K汰 - ノンストップフレンズ
不思議な夢を見た。
どうして自分でそう思えたのかは分からない。でも、絶対にこれは夢だ、とぼくには思えた。
アサヒから借りたものとは違う服を着て、白い世界に一人、浮いていた。
ぼくはそこで顔を上げて、にこやかに口角を上げて、誰もいない空間に向かって、
誰かに向かって言うのだ。
『こんにちは、私は■■■■■■────────』
一瞬、自分が目を開けていることに気付かなかった。
目の前の白い世界が天井だと分かって、それを見ているぼくは目を開けて横になっていて、だからこれは夢じゃない、と理解できてようやく、さっきまでの光景が夢だったと分かった。
白い天井と白い世界。現実と夢。それぞれがリンクしそうで、でも錯覚で。目を開けているのに、夢の名残が尾を引いてる。胸の奥で感じているこれは、懐かしさ、だろうか。でもその反対に、ほっぺは涙で濡れていた。
ほっぺを拭う前に手を伸ばすと、天井に手が届いた。
────ん?
もう一度手を伸ばす。固い天井をそっと指でなぞる。圭の部屋の天井って、こんなに低かったっけ……?
周りを確認しようとして寝返りを打つと、今度はピンクの枕が視界に映った。よく見ると、敷かれた布団も掛け布団も全部がピンクだ。枕元に置かれたぬいぐるみも。布団の脇を仕切りのように遮っているカーテン(?)も。全部が全部、ピンク色。
さすがにぎょっとして飛び起きた。けど案の定、低い天井にしこたま頭をぶつけた。
「~~~~っ!!」声にならない絶叫。
でも、その鈍い音のおかげか。
「アラ、起きたかしら?」
初めて聞く、野太い声が聞こえた。続けていつもの圭の声もする。
「! おい、大丈夫か? 無事か!?」
「チョット、ケータちゃん落ち着きなさいな。キミが騒いでどうするのよ」
誰だろう。アサヒの声じゃない。おぼろげだけど、あのパソコンから聞こえた男の声とも違う。というか、もしかして、
ここ、圭の部屋じゃない────?
すると、脇のカーテンがスッと開いた。少し眩しい。その隙間から顔を出したのは。
「…………ったく、意外と元気そうじゃねえか」
圭だ。
圭の顔を見た瞬間、急にいろんな感情があふれ出した。自覚できないほどたくさん、大量に感情が押し寄せて、気付いた時には圭に抱き着いていた。
「……ち、ちょ、おおおおい待て待て待て何だどうしたっ!」
圭はなぜか動揺したような声を上げているけれど、身体は止められなかった。圭の首の後ろに手を回して、離したくなかった。圭のあたたかさが頬から伝わる。そのあたたかさだけで、心が安らいで解けていく。
「た、頼むから一回放せ、バ、バランスとかやべえから、そ、その他いろいろっ!」
「ごめん、ごめんなさい圭、でも、もうちょっとだけ」
「分かった分かったまじで分かったから頼むからほっぺスリスリ止めろおぉぉぉっ!」
すると、また「ンフフ」という低い笑い声が聞こえた。
「アラやだ、お熱いこと! そんなにラブラブだったなんて、ケータちゃんも隅に置けないわぁ」
「テンプレ言ってねえで止めてくれ!」と圭。
「それこそ御免こうむるわぁ。世界にまた一つアイが産まれた瞬間! 嗚呼、なんてシャイニィー!」
「なんで俺の知り合いにはイロモノしかいないのか!」
圭が悲しげに絶叫している間に、ぼくの心も少しずつ落ち着いてきた。腕の力をそっと緩めると、圭も少し呆れながらため息をついた。
「お前なぁ、すぐ抱き着くんじゃねえよ。ガキかよ」
「ご、ごめんなさい」
「ったく。……調子はどうだ。頭は、まだ痛えか?」
ぼくはそっと首を振った。「ううん、大丈夫。今はどこも痛くない」
「なら良い。心配させんじゃねえよ」
「うん。圭は大丈夫? 顔が赤い。熱がある?」
「誰のせいだと……っ!!」
震える拳を抑えるように圭は一度深呼吸をした。それから改まったように真剣なまなざしでぼくを見た。
「まず、お前に謝んなきゃなんねえ」
「謝る……?」首を傾げるぼく。
「一つ目に、昨日の夜は変なヤツに絡まれちまった。お前に負担をかけちまった」
ぼくは首を振る。「それは違う。あの男の人は、圭のせいじゃない」
「いや、俺の責任でもある。それはまた後でおいおい説明する。それから二つ目、お前に相談せずにあの部屋を出ちまった」
「圭の部屋のこと?」
「ああ。あの男にパソコンをハックされた以上、あそこはもう安全じゃねえ。お前が現状あそこでしか落ち着いて暮らせねえとしても、あそこに居座る方がリスクがでか過ぎる。だが、お前の承諾なしに環境を変えなきゃいけなくなったのは事実だ。……すまん」
頭を下げる圭。確かにいま、ぼくは心のどこかに不安を感じている。知らない布団。圭の後ろで聞こえる知らない声。知らない天井。知らない匂い。全部が不安定で、不確定で、背筋が少し冷たい。気を緩めるのが怖い。
でも。ぼくは圭に首を振ってみせる。
「大丈夫。大丈夫だよ、圭」
「……無理は」
「してない。ぼくには圭がいる。アサヒもいる。二人がくれた言葉ある。だから大丈夫」
少し自分に言い聞かせているところもある。でも本当のことだった。圭がいてくれれば、ぼくの心はちゃんとあったかいままでいられる。
ぼくの瞳の奥をそっと覗き込んで、圭も安心したようなため息を漏らした。
「ま、無理すんなよ」
「……だから、してないってば圭」
「どうだか。お前、結構ガキっぽいからな」
不満で頬を膨らますぼくを横目に、そんじゃ、と圭が話を区切った。「お前が大丈夫なら、無理しねえ程度にあいつに挨拶してやってくれ。一応俺ら、衣食住全部貸してもらってる身だしな」
圭の視線を受けて、後ろに居た人がまた「ンフフ」と笑った。
「ようやくアタクシの出番ってわけネ。こんにちは、可愛らしいキティ」
ゆるくカールしたブロンドの髪。彫りの深い顔。くっきり整った眉に長い睫毛。ブルーのアイシャドーとピンクのルージュ。そしてバリトンにも近い、低くて渋い声。
たくさんの音楽機材に囲まれながら、彼女(?)はその中心で優雅に脚を組み、ぼくに向かってウィンクをした。
「アタクシの名前は『エリザベス・シャイニー』。気軽に『リズちゃん』って呼んでちょうだい☆」