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Missing Never End  作者: 白田侑季
第9部 貪狼
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間奏⑥




 好きな食べ物は何ですか。


 幼い頃から、その質問に辟易していた。


 だからいつもこう答える。


 「ぜんぶ好き」。


 それに対する反応もいつも同じ。いつも変わらない、平凡な応え。


 「好き嫌いが無いなんてすごいね」。


 在り来たりだ。陳腐だ。表面的で薄っぺらい。


 違う。好き嫌いが無いんじゃない。だってそうだろう。食べれば何だって美味しいじゃないか。


 食卓に皿が並ぶ。食べたいものが食べたい分だけ並ぶ。


 鴨肉と野菜のテリーヌ。仔牛のレアステーキ。オマール海老のラグー。ショコラのシブースト。芳醇な香り。溺れるほどの甘み。


 "好きな食べ物"なんてなかった。"嫌いな食べ物"なんてどこにもなかった。区別も偏差もなかった。全ては美味しくて、嚥下するだけで満たされて、だからただ食卓に並べられたものを食べるだけで良かった。


 "食べること"が好きだった。


 ごてごてと着飾られた食卓と、犇めくようにテーブルへ敷き詰められた艶やかな料理が、全て口の中へと押し込まれていく感覚。清楚に整えられて、気品に満ち溢れた素晴らしい料理なのに、一度口に頬張れば、全てがぐちゃぐちゃなまま胃に詰め込まれていく。


 酸いも甘いも、苦さも塩気も、何もかも。煌びやかな物たちが、全て■■という存在の胃に収まっていく。


 その背徳感が。満ち足りた全能感が。


 たまらなく好きだった。


 それはいつしか、食物にこだわらることなく。


 誰かと食卓を囲むことが好きになった。誰かと関わることが好きになった。誰かの視線を受けることが好きになった。誰かに言葉を掛けることが好きになった。


 どんな食事も楽しかった。どんな味も嬉しかった。どんな会話も美味しかった。どんな視線も堪能できた。


 どんな相手も、どんな人間も、接してみれば何がしかの味はするのだから。酸いも甘いも苦さも塩気も。好意も嫌悪も依存も畏怖も。


 ()めば味がした。(かじ)れば味が出た。他者から向けられる感情は終わることのない咀嚼そのものだった。


 だからずっと続いて欲しかった。だからもっと食べていたかった。酸いも甘いも苦さも塩気も好意も嫌悪も依存も畏怖も執着も羨望も侮蔑も嫉妬も終わることなく止めどなく。■■に向けられたものは全て■■が食べて良いのだから。


 片端から食べた。並べられたものは全て頬張った。味が薄くなればもっと濃密に咬みついた。過剰なほどに揺さぶった。そうすれば、食い込ませた噛み跡からまた新たな味が滴り落ちてくれた。


 どんな形でもいい。どんな表情でもいいんだ。どんな関わり方でも、どんな方法を使っても構わない。


 繋ぎ止めて。ずっと並べて。お腹が空いたら何度でも齧って。味がしなくなるまで。逃がさないように。逃げられないように。


 だから。だからさ。


 ずっと君が羨ましかったんだよ、メグ。


 いつまでも赦されない君。どこまでも蔑まれる君。絶対的に許容されないバックボーンがある君。それでいて、いや、だからこそ執拗なまでに好かれている君。望まれて、縋られて、踏み躙られて、なのにずっと忘れてもらえなくて。


 恒久的に断罪される聖餐の犠牲。感情の捌け口にされる憐れな羊。なんて。


 なんて羨ましい。


 君に近付きたかった。君の傍に居たかった。君の隣で、君に向けられる感情を余すことなく喰らい尽くしたかった。


 ────ずっと、君に成りたかった。


 だって気付いてしまったんだ。君に出会って、知ってしまったんだ。


 全て食べたいのなら、まず自分が食べられる側に成ればいいのだと。


 艶やかに着飾って、喉から手が出るほどの存在になって、そうして過たず食べられて、喰い散らかされて。そうして涎を垂らしながらはしたなく貪るそのヒトを、今度は■■が食べればいいんだ、と。


 食べる側だけじゃなく、食べられる側に。その題材として「唄川メグ」という悲劇のヒロインに勝るものはなかった。


 拙い声を無理やり調えて。豪奢な音色でお洒落に着飾って。そうして作った楽曲は案の定、夥しい数のヒトの目に留まった。昔から、やれば大抵のことは出来た。そうして、君に向けられる好意が嫌悪が依存が畏怖が執着が羨望が侮蔑が嫉妬が、望んだものが望んだ分だけ■■の元へと並べられた。


 気付きは確信に変わった。確信は耽美に変わった。

"食べる側"だけで終わらない。メグを通せば、メグを使えば、■■は夢にまで見た"食べられる側"に。


 もっと欲しい。もっと喰べたい。もっともっと、ずっとずっと。


 純粋な振りをしたヒト達が、必死に煌びやかな振りをしたヒト達が、脇目も振らず、理性を失うほどにメグを叩いて嬲って貪って。本性という名の喉笛をいとも容易く差し出して。


 そんなヒト達を■■が横から平らげる。残さず綺麗に咀嚼する。酸いも甘いも苦さも塩気も好意も嫌悪も依存も畏怖も執着も羨望も侮蔑も嫉妬も。全部一緒くたに頬張って、全てをぐちゃぐちゃなまま胃に詰め込んでいく。須らく■■という存在の胃に収まっていく彼等。


 その背徳感が。その満ち足りた全能感が。そうすればもっと長く、そうすればもっとずっと。


 "好きな食べ物"なんてなかった。幼い頃からそうだった。でも、今はそれだけじゃない。もっと美味しいものが。もっと喰べ甲斐のあるものが。


 メグを使えば。曲を作れば。それが叶う。


 真っ白なテーブルクロスの上に広がる色鮮やかなレアステーキが。フォークでずたずたに切り裂かれた煌びやかなケーキが。■■をずっと好きだと縋ってくれるヒトが。■■をずっと嫌いだと軽蔑してくれるヒトが。軽蔑しながら逃れられないヒトが。どこまでも広がって。いつまでも並んで。そこらじゅうに、埋め尽くすほどに。


 終わらない聖餐に頭を(うず)めるように。


 だから、メグ。一緒に歌おう。一緒にみんなに見てもらおう。


 ずっと電子海(そこ)に居て。ずっと歌っていて。ずっと愛されていて。ずっと踏み躙られていて。ずっと傍に居てあげる。ずっと隣で見ていてあげる。君を使って、君を餌にして、そうして君に向けられる全てを共有しよう。大丈夫、ずっと一緒だよ。


 ほら、みんな来てくれた。今日もわざわざ来てくれた。さあ手を合わせて。ちゃんと祈って。そうして歓喜と共に召し上がれ。さん、はい。


 ────いただきます。




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