K汰 - ザネリによろしく
〈『ケータ』、見ぃつけた〉
暗い部屋の中、煌々と光るモニターからそんな言葉が流れた。無邪気にからかうみたいな、そんな男の声で。
圭の動きは早かった。マウスをすぐさまカチカチッと動かして、通話ウィンドウの×ボタンをクリックした。
けれど。
〈んもー、酷いなぁ。初対面なのに塩対応すぎない? 友達無くすよ?〉
男の声は消えなかった。違う、矢印ポインタのすぐ隣に、再び通話ウィンドウが出ている。
「……なんで、」
〈なんで、って。見たら分かるじゃん。ウィンドウ消したってムダだよ?〉
圭は何度も何度も出てくるウィンドウを片っ端から消していく。そのたびに新しいウィンドウが開く。嘲笑うみたいに、煽るように、執拗に。何度も何度も。
〈アハハッ、なんかハムスターみたい! おもろ〉
「……ッ、何なんだよこれッ!」
〈んー、でもそろそろ飽きたなぁ。見た感じ『ケータ』もいい大人なんだろうしさ、そろそ〉
男の言葉は途中で消えた。圭がモニターの電源を切ったからだ。左側のモニターは死んだように真っ暗になる。圭は息も絶え絶えに画面の消えたモニターを睨みつけて、
〈────────そろそろ良い?〉
冷めた声が右のモニターから流れた。
〈もういいじゃん。はいはい頑張った頑張った。本題入るよ?〉
低く、呆れたような男の声。モニターを埋め尽くすほどに表示された、夥しい数の通話ウィンドウがあからさまで。圭は「クソッ」とキーボードを殴った。
「てめえ、ハッカーか……?」
〈んー、まぁそんな感じかも? いいねそれ! 今度からそう名乗ろっと〉
圭の行動を徒労だとでも言いたげに、声の男は軽く笑った。
〈ボク大体の電子機器なら何とかなるからさ。覗き放題だし探し放題だもん! この間も、他のPのパソコンからデータぶっこ抜いて晒してやったら、そいつめちゃくちゃ焦ってさ。『著作権侵害だ』『盗作だ』って喚き散らしてたもん。全然違うっつーの。てか、ボクがやったって気付いてない時点で、〉
「…………ハッ」
その時、唐突に圭が鼻で笑った。
「はいはい頑張った頑張った。で? 早く本題入れよクソガキ」
男は押し黙った。通話ウィンドウにはマイクの絵しか表示されていないのに、画面の向こうから男の怒気がはっきりと感じられるようだった。
少しして、モニターに新しいウィンドウが現れた。映っているのは、圭とぼくだ。驚いて身じろぎすると、映ったぼくの肩もビクッと跳ねた。そっと圭の背中に身を寄せると、画面のぼくも圭の服をつまみながら後ろに隠れた。
〈────黙って聞くのはそっちなんだよ。次歯向かったら、おまえらのこと全世界にライブ配信してやる〉
「……てめえの用件はなんだ」
〈黙って聞けって言ったじゃん。女連れた変態だって世間に身バレしてもいいの?〉
神経質そうに圧をかける男。圭は動きを止め、でも険しい顔で画面を見据えていた。
〈ぼくは、おまえ本人になんか一ミリも興味ない。ただ知りたいだけだ〉
「俺が知ってることならな」
〈知ってるさ。……いや、気付いてるはずだ〉
そして、男は言った。
〈『メグ』について〉
────────次の瞬間、殴られたような痛みが走った。
「…………! ……っ、ぁ」
ズキ、ズキ。ズキ。ズキ。頭に響く痛み。激しい耳鳴り。
〈引きこもりじみたおまえでもそれくらい知ってるだろ。いまネットでは『メグ』の話題で持ちきりだし〉
痛い。痛い痛い痛い。ズキズキズキズキ。なに、これ。でも、男の声は、はっきりで。
〈『メグ』って名前の付いた曲が大量にある。それにどれも、それなりに再生数が高い。それなのに誰も『メグ』が何かを知らない。絶対何かあるって思うのが普通だろ〉
痛い。イタイイタイ。遺体。割れる。イタイ千切れる。知、ギれる。頭が、頭が痛い、
〈都市伝説だとかステマだとか騒ぐ奴しかいない。最初はみんな面白がってたのに、もうみんな飽きてる。そりゃそうだよね、探す方法もないから騒ぐしかないんだ。でもボクは違う。ボクなら調べられる。だからおまえだ、『ケータ』。おまえの曲には全部『メグ』の名前があった。おまえも結構DМとかで訊かれたんじゃない?〉
ケータ。ケータ。アサヒが呼ぶ、声の男も、だれ、痛い、圭、たす、け、
〈ボクもいくつか『メグ』曲を投稿してたみたいだけど、自分のチャンネルに履歴があるだけだった。それにボクのパソコンにあったんだ、覚えのないデモが。だから、おまえなら、〉
「……おい、どうしたお前、おいしっかりしろッ!」
「…………ぁ、ヶ、けぃ、………た、 」
圭が、男の話を遮って、ぼくの肩を抱く。あたたかい手、圭。ごめん、だんだん聞こえ、なく、
〈ちょっ、ちょっと、その子どしたの、大丈夫?〉
「………………黙れ、失せろ」
〈! だ、ダメだ。まだ話は終わって、〉
声が聞こえたのはそこまでだった。
────バキッ。
耳を劈く音。飛び散る破片。ぶつ切れる光。画面中央の激しいヒビ。
独りでに歪んで壊れるモニター。
それを疑問に思う間もなく、ぼくの意識は痛みに塗りつぶされ、そして途切れた。
意識の底は、夜よりも暗い、真っ黒だった。