間奏①
物心ついた頃から、鏡というものが嫌いだった。
父も母も接客業に携わっていたからか、うちの家は比較的鏡が多い方だったと思う。洗面台はもちろん、姿見や三面鏡、コンパクトに化粧台。手近な鏡を覗き込み、常に身なりを意識する。他人に変な気を向けられないよう身繕いを欠かさず行なう。
髪型。服装。表情。姿勢。糸くず。埃。皺。メイク。
そんな二人の背中を見ていたにもかかわらず、一人、鏡から逃げ回っていた。
どうせ不細工。どうせ惨め。どうせ凡人。
取り繕ったって、それが本心じゃないなら化けの皮だ。無理やり笑顔を浮かべたって、それが嘘なら猫かぶり。友達が出来ないのは自分のせい。自信が無いのは自分のせい。
素を好きになれないのだから鏡なんて邪魔だ。
人は自分の姿を自分の目で見ることが出来ない。だからこそ鏡に頼る。
右と左さえ満足に映さない紛い物に頼る。くだらない。馬鹿馬鹿しい。
────結局、天邪鬼にそう嘯いているだけだった。
だって。映し出される正反対の自分は、正反対のくせ、どこか自分の本性のようで。その矛盾に、青くて軟弱な心は耐えられなかった。
鏡が嫌いだった。紛い物しか映さないのに己を顧みることを強要する鏡が嫌いだった。
鏡の前に立つことに恐怖すら感じた。歯を磨くときでさえ、洗面台の前に一秒たりとも立っていられなかった。どうしようもなく無様で、けれどどうしようもなく現実としてそこに在る自分を映されることに、ある種吐き気すら覚えた。
みんな綺麗。みんな主人公。みんな天才。
鏡に映る■■以外は。
だから。だからメグが羨ましかった。
望んだとおりに歌ってくれる。願った通りに笑ってくれる。
──自分の卑屈さを歌ってくれる。自分の醜さにかかわらず笑ってくれる。
錯覚だろうと、気の迷いだろうと、そう思えた。そう思えてしまった。そんな不純な感情で始めたことだったのに。いまや、想定していなかったほどの人に曲が聞かれている。曲ひとつでたくさんの人が盛り上がってくれている。
メグは歌う。不細工で惨めで凡人な一人の人間の想いを、歌ってくれる。大勢の人達の前で、堂々と、キラキラと、歌声を響かせる。
そして振り返る。顧みる。メグが────■■の想いが、■■を振り返って、
そして、鏡の中の自分と目が合う。