K汰 - ナイを吠えぬまま
「───────── ものスッゴくおっきいのよォ、声がッ!!」
「…………はい?」
リズの言葉に、一瞬頭が追いつかなかった。隣のアサヒも目が点になっている。声が大きい、とは? 男が消えた、というさっきの話とどう繋がるのだろう?
「ご、ごめんリズ、ちょっと、よく、」
「アラ失礼。さすがに脈絡がなさすぎたかしラ」
困惑するぼくに対して、リズは楽しそうに微笑んだ。「でも事実よ。元から『声が大きい』とは言われてたのダケド、今のアタクシのソレは文字通り桁が違うワ。『異能』と呼んで差し支えないほどにネ」
「『桁が違う』?」と、アサヒが首を傾げる。
「ええ。アタクシがよく、DJとしてライブハウスにお呼ばれするのは知ってるわよネ。でも前回のライブでチョット本気を出したら、機材が壊れちゃったノ。変なチカラに気付いたのはその時からヨ」
「機材、って言ったって……。マイクとかアンプが壊れるなんて、取り分けて珍しいってわけでもないでしょう? 声量の凄い歌手がライブ中に何本も壊すって聞いたことあるし」
「ああ、ヒロちゃん違うの。そうじゃないノ。壊した機材はマイクじゃなくて」
そう言って、リズは気恥ずかしそうに天井を指さした。
「照明なのよォ」
「……どういうこと?」
ぼくは思わず口を挟んだ。「照明って、あの照明?」
「そ、あの『照明』。電球3個に、スタンド式のバックライトを1つ。すこーしノッちゃってシャウトした時にパリーン、って。その時はフリーパフォーマンス中だったから、マイクを握っていなかったのが唯一の救いねェ。マイク通してたら、聴きに来てくれたコたちの耳もタダじゃすまなかったでしょうしィ」
「……それ、本気?」
「ンフフ。『本気で言っているのか』って意味ならモチロン本気だし、『それが最大出力か』って意味なら答えはノーよ。さすがに気になって色々試したものォ。防音室を借りて、100均で買ったワイングラスに向かって叫んだりネ。声量や音程のコツを掴んだらあっという間に割れるようになった。サイズも材質も変えたけど、結果は同じ。最終的には防音室の壁そのものにキズが入っちゃって、泣く泣く弁償するハメになったワ。ノット・シャイニーね……」
そう言って、大袈裟に哀しい表情を浮かべるリズ。「しかも体感で分かるのヨ。『まだ喉に余裕がある』って。……さすがに全力を試す勇気はアタクシにはなかったケド」
すぐには受け入れられない話だった。声だけでガラスを割る、それはコツを掴んだだけで易々とできるようなことなんだろうか。
アサヒは何か言いかけたような素振りを見せたけれど、代わりに困ったようにため息をついた。
「……分かった。ひとまずリズちゃんの話を信じるとして。その不法侵入男が消えた話とどうつながるの?」
「あいつが────あの男が言ってたんだよ」今度は圭がアサヒの問いを引き取った。「『おまえも異能持ってんじゃん』ってな。それに、最初に話したときはこうも言ってやがった。『大体の電子機器なら何とかなる』って」
「電子機器……」
「ああ。おそらくあいつも異能を持っていて、電子機器全般を操作できるんじゃねえか?」
「そんなまさか、」
「それならあの男が消えたことも説明がつく。あいつがスマートフォンを通じて消えたり現れたりできるのは確かだ。前のパソコンの時もそうだったが────いや、下手すりゃインターネットに繋がった機器なら思い通りにできる可能性だってある」
アサヒは降参、とでもいうように両手を挙げた。「ごめんなさい、全部を疑ってるってわけじゃないんだけど、ちょっと理解しづらいわ……。一旦整理させて」
①リズちゃんには『声を大きくする異能(?)』がある
②不法侵入してきた男にも『電子機器を操る異能(?)』があるらしい
③不法侵入男は『大体の電子機器は何とかなる』と言っていた
「ここまでは合っているかしら?」
圭もリズも頷く。
「じゃあとりあえずその話を前提にするとして。神出鬼没なその男はどうするの? 追いかけられない上に、警察にも頼らないのなら、出来ることは限られるわよ?」
「ソコなのよねェ」リズも困ったようにため息をつく。「スマホやパソコンを好きに渡り歩けるなら、インターネット回線の入らない山奥に逃げ込むとか?」
「そこまでする必要はねえだろ。もし相手がネット経由で移動できるんなら、最初からオフラインにしておけばいい。電源切っておくとかな」
「でも、そこまで効果があるかしら。どのみちこの家の場所はバレているんでしょう? 他に根城を移した方が」
三人がそれぞれで意見を出し合っている。この状況を真剣に捉えて、解決しようとしている。ぼくも参加しなきゃ。これはぼくにも関わることなんだから。……それなのに。
圭が目を合わせてくれないことが、ずっと心に引っかかっている。
そのことで頭がいっぱいで、落ち着かない。他のことをうまく考えられない。
圭は、何かを振り払うようにぼくから視線を逸らし続けている。気にしない素振りで、まるでぼくなんかいないみたいに。
圭に聞きたかった。なんで、どうして、って。圭が怒った理由をぼくが分かっていないから? ぼくがきちんと圭に謝れていないから? でもそう尋ねたら圭はまた怒るんだろうか? ぼくはどうすればいいんだろうか? ぼくは何を理解すればいいの? 何に気を付けたらいいの? こうやってみんなと違うことを考えてばかりだからいけないの?
