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Missing Never End  作者: 白田侑季
第2部 鏡像
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にくたまうどん - バラバラパパラッチ




「……んでだよ」


 画面を睨む。部屋の電気を消しているから、煌々と光るパソコンのモニターがひどく眩しい。それでも気になって、何ひとつ変化がないことが気になって、画面を睨みながら親指の爪を噛む。


「なんでなにもアクションしてこないんだよ、あいつ……ッ」


 ダンッと机を殴る。少しだけイライラの波が引いたけれど、寄せては返すの言葉通りに波は再びやってきて、何度も何度も机を殴る。


 なんでだ? なんでK汰はやり返してこないんだ?


 「バラバラパパラッチ」を投稿して、もう四日が経つ。K汰の部屋を覗いた時についでに撮っていた動画をそのまま使って、作りかけだった新曲のラフの中から一番王道に近い中毒系ロックを選んで、ベストなタイミングで投稿してやった。反響はいつもの比じゃなかった。これなら絶対K汰の耳にも入るはずだ、その確信があった。それなのに。


 何度もネットの海に潜ったのに、収穫はカケラもなかった。動画のコメント欄のどこかに現れるんじゃないか。K汰の元アカウントに何かしらの動きがあるんじゃないか。そう思って一つ一つの情報を、丁寧に辿って回ったのに、あいつの痕跡は影も形もなかった。


 あいつは気付いていないんだろうか? ボクが投稿した曲を聴いていないんだろうか?


 いや、そんなはずはない。数日前には、K汰は確かにZIPANDAの家に居候していた。ZIPANDAはボクのアカウントをフォローしていることはちゃんと「潜って」確認したし、「ボクが新曲を投稿した」とK汰に告げ口しているのもちゃんとこの目で「見た」。それなのに。


 ZIPANDAもK汰もスマホの電源を切ったまま、一向に動きを見せなかった。


「……なんで、なんで、…………なんでなんでなんでッ!」


 傍に置いてたペン立てを思い切り弾いた。壁にぶち当たってバラバラと散るペンの耳障りな音。それでも頭に血が上っていく。視界が真っ赤に染まったような錯覚。


 脳裏にK汰の顔が浮かぶ。だらしなく伸ばした髪。人を小馬鹿にしたような目。


 やり返せよ。やり返せよ。この数年間ほとんど引きこもってたんだ、赤の他人の目に晒されるのは嫌なんだろう?


 「K汰」。その名前に、まだしがみついていたいんだろう?






 虚数の歌姫。「唄川メグ」がネット上で噂になり始めたのは、およそ二ヵ月前からだった。 


 一番最初に見つけたのが誰だったのかは知らない。けれどそれは、どこからともなく始まった。


〈────なあ、メグって誰よ?〉


 現代の巨大市場ともいえる動画投稿サイト。その奥底で「メグ」は見つかった。


 「feat.メグ」とタイトルに付け足された大量の楽曲。そのどれもが、ただの「奇を衒った釣り動画」と一蹴できないほどの再生数を誇っていた。その半数以上はいわゆる「404動画」で、再生すらできなかったけれど。かろうじてバンド演奏が残っていた楽曲は、一聴しただけで、いまの日本の音楽シーンに出しても引けを取らないほどのクオリティだと思えるほどの代物だった。


 もちろん推測はできた。名前の字面。音楽というジャンル。表記の仕方。まず間違いなく、あのバーチャルシンガーと似た存在なんだろう、と。


 ネット民は必死になって情報元を探った。そしてそれぞれがあらゆる憶測を立てた。


 創作の都市伝説。発売を控えた大企業製品のステルスマーケティング。著名Pが悪ノリしたエイプリルフールネタ。どこかのしょうもないネット小説に登場した脇役を、勝手に崇めている信者が広めたデマ。


 けれど、そのどれもが現実離れしていた。「メグ」の名の付く楽曲は、発見された一番古いもので2003年、最近だと2020年のものまであった。都市伝説やステマやただのネタにしては幅が広すぎる。極めつけに一番不可解だったのは「名前以外の情報が一切ない」ことだった。


 ネット記事もない。ウィキペディアにも載ってない。まとめサイトにも書いてない。


 誰も知らない。


 ボクらの世界にとって、ネット上に情報がない、ということは即ち行き止まりを意味する。これ以上の捜索は無意味で、憶測以上の噂は無価値だ。それでも残る大量の名前。あちこちに刻まれた名前。


