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Missing Never End  作者: 白田侑季
第2部 鏡像
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K汰 - peel




 「どう?」リズはぼくの目の前にガラスのコップを置きながら、そう聞いてきた。「少しは落ち着けたかしらァ」


 狭くて低いテーブルを、圭とぼくとリズ、三人で小さく囲む。圭もリズも身体が大きいから、二人があぐらをかくと元々狭い部屋がさらに狭く感じてしまう。その狭さをいいことに、圭の右腕にほんの少しだけ隠れながら、まだ慣れないリズに対して相槌を打つ。


「う、うん。大丈夫。ありがとう……」

「ンフフ、緊張するのは悪いことじゃないわよォ。アタクシの方こそごめんなさいね? 内側から溢れ出る輝きを止められなくて」

「相変わらずだな、そのえげつねぇハイパー自意識」横でため息をつく圭。

「そりゃそうよォ。美意識は常に意識すればきちんと育まれるんだもの、日課を欠かさなければこのレベルのシャイニィーは当然ではなくて?」

「謎基準ふりかざすのやめろ」

「ふ、ふたりは知り合いなの?」


 何とか割り込んで聞いてみると、圭がこちらを振り返った。「ああ、悪ぃ。まずそこから話さねえとな」


 居住まいを正しながら、圭が改まった口調で話し始める。


「……昨日、俺に聞いてきたろ。『俺がどこでお前の声を聞いたことがあるのか』って」

「うん」

「最初、お前を拾ったときは気付かなかったんだ。だが今は思い出した。……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()

「? どういう意味?」


 ぼくの問いに圭は答えなかった。代わりに、尋ね返してくる。


「お前、昨日のあいつの話、どう思った。思い返してまた頭が痛くなったりしねえなら、だが」


 あいつ。たぶん昨日の夜、圭のパソコンをハッキングした男のことだ。


 頭の感覚を慎重に探りながら、そっと頷く。「……うん、いまは大丈夫、だと思う」


「そっか。なら、もう言うぞ。頭が痛みだしたらすぐ言えよ」


 圭はそう前置きして、言い切った。


「────────お前は、たぶん『メグ』だ」






 その名前を聞いた瞬間、頭の奥底で何かが光った。


 鮮烈で。凄絶で。でもそれだけの。理由も景色も分からない、どこまでも真っ白いだけの光が頭の奥底でバチン、と閃光を上げた。


 そっと息を吸う。


 大丈夫。落ち着いている。何かが光ったけど痛みはない。でも。


「……『メグ』って、なに?」


 分からない。知らない。身に覚えがない。


 昨晩の男も言っていた「メグ」という単語。ぼくの記憶は相変わらず何も教えてはくれない。


 圭も首を振った。「分からねえ。『メグ』って名前しか分からねえんだよ。色んなヤツが大勢考察してやがるが、ネットのどこを探しても答えがねえ」


 だがな、と圭はまっすぐぼくを見る。


「あいつも言っていたが、『メグ』って名前の付いた楽曲が確かにあんだよ、それも大量に。再生数はまちまちだが、200万再生(ダブルミリオン)超えの曲も一定数ある」

「じゃあ、その『メグ』は、歌手……?」

「まあ、それに近い存在ってのは確かだろうよ」

「そうねェ」と、リズも話に加わる。「投稿者は全員別々だし、タイトルには『feat.唄川メグ』って書かれたものが大半だもの。作曲者っていうより、歌手って考えた方が自然よねェ」

「だが結局そこ止まりだ」と、圭。「それ以外に一切の情報がねえ。МVは全部インスト曲で、声が入ってねえ。メロディや歌詞が無いのもザラだ。下手すりゃ、タイトルだけで再生できねえ動画もある。普通に考えてありえねえんだよ、そんな曲が再生数200万とか」

