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Missing Never End  作者: 白田侑季
第3部 復活
32/125

K汰 - 千鳥日




「……で、何でこうなるんだよ?」


 圭が困惑したように呻く。アサヒはその傍らで、素知らぬ顔で圭の横顔をしげしげと眺めている。


「そりゃこうなるわよ。それより圭くんってよくよく見たら綺麗よね、頭の形が」

「褒められてる気が一ミリもしねえんだが」

「一ミリは褒めてるわよ。頭骨の曲線がとっても綺麗だわ。いっそ髪の毛ない方が良いくらい」

「何でサラッとそんな怖ぇこと言えんの?」


 圭とアサヒの会話を、たまはどこ吹く風で聞き流していた。何ならあくびも噛み殺している。


「ねぇまだ? K汰の断髪ショー」


「その言い方止めろっ」ベージュのシーツに首元から下を包まれた圭が必死に抗議の声を上げる。身動きがし辛そうだ。「てか何で俺だけなんだよ。あんたもしろよ、不公平だろっ」


 水を向けられたたまは、ハッと鼻で笑った。


「お生憎ー。ボクは誰かさんに言質録られて脅迫・監禁されてる一般人だからさー。外に出させてもらえないなら、髪型変えたって意味ないじゃん。むしろK汰の方が必要でしょ、そういうの」

「俺が不潔だってか? ちゃんと毎日風呂入ってるっつーの」

「アラ、別に髪を伸ばしてるのが不潔ってワケじゃないわヨォ」


 ぼくの隣で道具を並べているリズが口を挟んだ。丸まった布をくるくると解くと、中にはたくさんのハサミが入っているようだった。


 気になって覗き込んでみる。銀色に光るハサミ達はそれぞれ形や長さが違っていた。それ以外にも櫛が数本ある。そのどれもが使い込まれた雰囲気を漂わせていた。


「ダケド、髪の長いオトコノコってやっぱり注目の的になりやすいものォ」リズが続ける。「アタクシはとってもシャイニーだと思うケド、目立たないことを意識したいナラやっぱり整えないとネ?」

「長いと、目立つの?」ぼくもリズに尋ねてみる。

「そうねェ。少なくとも現代日本じゃさすがに目を惹くわねェ」

「だから短く?」

「そ。まぁヒロちゃんが言うようなスキンヘッドは、また別の意味で目立っちゃうカラ、そうネ……間を取って、丸坊主とかイイんじゃないカシラァ!」

「あんたら俺の頭を何だと思ってんだっ」と、叫ぶ圭。

「おもちゃ」と、煽るたま。


 再び始まる圭とたまの罵り合いをよそに、リズは「冗談よォ」と腰に手を当てた。


「アレコレ言ったケレド、ホントに少し整えるダケ。さっそく始めちゃいマショ」

「本当に任せていいんだな?」圭が深刻な面持ちでリズに尋ねる。


「エエ、任せてチョウダイ。これでもアタクシ、ちゃんと美容師の資格持ってるカラ」

「……分かった。もう好きにしろ」

「ンフフ、ありがとうK汰ちゃん。大丈夫よォ、アタクシがとびっきりシャイニーでラヴリーなオトコノコにメタモルフォーゼさせてあげるワァ!」

「本当に大丈夫なんだろうな!? …………おい誰か何か言えよそのバリカン止めろおっ!!」






 話は少し遡る。


「────ぼく、どうして探されてるの?」


 たまは言った。有名なPのヒト達がぼくを探している、と。


 でも理解できない。ぼくには記憶が無いし、圭やリズやたまみたいに凄い力を持っているわけでもない。元は「メグ」だったのかもしれないけれど、それだけだ。今のぼくには探されるだけの価値がない、少なくともぼく自身はそう思う。


 ぼくに会ったところで、ぼくには何か答えたり、何かに応えたりできないのだ。探すほどの意味があるとは思えない。


 たまは、そんなぼくの言葉の裏を読んだようだった。


「君には探されるだけの価値があるんだよ。今の君と『メグ』は違う、それは君に出会ってボクも分かった。でも実際に会ってないネットの奴らには伝わらない。それは『あいつら』も同じだと思う。君を探し出せば『メグ』の真相に近づけると本気で信じているんだ、あいつらは」


