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Missing Never End  作者: 白田侑季
第2部 鏡像
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【にくたまうどん - ミラミルグラム】




 そっと目を開けた。


「……………………()ッ!」


 痛みが走る。耳、だろうか。頭のような気もする。ともかく顔の横辺りが攣ったように痛んだ。心なしか眩暈もする。目を開けようとすると、視界がふわふわと回る。


 しばらく経つと、痛みは少しずつ落ち着いてきた。視界が晴れてくる。そして、目の前にいる女の子が口を開いた。


「────だ、大丈夫?」


 目の前に、あの子がいた。


「……へ?」


 思わず間抜けな声が出る。どうしてこの子がここに? というかここはどこだ? それに今気づいたけど、ボクいま後ろ手に縛られているのか?


「やっと起きたかよ、クソガキ」


 続けて聞こえた嗄れ声で、一気に全てを悟った。いや思い出した。……悪夢だ。


「……人を縛り上げておいて、クソガキ呼ばわり? K汰(クソニート)


 ボクの言葉に眉ひとつ動かさず、K汰は部屋の隅からボクを睨んでいた。






 「K汰がパソコンを起動させている」。ボクが最初にちょっかい掛けてからは、部屋は放棄していたはずなのに。


 そう気付いた瞬間から、相手も何か考え付いているんだろう、とは思っていたし。いざとなったら、いつも携帯しているスマホで帰ることもできる。そう高を括っていた。


 ────まさか、通話越しにZIPANDAの怪音波を聞かされるとは、さすがに想定外だったけど。


「それで、この集まりは何? たかがドブネズミ一匹に、大の大人が二人掛かりで寄ってたかって。こんなのただの私刑じゃん。恥ずかしくないの?」


 ざっと部屋を見回す。さっきと風景は変わっていない、まだK汰の部屋の中だ。外はもう夜なのか、カーテンは閉め切って、部屋の蛍光灯が点いている。白い光に照らされて、部屋のそこかしこについた傷が浮き彫りになっている。床に散ったモニターの破片。壁の凹み。


 そして、ボクの目の前には女の子。その奥の壁際に背中を預けるようにして、K汰とZIPANDAが居た。ボクが倒れている間にZIPANDAを呼んだのだろう。ボクはその部屋のど真ん中に座らされていた。後ろ手に縛られていて身動きしづらいけれど、壊れたパソコンは背後にあるようだ。


 自分のポケット辺りに感覚を研ぎ澄ませてみたけれど、やっぱりスマホは無い。おそらくK汰たちに取り上げられている。無理もない。背後のパソコンもモニターの電源は切ってあるはずだ。対策は万全、ボクは八方塞がり。逃げ道は完全に断たれたわけだ。


 不貞腐れた表情のK汰が、再び目を細めてボクを睨む。


「あんたとお喋りすんのはもう終わりだ、面倒くせえ。さっさと俺が映った動画のデータを消せ」

「なに考えてんの? あのデータはボクの家のパソコンに入ってるに決まってんじゃん。消してほしいなら、まずボクを家に帰してよ」

「じゃあまずお前の家を教えろ。先に確かめてやる。偽情報だけ掴まされて取り逃がす、とかごめんだからな」

「プライバシーって言葉知らないの?」

「先に俺のプライバシーを侵したのはあんただろ」

「嫌だって言ったら?」

「言っても無駄だ」


 ボクの言葉に、K汰はポケットからスマホを取り出した。


「全部録音してっからな」

「…………!」


 全部録音してる。ということは、さっきボクが「データはパソコンに残ってる」と言った声も。……こいつ、先に言質録りやがった。


「……それ、おまえが嫌ってるボクとやってること同じじゃん。同じ土俵で戦うとか、」

「あんたも『目には目を』ぐらい知ってんだろ。これでも譲歩してんだ。本当なら俺への盗撮と、リズん家への不法侵入で警察突き出してもいいんだぞ。いいか? 分かったらさっさとデータを消せ。何度も言わせんな」


 押し黙るしかなかった。K汰のスマホに潜ることが出来れば、あんなデータなんか速攻で消せるのに。あの画面に触れられない今、ボクに打つ手はなかった。逃げ道も言い訳もなかった。


 ────────ボクは、K汰に勝てなかったんだ。


「……わかった。消すよ」


 食い縛った歯の隙間から絞り出すように言う。そんなボクの言葉に安堵したのか、K汰も、その隣のZIPANDAもそっとため息を吐いた。ボクがぽつぽつとこぼす住所も漏れなくスマホに控えていく。それから二人は、どっちがボクの家に先回りするかとか、ボクの言質を録ったデータをどう保管するかとか、そんなことを話し合い始めた。