 「唄川メグ」。その名前だけが、まるで墓碑のように。


 「メグ」を追う矛先は、次第にPに向けられるようになった。誰も知らないしどこにも情報がないけど、投稿したP本人ならさすがに知っているはず。当然のことだと思う。


 そして今度はPが困惑することになる。なにせ何も憶えていないのだ。自分で作った気がしない、自分で投稿した覚えがない、それなのに音源は手元にある。……歌声のない音源だけが、現実としてそこにある。


 とあるPは正直に「分からない」と答えた。とあるPは無言のままに曲を削除した。面白がって「メグ」を題材に曲を作るPもいれば、我関せずといった様子で曲を投稿し続けるPもいた。


 そしてボクは。「にくたまうどん@30tP」であるボクは、それどころじゃなかった。


 「メグ」が噂になり始めた頃から、ボクの身に奇妙な現象が起き始めたからだ。


 画面に触れる。パソコンの、スマホの、画面に触れる。それだけで潜れる。


 身体の縁は一時的に溶けて消えて、端末の中のデータに直接触れられる。大したデメリットもなく、視覚や聴覚はそのままに、その奥のネットの海にまで潜れるようになる。あらゆる情報に触れて、調べて、果てはその向こうの相手の画面にまで辿り着ける。単純な機能なら相手の端末を好きに操作できる。


 ────────K汰のパソコンから、あいつの顔を撮ったように。


 「K汰」はメグ曲の投稿履歴があったPの中で、最も投稿数・再生数の多かったPだった。ここ3年の間は一切投稿していなかったようだったけれど。K汰が作った曲には、他のPとのコラボ曲を除いて、全てに「feat.メグ」の名があった。案の定、K汰が投稿していた曲はどれも閲覧不可になっていたが、その履歴数だけでも他のPとは一線を画していた。もはや異質ともいえるレベルだった。……裏を返せば、「K汰」は「メグ」の噂が広がらなければ誰にも発見されることのなかったはずだった。


 だから、なんだろうか。だからあいつの隣に「あの子」がいるんだろうか。


 K汰の言動を探っていて分かった。ボクにも確信に近いものが芽生えていた。


 「あの子」。黄色く短い髪に、人間慣れしていないような表情。そして何より、()()()


 もし本当に彼女がメグだったとしたら。


 もし本当に、彼女があの「メグ」だったとしたら。


 思わず奥歯に力がこもる。肺腑を炙られるような焦り。心臓の辺りで吐きそうなほどに渦巻くどす黒い感情。そして、K汰への怒り。


 あの子は、どうして。


 ────確かめたい。ボクは確かめなきゃいけない。






 怒りを抑えるように深呼吸する。深く、深く息を吸う。


 ゆっくりと吐き出しながら、ブルーライトの眩しいモニターを睨む。


 この感情を曲に仕立てよう。黒くて、どろどろで、もはや執着とも呼べないようなこの感情を全部。曲にして、あいつの動画を添えて、真っ黒なままあいつに投げてやろう。あいつを晒してやろう。今度こそあいつに思い知らせてやらなきゃ。そうしなきゃ、そうでなきゃ、ボクのこの感情はどこに行けばいいんだろう。


 そうだ。その前に確認しておかなきゃ。


 パソコン画面にそっと触れる。触れた右手の人差し指に集中すると、次第に指の感覚が薄れていく。冷たく心地いい、柔らかい海に沈んでいくような、いつもの感覚。


 K汰がいまどんな状況にいるのか。スマホの電源は切っているのか。もしボクに辿り着いているならこっちが先に動く。もしまだボクに気付いていないなら只の能無し、どうにかしてあの馬鹿げた面を次のМVの素材に。


〈……あれ〉


 電子海(ネット)の中でそれは開いていた。間違えるはずはない、ここ数日監視のために何度も覗こうとしていたのだから。


 念のため、その開いた場所に近づいて見る。輪郭の失せた手でそっと触れると、ソレが置かれた部屋の風景が見えた。片付けられた殺風景な部屋。床の上に適当に敷かれた布団。カーテンの隙間から差し込む夕日。これはおそらく、この端末のカメラから覗いた、この端末が置かれた場所の風景。


〈…………ということは、〉


 カメラが起動できる状態。つまり、このパソコンは起動している。


 画角にふらっと映り込んだ男の姿を見て、ボクは外形のない口元で笑う。


 ようやくだ。ようやく、釣れた。


〈────久しぶりぃ。元気にしてた、K汰?〉




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