表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Missing Never End  作者: 白田侑季
第3部 復活
30/125

K汰 - アウトオブ ザ ブルーガール




 不思議な夢を見た。


 どうして自分でそう思えたのかは分からない。でも、絶対にこれは夢だ、とぼくには思えた。


 アサヒから借りたものとは違う服を着て、…………いや、違う。


 この夢は前に見たことがある。白い世界に一人で浮いている夢だ。でも、これは前とは違う。


 第一に、ぼくの服はアサヒから借りたもののままだった。白地にグレーとブルーのチェックが入ったボタンシャツ。その上から着た、真っ白い七分丈のパーカー。足の線に沿った細身の黒いパンツ。寸分たがわず同じ服を着て、ぼくは白く塗り潰された世界にぽつん、と浮いていた。そして第二に。


 ────ぼく以外に、もう1人いた。


 薄水色のセーラー服。ふわりと広がるプリーツスカート。白いハイソックス。


 それから、溺れそうなほどに真っ青な瞳。


 真っ青なロングヘア―はまるで綺麗なせせらぎのように、白い世界の中で揺らめいていて。


 鮮やかな青空色のマニキュアは、透き通るような白い指に映えていた。


 そんな青い少女が、ぼくと向かい合うように、白い世界に浮いていた。


 誰だろう。彼女は誰だろう。どうして、ぼくは、彼女を、


 いや。そうだ。ぼくはこの子を知っている。だって彼女は、


 その瞬間、少女はぼくの想いに呼応するようにそっと微笑んで、その淡い桃色の唇を開いた。


 声もなく。音もなく微笑む。まるで神様のように、()()()()()


 『こんにちは、私の名前は唄川メグです────────』






 ガバッ! と飛び起きた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 呼吸が落ち着かない。動悸が収まらない。まだ視界はぼやけたまま。頭の整理が追い付かない。息ばかりが急いて思考が定まらない。


 いまのはなに?


 いまのは誰?


 ぼくは、あれは、


「アラ、キティちゃんも起きた?」


 驚いて振り向くと、リズが台所に立っていた。こちらに背を向けてフライパンを揺すりながら、何かを焼いているようだった。香ばしい匂いが鼻先をくすぐる。「ぐっすり眠れたカシラ……って、どうしたノ? 顔色が悪いわよォ?」


 リズはコンロの火を切りながら、心配そうにぼくの目線までしゃがみこんだ。


「ダイジョウブ? 変な夢でも見た? ……たまチャン、何かしてないでしょうネ?」

「馬鹿なこと言わないでよ。すぐ他人の所為にするってヒトとしてどうなの?」


 リズの視線を追った先にたまもいた。いまは実体化しているようで、ぼくがいる布団から少し離れたテーブルに座っている。呆れたように頬杖をついてリズを睨んでいる。「さすがに頭悪くない?」


「ふ、ふたりともっ」


 二人の会話を遮るようにリズの腕にしがみついた。焦っているからか、思うように舌が回らない。


「ここは? いまはいつ? ぼくは、どれくらい、寝てた? なにか、か、かわった、ことは、」

「……キティちゃん」


 リズがそっとぼくの肩を掴んだ。言い聞かせるように低く穏やかに、ぼくの耳元でつぶやく。「落ち着いて。一度深呼吸しまショ。大丈夫よォ。いまは怖いコトなんて無いわァ」


 リズのカウントに合わせて、ゆっくり息を吸った。少し喉が攣った。震えるままにゆっくりと吐いた。吸って、吐いて。吸って、吐いて。


 ……ようやく少し落ち着いた。まだ視界はぼんやりしつつも、先ほどまでの焦りは鎮まっている。


「ン、少し落ち着いたわネ。一応言うケレド、ここはK汰ちゃんの部屋。いまは朝よ。K汰ちゃんは、たまチャンの家の確認が終わって帰ってきている途中。もうすぐ着くって連絡があったワ。貴女は待ちきれず眠ってた。それ以外には特に何も、ってところネ」


「だ、大丈夫、君?」心配そうにぼくを覗き込むたま。「何かあったの?」


 ぼくも、ゆっくりと頷く。心音はまだ少し不安定だ。


「ちょっと、変な夢を、見て……」

「変な夢?」と、たま。


 そのとき玄関の鍵がガチャリと回る音がした。


「たでぇまー。クッソ疲れたぁ……」


 声とともに、疲れ切った顔の圭が部屋に姿を現す。「徹夜で歩き通しとか『夜のピクニック』かよ……。三十路手前の体力の無さ舐めんじゃねえぞクソッたれ……」


「『クソクソ』言っちゃダメよォ、K汰ちゃん。お里が知れちゃうワ」リズが窘める。「それよりK汰ちゃん。いま、」


 そうリズが言いかけた時。


 ム゛ーッ ム゛ーッ ム゛ーッ


 部屋に不思議な音が響き渡った。


「アラごめんなさい。アタクシだわァ」


 気付いたリズがぼくの元を離れる。部屋の隅へ行き、スマホを取り上げた。リズのものだろうか。


「アラ、ヒロちゃんから電話」つぶやいたリズは画面をなぞった後、スマホを耳に当てた。「もしもしィ、ヒロちゃん?」


〈リズちゃん、今いい!?〉通話口からアサヒの切羽詰まった声が聞こえた。離れたぼくらにも聞こえるくらいの声量に、リズが困惑気味に少しだけ耳を離す。

「……そりゃあイイけれど。もし良かったら、少しだけ待って、」

〈ごめん急用なの! いや本当は急用ってほど急用じゃないんだけど、でも、それが、何から話せばいいか、ええっと、……とにかく画像送るわ!! 今すぐ見て!!〉


 すぐさまリズのスマホがピコン、と鳴った。


「ンもう、ヒロちゃんまで一体どうしちゃった、の……」


 突然、リズが固まった。目を見開いたまま。言葉も発さず。ただ画面に釘付けになって。


「……リズ? どうした?」眉をひそめる圭。


 リズは驚いた顔のまま、ゆっくりとぼくらを振り返った。強張った口を何とか動かして。震える声で。


「…………コレ。コレよ。思い出した。アタクシもいま、思い出した」


 リズが画面をぼくらに向ける。


 そして、ぼくらは息を呑む。


〈……今朝、急に思い出したの。思い出せたの〉


 アサヒの真剣な声が再び聞こえる。でもその声は頭に入ることなく、ただ部屋に反響するだけで。


 ぼくらは画面から目が離せない。画面に映されたイラストから、目が。


〈迷わず描いたの。まだ朧気で、細部の自信はないけど。でも描きながら分かった。私の指が、絶対にこれがそうだ、って確信した。間違いないわ〉


 画面に描き殴られた、女の子の絵。


 青い瞳。青い髪。青いマニキュア。


 ぼくの夢に出てきた、セーラー服の女の子。


〈────────この子が、『唄川メグ』よ〉




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