『メグ』に関してあらゆる情報を集めてるけど、集めてるだけじゃない。抱え込んでるんだ」
「抱え込んでる?」
「そう。仲間内では共有しておきながら、その情報を一切公開していない。情報を意図的に隠すのはエゴ以外の何物でもない。『他の誰にも渡さない』っていう執着だ。断言する、あいつらは普通じゃない。会ってまともに話ができるとは思えないね」
「そんな……」
たまの目は真剣だ。彼の言っていることは嘘じゃない。本当に、会うこと自体が危ないんだ。
でも、それなら。
「───────それなら、ぼく、外に出なきゃ」
みんながハッとするのが分かった。圭が真っ先に声を上げる。
「……外に出るって、お前、」
ぼくは何とか頷いて見せる。胸の奥に重たい金属が入ったみたいに苦しい、でも。
「ぼくが、自分で、する。他のヒトにも『メグ』のことを聞く。できるところまで『メグ』のことを探す。そのヒト達に聞けないなら、そのヒト達みたいに、ぼくが調べる。ぼくが知りたいんだから、ぼくがやらなきゃ」
そうだ。ぼくがやりたい、って言ったんだ。
どうしたい、と聞かれて。
知りたい、とぼくが言った。
知りたい、と思ったぼくが現実にいるなら、そのぼくを大事にしなきゃ。
「それなら、ここに居るだけじゃ、だめだ。圭やアサヒやリズやたまに、みんなに守られてるだけじゃ、だめだ」
みんなの優しさに身を任せているだけじゃだめだ。それに。
「それに、これは『メグ』のこと、だから」
これはぼくの為。かつての『メグ』の為、だから。
圭がぼくの傍まで来て腰を下ろした。
「外に出るってことは、ヒトに会うってことだ」
「……うん」
「知らねえヒトが気持ち悪ぃほどうじゃうじゃ居る。こっちの事情なんざ考えちゃくれねえ。好き勝手に蔑んだり、面白がったり、見捨てたりしやがる」
「うん」
「傷つこうが、血反吐はこうが、誰かが気付いてくれるとは限らねえんだぞ」
「それは、怖いよ。たくさんのヒトに見られるのも怖い。考えただけで、いまも苦しい」
「それでも外に出てえんだな?」
「……うん。それに、もし苦しくなっても、ここに帰ってくる。『ここに好きなだけ居ろ』って、圭がそう言ってくれたから。……すごく、嬉しかったから」
そうたどたどしく言葉を紡ぐぼくを、圭はじっと見ていた。
「……それは、お前の本心か」
寄り添うでもなく、かといって突き放すでもない。そんな圭の声音に背中を押されるように、ぼくは力強くうなずいた。
「うん。これは、ぼくが『生きやすくする』ため。『ただ一人のぼく』のため。それから『ぼくを好き』って言ってくれた、ぼくの好きな人のため、だから」
そう。だから外に出る。もう心は決まった、というか言いながら心が決まった。
すごい。リズの言った通りだ。
好きなものの為なら、こんなにも頑張れるんだ。
しばらくして。
圭はハァと息を吐いた。それから、ぼくの頭をわしわしと撫でた。
「そんじゃ、お前の好きにしろ」
「い、いいの……?」
「良いも何もねえだろ。俺ぁお前の保護者じゃねえんだぞ。お前がやりてえ、つったことに口出しする権利なんざねえんだよ。好きにしやがれ」
なおも圭はぼくの頭を撫で続ける。おかげで目が回りそうだ。でも、どこか優しく思えてしまうのは、ぼくのわがままなんだろうか。
そんなぼくらを、リズは微笑ましそうに眺めていた。
「ンフフ! やっぱりイイわねェ、ラヴって!!」
「ち、ちげえよ、別に」そう言って急に手を離す圭。