 ボクは拘束されたまま、仕方なく床を睨み続けた。そのとき。


「……ねえ」


 ずっと黙っていた女の子が、ボクに声をかけてきた。


「えっと、その、『にくたまうどん』さん、って呼んだらいい?」


 急に名前を言われ、こんな時に限って背筋がもぞもぞする。……もっとマシな名前にしておけばよかった。


「……それ、長いでしょ。好きに呼んで」

「じゃ、じゃあ『たま』、で」


 そこ区切るんだ。


「ぼく、()()に教えてほしいことがあって」

「なに」


「たまが、ずっと言ってた。『ぼくに聞きたいこと』って、なに?」

「────────あ」


 ボクが、聞きたかったこと。彼女に聞かなきゃいけなかったこと。


 ここまでして、聞きたかったこと。


「そ、んな、」


 今更。そう言おうとして、やめた。言えなかった。


 ボクを覗き込む彼女の瞳が、真摯だったから。空恐ろしいくらい純粋で、一片の裏もなくて、だから思わされた。「嗚呼、これは逃げられない」と。


 何故かふと、鏡の前に立たされている自分が頭に浮かんだ。曇りのない鏡の前に立たされて。混じりけのない、着飾れない、ボクそのものが映って。内臓が浮き上がるような、そんな怖さを想い出して。でも不思議と心は凪いでいた。


 彼女(かがみ)はただ、ただ真っ直ぐにボクを見ていた。


「────え、っと」


 声が出る。






「────────ボクって、どんな人間、なの?」






「……それは、どういう意味?」


 彼女は静かに尋ねてくる。ボクは緊張で攣りそうな喉を必死に抑えながら、言葉にする。


「だって君は『メグ』なんでしょ? ボクが作った歌を歌ってくれてた『メグ』なんでしょ? だから君に聞きたい。君に聞かないとダメなんだ。……だって、」


 ────────だってボクはきっと、君が羨ましかったんだから。


 昔から、そうだった。ずっとそうだった。


 努力もしないで持て囃される奴に嫉妬していた。努力して実力を勝ち取れる奴を疎んでいた。だってボクには才能がない。どうせボクには努力できない。


 ボクは不細工。惨めで、凡人。どれだけ必死に足搔いても天井が透けて見える、その程度の人間でしかない。


 だからボクにはこれしかない。ボクが縋れるものは音楽しかない。


 曲を通してみんなに騒いでもらえた。みんなに観てもらえた。嬉しかった。純粋に喜べた。みんなの目にボクが映って、初めてまともに自分というものが意識できた気がした。


 鏡を見る必要がない。見なくたってボクが分かる。みんなの目を見ればボクが分かる。他人は自分を映す鏡、とはよく言ったものだ。ボクのことはみんなの目が教えてくれるんだ。


 ──でも、我に返るのも早かった。


 みんなが見ているのはボクじゃなかった。みんなが見ているのは「ボク」だった。そして「ボク」の曲を歌うバーチャルシンガーを見ているだけだった。でもそれを思い知った時には、もう引けないところまで来ていた。


 ボクにはこれしかない。ボクが縋れるものは音楽(「ボク」)しかない。


 音楽以外にボクを知れる方法がない。みんなの目に映るのが「ボク」だろうとバーチャルシンガーだろうと関係ない。だってほら、少なくとも「ボク」が映っているじゃないか。


 他人は自分を映す鏡。「ボク」のことは、みんなの目が教えてくれる。


 ボクがどう映っていて、ボクがどう認識されていて、ボクがどんな曲を作って、だからボクはきっとそういう曲が好きで、ボクはどんな性格でボクがどう思われていてボクがどう生きるべきでボクの生活はそうあるべきでボクのボクがボクでボクがボクがボクがボクがボクが、だから、


「ボクは君に、聞きたい。聞かなきゃいけない」


 「虚数の歌姫(唄川メグ)」が話題になり始めて、自分のアカウントにもメグ曲があることに気付いて、自分のパソコンに残っていた音源を聴いて。


 気付いた。「メグ」のことは何ひとつ思い出せないけど。


 嗚呼、きっとボクはメグが羨ましかったんだ、と。


 卑屈な歌詞。八つ当たりじみたキック。自家中毒なベース。皮肉を煮詰めたようなテレキャスター。そしてその真ん中で歌う、メグ。


 もちろん歌声は入っていない。幻聴でもない。でも分かる。自分で作ったから分かる。


 猫を被ったように不安定で、それでいて耳を惹きつけて離さない。そんなキラキラとした声が、ぽっかり空いたその空洞にピタリと嵌まるんだと分かる。分かるからこそ羨ましかった。ひねくれた自分の曲をキラキラと響かせるであろう、「メグ」のことを。


「君なら分かってるんでしょ? ボクが思い出せない『ボク』のことを、君はずっと知っているはずなんでしょ?」


 メグなら映してくれる。みんなの目に映る「ボク」を。その中でも、ボクに最も近い「ボク」のことを、メグなら。だから教えてよ。


「────────ねえ、ボクは一体誰なの?」




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