みんなの声が遠ざかっていく。一緒の空間で、一緒のテーブルに居るのに、ぼくだけ遥か遠くに突き放されていくような感覚。
ぼくは人間じゃない、という言葉が頭の中のスクリーンに貼り付いたまま。
分からないことは罪なんだろうか。自分で気付けないことは圭を傷つけるんだろうか。
ぼくは圭に、何を聞けばいいんだろう。何て聞けばいいんだろう。ぼくは、どうすれば。
圭に聞きたいことが、たくさんあるのに。
(────────ボクは、君に聞きたいことがあったんだ)
ふと、思い出す。
あの男のことを思い出す。昨晩突然現れた男。冷たく震える指でぼくの手首を掴んだ男。光の消えた目で、泣き出しそうな表情でぼくを見た、あの男。
彼はぼくに何を聞きたかったんだろう。彼はぼくに何て聞こうとしたんだろう。
彼は、一体、誰、
「────あ」
「ン? どうしたのカシラ、キティちゃん?」
思わずこぼれた言葉に、リズが反応した。
「あ、いや、ごめんなさいリズ。別に、何でも」
「いいのよォ、遠慮なんてノンノン! ここは知っている人しかいないのだから、貴女が言いたいことを言ってちょうだイ」
そう明るく言って、待ってくれるリズ。その優しさに気持ちが落ち着いていく。
「あ、あのね。あの男のヒトって、リズの友達、なの?」
「ン―? いえ、完全にハジメマシテよ。なぜ?」
「あの男のヒト、圭とリズの名前を知ってた。『K汰』と『ZIPANDA』って。それにあのヒトも、前に『自分でも曲を投稿してた』って言ってた。あのヒトもP、だよね?」
ふいに、三人の動きが固まった。特に圭が驚いた目でぼくを凝視している。
「……そうだ。確かにあいつは最初に言ってた。しかも『メグ曲を投稿していた』って」
「ヤダ、それじゃあ」
「ああ。過去にメグ曲を投稿した履歴のあるPを探せば、あるいは……」
「でも圭くん」とアサヒが興奮交じりに異を唱える。「Pなんて結構な数いるわよ。それに『メグ』って、最近話題になっているあの『メグ』? なんで急にその話が出るの?」
「なんだよ、あんたも忘れてるクチか……。てか、さっき話に上がってた『カルタヘナ』はメグに歌わせた曲なんだが。絵ぇ描いた場合でも忘れんのか?」
「? 『カルタヘナ』は覚えてるわよ、当たり前じゃない。でもあれはミ、…………あれ?」
アサヒは訝しみながらも必死に思い出そうとしている。そんなアサヒを横目に「とにかく」と圭が言いかけた、その時。
「ア゛ァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!」
太めの甲高い声が耳を劈いた。
「……んだよ、リズ。急にデケぇ声出しやがって……!」
憎々しげな圭の声。耳を塞ぐ姿勢だけれど、少し遅かったみたいだった。ぼくもまだ頭が少しくらくらする。
けれど、そんなぼくらを他所に、リズは珍しく狼狽した様子でスマホを見つめていた。
「────K汰ちゃん。ヒロちゃん。コレ、」
指を少し震わせながら、リズはスマホの画面をこちらに見えるように向ける。
映っているのは、動画投稿サイトだ。真っ先に太めの文字が目に入る。タイトルだろうか。
【公式】バラバラパパラッチ/30tP
タイトルの下には小さく「4.7万回視聴」「2時間前」とある。投稿者だと思しき欄には、小さなアイコンと「にくたまうどん@30tP」の文字。そして。
「────なんだよ、これ」
再生が一時停止された画面に映ったものを見て、圭も、ぼくも、息を呑んだ。
ヒトが映っていた。少し長めの髪のヒトが、電気の消えた部屋で、パソコンの前に座っている姿。それを目の前から映した映像。顔の部分は無理矢理ぼかしてあるけれど、分かる。ずっと見てきたぼくには、分かる。
────────知らない曲の知らない動画に、圭が映っている。