「アラ、否定しなくてもいいわよォ。アタクシには分かるノ……。この全宇宙を遍く照らす、煌めき溢れる尊き光……。まさに、アメイジング・グロリアス・ゴッド・シャイニィーッッ!!!!」
「あんた、声は加減しろってマジで……」耳を塞ぐ圭。
「うるさいうるさい修飾語うるさい」耳を塞ぐたま。
〈リズちゃん、本当声量凄いよねぇ……〉たぶん耳を塞いでるアサヒ。
アラアラ、ごめんあそばせ? と謝りながら、リズは言った。
「ダケド、そうと決まればアレやらなきゃよね」
「『アレ』?」
塞いだ耳を解放しながら首を傾げたぼくに、リズはとびっきりのウィンクで答えた。
「そ。こんな時こそやるのヨ。イメージチェーンジッ!」
かくして、圭の散髪が始まった。
「……いや、別に長髪に愛着なんざねえけどよ。短くし過ぎじゃね?」と、不安そうな圭。
「ノンノン」対してリズは楽しそうだ。「コレくらいはまだ序の口よォ」
「というか圭くん」
離れた所からアサヒが口を挟む。電話口だと会話しづらい、ということでこっちにやってきたアサヒは、ずっとスケッチブックに「メグ」の下書きを描き続けている。手を馴らすため、らしい。
「全然伸ばし慣れてないでしょ、見れば分かるわ。最後に切ったのいつよ?」
「あー、かれこれ3ヵ月か……?」
リズの手際を横で眺めていたぼくは首を傾げた。「髪って、切って短くするの?」
ぼくの疑問にみんなが一瞬動きを止めた後、ああ、と納得した声を上げた。
「……そっか。電子海世界に『髪が伸びる』なんて概念無いんだ」と、たま。
「そうよねえ。アナタにとっては、髪って勝手に伸び縮みするものよね。私もイラスト描くときそうだもの」と、アサヒ。
「まあ好きに髪型いじれる方が絶対楽だけどな」と、圭。
「ンフフ。チョットした新発見ネ」と、リズ。「そうよォ、髪って放っておくと日に少しずつ伸びていくノ。適度に切って整えてあげるのがベストね」
そう談笑しつつも、リズはハサミを持つ手を止めない。流れるように圭の毛先が整えられていく。ついさっきは「バリカン」という音の出る機械で髪が自動で削れていったけれど、リズのハサミは細かいところまで刃を入れていく。縦に、横に、細かく、様々な刃のハサミを使い分けながら、圭の髪を整えていく様は魔法みたいだ。
気になって、圭の側頭、短く刈り揃えられた辺りを人差し指でなぞってみた。
「んなぁ…………ッ!!」
突然、圭が変な声を上げた。
「ご、ごめんなさい! 圭、だいじょうぶ?」
咄嗟に謝る。でも圭は「お、お前なぁ……」とうなだれるばかりで、それ以上は口ごもるばかりだった。
「ど、どうしたの、圭? どこか痛かった?」
「……違え。なんでもねえよ」
「でも苦しそう。顔も紅いし」
「マジで何でもねえんだよ……、何も言えねえんだよ……、でも頼むから二度と触んじゃねえぞ……!」
そんなぼくらをよそに、リズは面白そうに笑っていた。
「ンフフ! 散髪に興味津々なの、アタクシからしても新鮮な反応で嬉しいワァ。でも一応刃物があるから、気を付けてチョウダイ。貴女のステキな肌にキズが付いちゃったら哀しいもノ」
それから、圭の耳元にそっと囁いた。
「無自覚ってスゴイわねェ、K汰ちゃん?」
「恐ろしいことこの上ねえよっ」
圭の悲痛な呻きに再びンフフ、と笑って、リズは何かを思いついたように「そうだわァ!」と声を上げ、ぼくに提案してくれた。
「せっかくだモノ、貴女もやってあげるワァ!」
「? 何を?」
「モチロン、────ヘアアレンジよォ!」