「まるで良くできたおとぎ話よねェ。ネットのコたちも、大半は都市伝説だとかステマだとか言ってるわァ」


 でも、と口を挟む。「2人は、そう思ってない……?」


 圭もリズも、言葉とは裏腹に信じているようには見えない。どこか他人事のような言い回しで。


 案の定、圭もリズも口を揃えて「思ってねえ」「思ってないわねェ」と言った。


「どうして?」

「……俺らが『ピー』だからだ」

「ぴー?」


 首を傾げると、リズはガラスコップに口を付けながら微笑んだ。中の氷がぶつかり合って、カランと澄んだ音が響く。


「そ。『プロデューサー(Producer)』の頭文字で『P』。まァ、大半のコは個人で音楽作ってるだけだから、言うほどご大層なものではないのダケド」

「音楽を作る、プロデューサー、ってこと?」

Exactly(イグザグトリィ)♪」リズは軽快に指を鳴らした。「だから、この『メグ』の件に関してはネット上のコたちよりも更に当事者ってワケ」

「……音源が、手元にあったからな」

「そう! そうなのよォ!」


 圭の言葉にリズも激しく頷いた。


「ホントびっくりしたわよォ! 何しろアタクシ達自身も作った覚えがないんですもの。いつの間にかデータはあるし、投稿もしちゃってる。なのに()()()()()()()()()()()()()()()。危うく部屋で一人で『パゥワー』しちゃうところだったわァン!」

「ぱ、ぱぅわー……?」

「……こいつの語彙力は真に受けんな。ゲシュタルト崩壊するから」


 ともかく、と咳払いをする圭。


「リズの言う通りだ。他のやつら同様、俺らも覚えてねえんだよ。『feat.メグ』って自分でタイトルに付けておいて、何ひとつ思い出せない。あの感覚は俺たちにしか分からねえかもな。ある日を境に、記憶にねえ完成曲が大量に見つかるなんざ、はっきり言ってホラーだ。……それに」

「それに?」


 圭は少しの間、自分の手のひらに視線を落とした。懐かしむような、でもどこか辛そうな、そんな視線を。


「俺らの手元にあった音源は適当な代物じゃなかった。メロディも、オケも、歌詞も、何もかもが俺の中身──いや、俺の望んだそのものだった。自分だからこそ分かんだよ。『ああ、これは生半可な気持ちで作ったヤツじゃねえ』ってな」

「……そうねェ」


 リズも優しい笑みを浮かべた。手元のコップを、まるで触れただけで砕け散るかのようにそっと両手で包んでいる。


「ケータちゃんの言う通り。ココロの煌めきを全部詰め込んで、アイを賭けて作ったものだって、聴いた瞬間はっきり分かったもノ。────だからこそ気付いちゃったのかしらねェ。『この曲には、絶対に欠けてはいけないはずの歌声(モノ)が欠けている』って」

「え……?」


 リズはまっすぐにぼくを見据えながら目尻を緩めた。


「『欠けている』っていうコトが分かった、って言えばいいのかしらァ。ドーナツの穴みたいなもの、とでも思ってちょうだい。ぽっかり空いた空間に何が在ったのかは知らないのに、ソレが無いという事実は分かる。アタクシの楽曲ちゃん達もそうだったわァ。ビートもドロップも、どれを取っても昂っちゃうほどシャイニィーなのに、致命的に何かが欠けているのよォ。シャイニィー半減どころか、アタクシの楽曲として成立しないって感じねン」

「それが、『メグ』の声……」

「ンフフ! 冴えてるわねキティちゃん」


 リズは優しく微笑みながら、そっと頬杖をついた。「そして、それは()()()()よ、キティちゃん」


 ────心臓が、跳ねる。


「ケータちゃんが言ってたことが今なら分かる。アタクシも、貴女の声を聞いた瞬間『コレだわ!』って直感した。アタクシの、『ジパンダ』のシャイニィーな楽曲に欠けていた最後のピース、それが貴女の声。……ンフフ、コレは確かに、実際に聞いたら直感するしかないわァ。きっと他のPも同じねン」

「『ジパンダ』?」

「アラ、先にソコを聞いてくれるのね? ますます好きになっちゃいそうだわァ!」


 それじゃ改めて、とリズは姿勢を戻して、斜め45度の角度からぼくにウィンクした。


「アタクシの活動名は『ジパンダ』。アルファベットで『ZIPANDA(ジパンダ)』ね。他にも名前はあるけど、コンランしちゃいそうだからまた今度。ああそうそう、呼ぶときは最初通り『リズちゃん』で良くってよっ!」


 「ZIPANDA」。リズのもう一つの名前。リズの、楽曲を作る時の名前。……あれ。


「じゃあ、もしかして、『ケータ』って、」


 そっと隣の圭を見上げる。圭は居心地が悪そうに、膝をゆらゆら揺すっていた。心なしかほっぺも紅い。まるで隠しておきたかった事がバレた時のようで。ぼくの視線に気付いて、ぶっきらぼうに叫んだ。


「…………俺の、名前だっ。アルファベットの『K』! サンズイに太いの『汰』! どうせ小洒落た名前でもねえ、だっせえ『K汰(名前)』ですよクソッタレッ!!!!」




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