 でも、とぼくは疑問を口にする。


「そのヒト達は、ぼくを……傷つけたいわけじゃない、よね?」


「……どうだろ」たまは難しい顔をした。「さっきも言ったけど、あいつらの目的は聞きだせなかったから。まあチャットの文面を見る限りは、そんなに猟奇的(ヤバめ)な奴は居なさそうだったけどさ」


 じゃあ、とぼくは思い切って言った。


「ぼく、そのヒト達に、会いたい。会って『メグ』について聞きたい」


 ぼくは「メグ」について知りたい。かつての自分だったらしい、その女の子のことを知りたい。


 どうしてぼくがここに居るのか。どんな理由があったのか。そのヒト達が、何か知っているのかもしれないなら、会って話を聞いてみたい。ぼくに繋がる何かが少しでもあるのなら。


 でもたまは、あまり良い顔をしなかった。


「確かにあいつらの目的まではボクには分からないけど。でも、止めた方が良い」

「……どうして?」

「あいつらは本気だ、連絡を取ったボクには分かる。あいつらは『メグ』に関してあらゆる情報を集めてるけど、集めてるだけじゃない。抱え込んでるんだ」

「抱え込んでる?」

「そう。仲間内では共有しておきながら、その情報を一切公開していない。情報を意図的に隠すのはエゴ以外の何物でもない。『他の誰にも渡さない』っていう執着だ。断言する、()()()()()()()()()()()。会ってまともに話ができるとは思えないね」

「そんな……」


 たまの目は真剣だ。彼の言っていることは嘘じゃない。本当に、会うこと自体が危ないんだ。


 でも、それなら。


「───────それなら、ぼく、外に出なきゃ」


 みんながハッとするのが分かった。圭が真っ先に声を上げる。


「……外に出るって、お前、」


 ぼくは何とか頷いて見せる。胸の奥に重たい金属が入ったみたいに苦しい、でも。


「ぼくが、自分で、する。他のヒトにも『メグ』のことを聞く。できるところまで『メグ』のことを探す。そのヒト達に聞けないなら、そのヒト達みたいに、ぼくが調べる。ぼくが知りたいんだから、ぼくがやらなきゃ」


 そうだ。ぼくがやりたい、って言ったんだ。


 どうしたい、と聞かれて。


 知りたい、とぼくが言った。


 知りたい、と思ったぼくが現実(ここ)にいるなら、そのぼくを大事にしなきゃ。


「それなら、ここに居るだけじゃ、だめだ。圭やアサヒやリズやたまに、みんなに守られてるだけじゃ、だめだ」


 みんなの優しさに身を任せているだけじゃだめだ。それに。


「それに、これは『メグ(ぼく)』のこと、だから」


 これはぼくの為。かつての『メグ』の為、だから。


 圭がぼくの傍まで来て腰を下ろした。


「外に出るってことは、ヒトに会うってことだ」

「……うん」

「知らねえヒトが気持ち悪ぃほどうじゃうじゃ居る。こっちの事情なんざ考えちゃくれねえ。好き勝手に蔑んだり、面白がったり、見捨てたりしやがる」

「うん」

「傷つこうが、血反吐はこうが、誰かが気付いてくれるとは限らねえんだぞ」

「それは、怖いよ。たくさんのヒトに見られるのも怖い。考えただけで、いまも苦しい」

「それでも外に出てえんだな?」

「……うん。それに、もし苦しくなっても、ここに帰ってくる。『ここに好きなだけ居ろ』って、圭がそう言ってくれたから。……すごく、嬉しかったから」


 そうたどたどしく言葉を紡ぐぼくを、圭はじっと見ていた。


「……それは、お前の本心か」


 寄り添うでもなく、かといって突き放すでもない。そんな圭の声音に背中を押されるように、ぼくは力強くうなずいた。


「うん。これは、ぼくが『生きやすくする』ため。『ただ一人のぼく』のため。それから『ぼくを好き』って言ってくれた、ぼくの好きな人のため、だから」


 そう。だから外に出る。もう心は決まった、というか言いながら心が決まった。


 すごい。リズの言った通りだ。


 好きなものの為なら、こんなにも頑張れるんだ。


 しばらくして。


 圭はハァと息を吐いた。それから、ぼくの頭をわしわしと撫でた。


「そんじゃ、お前の好きにしろ」

「い、いいの……?」

「良いも何もねえだろ。俺ぁお前の保護者じゃねえんだぞ。お前がやりてえ、つったことに口出しする権利なんざねえんだよ。好きにしやがれ」


 なおも圭はぼくの頭を撫で続ける。おかげで目が回りそうだ。でも、どこか優しく思えてしまうのは、ぼくのわがままなんだろうか。


 そんなぼくらを、リズは微笑ましそうに眺めていた。


「ンフフ! やっぱりイイわねェ、ラヴって!!」

「ち、ちげえよ、別に」そう言って急に手を離す圭。

「アラ、否定しなくてもいいわよォ。アタクシには分かるノ……。この全宇宙を(あまね)く照らす、煌めき溢れる尊き光……。まさに、アメイジング・グロリアス・ゴッド・シャイニィーッッ!!!!」


