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Missing Never End  作者: 白田侑季
第8部 胎動
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K汰 - クレイドール




少数派(マイノリティ)……」


 つられて呟いたぼくに、リズがハッと顔を上げた。


「ごめんなさい、今のは悪かったワ。忘れてちょうだい」

「いや、悪くはねーと思うけど」


 賛同するように口を挟んだのはミヤトだ。


「日頃からバーチャルシンガーの曲に触れてる人間の数って、どーやっても世間一般からすれば少数派だからなー。もちろん、おれ達の感情は別としてだけどさ」

「そうなの?」思わず聞き返す。

「まーな。最近こそバーチャルシンガー界隈からメジャーデビューしたPとか歌い手とか増えたけど、それだって曲として流行ってるのは『ヒトが歌った曲』だろ。『バーチャルシンガーが歌った曲』が流行ってるわけじゃねーし。しかも、その中で『唄川メグが好きだー』って理由で活動してる奴なんて、」

「ミヤト……!」


 反射的にイツキが声を上げた。ミヤトの腕を掴んで、厳しい目を向けている。でもミヤトはイツキの反応を理解していたようで、そっと窘めただけだった。


「言っただろ、『おれ達の感情は別だ』って。さっきのは、あくまで数が多いか少ないか、っつー話だ。おれだって好きでここに居るんだし、メグを否定したいわけじゃねーよ」

「それは、分かるけど……」

「ミヤトの言う通りだ」


 再び圭が口を開く。


「現状、俺達はどこまでいっても少数派だ。それをわざわざ振り翳すつもりなんざ更々ねえが、俺達には少なからず『自分(てめえ)が少数派だ』っつう自覚がある。……だからこそ無視できねえんだが」


 みんなが俯く。みんなが口を閉じる。マキハルも、まだ一言も喋ってはいないけれど、とても辛そうな顔で拳を握り締めている。


 ぼくも圭の言葉で、その意味を少しずつ理解し始めていた。


 カルはこの動画を見たぼく達に突き付けているんだ。唄川メグの姿で、満面の笑みを浮かべて、でも確実にぼく達の心を抉るように。


 そしてカルは知っている。リズが目を伏せることを。イツキが痛みを堪えるように俯くことを。マキハルが奥歯を噛み締めながら拳を握ることを。ぼく達が傷付くことを。


 君達は少数派なんだよ。


 君達は日の目を見ないんだよ。


 そんな言葉を口にして、あげつらって、笑う。翻って理解できる、カルの言葉の真意。ぼく達に気付くように仕向けた言葉の裏側。


 「()()()()()()()()()」。


 次第にぼくの中でカルの輪郭がはっきりしていく。これまで聞いてきた彼の言葉を通して、その思惑が浮き彫りになっていく。


 やっと僕は唄川メグ(きみ)に成れる。君は要らない。唄川メグの復権。ぼく達を煽った、この動画。


 誕生からして許されない「唄川メグ」。そんなメグへ必死に手を伸ばすヒト。関わりを避けるヒト。全てを投げ打つ勢いで求めるヒト。嫌悪感を露わにするヒト。


 そんな膨大な数のヒト達の感情を、カルは全部平らげようとしている。自分がメグになることで、メグに対して沢山のヒトが抱く一喜一憂を全部自分のものにしようとしている。


 ────メグの全てを、みんなの感情を、その全てを玩具にしようとしているんだ。


 その時、追い討ちをかけるように再びピロン、ピロンと音が鳴った。でも今度は1つだけ。どうやらリズの通知音のようだった。パッとスマホの画面を確認したリズの表情がさらに翳る。


「……本当、嫌になるわネ」


 みんなの無言の視線に促されるように、リズがスマホの画面を掲げる。


「新曲の投稿ヨ。『マジギレP』と『アルノ カナエ』の、()()()使()()()()。セルフリミックスって銘打ってるケド、……コーラスとして参加してるのが」


 みんなの顔色が一瞬にして変わる。画面に映った製作関係者(クレジット)の一覧に、ぼくも思わず唇を噛んだ。


 〈Chorus:荊アキラ〉


 このタイミングで投稿された、メグを使った曲。そこにカルがコーラスとして、あるいはメグの声そのものとしてカルが加わっている。


 そして圭はその意味に気付いたようだった。溜め息混じりに頬杖を突く。


「────保険、か」

「"保険"?」


 不思議そうに復唱するノアへ、圭がフンと鼻を鳴らして答える。


「俺らに危機感を持たせてぇだけなら、さっきの動画で十分なはずだ。そんなら標的は俺らじゃなくリスナーかと言われりゃあ、それもまたしっくり来ねえ。わざわざコーラスっつう絶妙なポジションのくせに、手札の効力として薄すぎる。要するに、あの男が保険として賭けた別の一手だと考えんのが自然なんだよ。前回の俺らと似たようなもんだ、『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』ってな」


 圭の考察を聴きながら、傍らでスマホを取り出して自分でも検索してみる。投稿サイトが吐き出した2つの名前。「asoGi @ MK5P」と「歩野叶」。これがそれぞれの名前なんだろう。


 2人のPが投稿した曲には確かに「feat. 唄川メグ」の文字がタイトルに付いている。更には「self Remix」という単語もある。


 self Remix。文字通り、自分の曲を自分で再構成すること。つまり完全に新しく作った訳ではない。その曲に、まるでタイミングを見計らったかのようにわざわざ唄川メグを使用する辺りに、圭は引っかかっているんだろう。


「ま、結局本来の目的までは見えねえけどな。ただこれだけは言える。あんたらも知っての通り『マジギレP』も『アルノ カナエ』も元々メグ曲なんざ作ってねえ連中……、今回のメグの件に限って言やあ"完全な部外者"だ。それがわざわざ図ったみてえなタイミングで、使ったこともねえメグの音源でセルフリミックスを出す理由がねえ」

「……それじゃあ」

「ああ」


 ぼくの呟きを圭が拾ってくれる。「十中八九、その2人のPもカル──五重奏(クインテット)サイドの人間である可能性を視野に入れなきゃなんねえ、ってこった」


 部屋が重たい空気に包まれる。


 圭の言う通りだ。何故なら以前イツキに教えてもらった「五重奏」のメンバーは、イツキを含めて全部で5人だったからだ。


 五重奏。「唄川メグ」が電子海(ネット)上から姿を消した直後から、名前しか残されていなかった唄川メグを「実在した」と信じていたヒト達。数多くのPとコンタクトを取り、異能の詳細を自分達で調べながらも、それぞれの目的を持って活動している集団。


 メンバーは、(エス)Du(ドゥ)Tri(トリ)Quar(カル)Quint(クイン)


 トリ、カル、クイン(イツキ)の3人に関してはP名まで判明している。トリやイツキの話を聞く限り、ドゥというヒトも今回の2人でない可能性が高い。


 つまり「asoGi」と「歩野叶」のうち少なくともどちらか、あるいはその両方が元々五重奏に居たメンバーではない。今回新たに加わったヒトなんだ。


 それがカルの仕業なのか、それともエスの采配なのかまでは分からないけど。どちらにせよ、ぼく達が相手にしなきゃいけないヒトが増えたことに変わりないんだ。


 部屋が重たい空気に包まれる。「ったく」と圭が後頭部をぼりぼりと掻きながら、独り悪態をつく。


「思い付きの愉快犯みてえな態度のくせに、やってるこたぁ周到で狡猾とか。ほんと良い性格してやがる。……これ以上お膳立てされちまったら、正直詰むぞ」


 圭の言う通りだ。カルの言葉に揺さぶられて、けしかけられて、だけどいつの間にか、どの道に進んでもカルの手のひらの上でしかないような。じっくりと、ゆっくりと首を絞められるような。そんな感覚に苛まれる。それはみんなも同じだ、というのもそれぞれの表情を見れば自然と分かった。


 カルが送ってきた動画のこと。新しい勢力のこと。あと数日足らずで起こるであろう「最後の日」のこと。みんなの表情が暗いのも、みんなの口が重いのも、みんなの気持ちも、痛いほど理解できた。


 でも。


 カルの顔が脳裏に浮かぶ。綺麗で整った顔に広がる、よくできた笑顔が。嫌に明るい口調が。連ねられた大仰な言葉が。何食わぬ顔で、何気ない風を装って。全部分かっていて、笑う。


 カルによって踊らされるヒト達を楽しそうに眺めて、嘲笑うように。


 ぼくはようやく理解し始めていた。誰かを嘲るとはどういうことか。誰かを煽るとはどういうことか。それがどのようにヒトを追い詰めるのか。


 そしていま目の前にいる大切なヒト達が、どんなに苦しい顔をしているか。


 だったら。


 胸の前で拳をギュッと握る。握った拳の熱で汗が滲む。心臓が大きく拍動する。心の奥底に、今まで感じたことのないような情動がある。


 この焦がすような感情が、みんなが居てくれるからなんだと分かる。そうだ。


 ぼくは、黙ってちゃいけないんだ。


「────みんな」


 たとえ誕生からして赦されない存在だとしても。たとえ拙劣な声しか持っていない不出来なバーチャルシンガーだとしても。たとえぼくが、ぼく自身をそう思っていたとしても。


 みんながいる。ぼくに歌わせてくれたみんながいる。今ならそう思える。


 なにより、最後に見た白い夢の中で、メグはぼくを抱きしめながら言ってくれたんだ。


 「きみの声が、いつまでも、きみのものでありますように」。


 それならぼくは譲れない。譲ってはいけない。


 ぼくは、唄川メグ(メグ)を貶めるヒトを、唄川メグ(ぼく)に歌わせてくれたヒト達を弄ぶことを、断じて許してはいけない。


 他ならない、唄川メグ(メグ/ぼく)の為に。


 大きく息を吸う。ゆっくりと吐く。


 みんなの顔を見渡す。戸惑う顔、苦しそうな顔、痛みを湛えた瞳、真っ直ぐな瞳。それらをゆっくりと見渡して。


 そして覚悟を決める。




「ぼく、話したいことがある。みんなに聞いて欲しいこと。────みんなに手伝ってほしいこと」




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