「あんた、声は加減しろってマジで……」耳を塞ぐ圭。

「うるさいうるさい修飾語うるさい」耳を塞ぐたま。

〈リズちゃん、本当声量凄いよねぇ……〉たぶん耳を塞いでるアサヒ。


 アラアラ、ごめんあそばせ? と謝りながら、リズは言った。


「ダケド、そうと決まればアレやらなきゃよね」

「『アレ』?」


 塞いだ耳を解放しながら首を傾げたぼくに、リズはとびっきりのウィンクで答えた。


「そ。こんな時こそやるのヨ。イメージチェーンジッ!」






 かくして、圭の散髪(イメージチェンジ)が始まった。


「……いや、別に長髪(これ)に愛着なんざねえけどよ。短くし過ぎじゃね?」と、不安そうな圭。

「ノンノン」対してリズは楽しそうだ。「コレくらいはまだ序の口よォ」

「というか圭くん」


 離れた所からアサヒが口を挟む。電話口だと会話しづらい、ということでこっちにやってきたアサヒは、ずっとスケッチブックに「メグ」の下書きを描き続けている。手を馴らすため、らしい。


「全然伸ばし慣れてないでしょ、見れば分かるわ。最後に切ったのいつよ?」

「あー、かれこれ3ヵ月か……?」


 リズの手際を横で眺めていたぼくは首を傾げた。「髪って、切って短くするの?」


 ぼくの疑問にみんなが一瞬動きを止めた後、ああ、と納得した声を上げた。


「……そっか。電子海(ネット)世界に『髪が伸びる』なんて概念無いんだ」と、たま。

「そうよねえ。アナタにとっては、髪って勝手に伸び縮みするものよね。私もイラスト描くときそうだもの」と、アサヒ。

「まあ好きに髪型いじれる方が絶対楽だけどな」と、圭。

「ンフフ。チョットした新発見ネ」と、リズ。「そうよォ、髪って放っておくと日に少しずつ伸びていくノ。適度に切って整えてあげるのがベストね」


 そう談笑しつつも、リズはハサミを持つ手を止めない。流れるように圭の毛先が整えられていく。ついさっきは「バリカン」という音の出る機械で髪が自動で削れていったけれど、リズのハサミは細かいところまで刃を入れていく。縦に、横に、細かく、様々な刃のハサミを使い分けながら、圭の髪を整えていく様は魔法みたいだ。


 気になって、圭の側頭、短く刈り揃えられた辺りを人差し指でなぞってみた。


「んなぁ…………ッ!!」


 突然、圭が変な声を上げた。


「ご、ごめんなさい! 圭、だいじょうぶ?」


 咄嗟に謝る。でも圭は「お、お前なぁ……」とうなだれるばかりで、それ以上は口ごもるばかりだった。


「ど、どうしたの、圭? どこか痛かった?」

「……違え。なんでもねえよ」

「でも苦しそう。顔も紅いし」

「マジで何でもねえんだよ……、何も言えねえんだよ……、でも頼むから二度と触んじゃねえぞ……!」


 そんなぼくらをよそに、リズは面白そうに笑っていた。


「ンフフ! 散髪に興味津々なの、アタクシからしても新鮮な反応で嬉しいワァ。でも一応刃物があるから、気を付けてチョウダイ。貴女のステキな肌にキズが付いちゃったら哀しいもノ」


 それから、圭の耳元にそっと囁いた。


「無自覚ってスゴイわねェ、K汰ちゃん?」

「恐ろしいことこの上ねえよっ」


 圭の悲痛な呻きに再びンフフ、と笑って、リズは何かを思いついたように「そうだわァ!」と声を上げ、ぼくに提案してくれた。


「せっかくだモノ、貴女もやってあげるワァ!」

「? 何を?」

「モチロン、────ヘアアレンジよォ!」




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