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Missing Never End  作者: 白田侑季
第8部 胎動
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℃-more - 嘘憑きロードショー




「面会は10時からなんじゃねーの?」


 ふいに声を掛けられ、足を止めた。仕方なく声の元を振り返ると、ベンチに腰掛けていた青年と視線が合った。その見覚えのある顔つきに、自然と溜め息が漏れる。


「おまえ達兄妹は随分と他人の先回りが好きらしい」


 オレの言葉に青年が──「ミヤト」と言ったか──が眉根に皺を寄せ、抗議の声を上げる。


「好きでやってんじゃねーですよ。あんた、あれから1回も連絡よこさねーんだもん。おれがどんだけ探し回ったと思ってんだっつーの」

「勝手に探し回ったのはおまえの方だ」

「もうちょい他に言い方ねーの……? おれ何かした……?」


 呆れ気味に顔を曇らせるミヤト。


 周囲に人の気配はない。病棟入口前のロータリーに待機しているタクシーも数える程だ。付近にはパステル調の緑地エリアが広がっているが、ベンチ前のオレ達の会話を除いて、聞こえるものと言えば蝉噪だけだ。湿気を含んだ暑気。夏の気配。嫌悪感すら覚えるほどの快晴。


 その只中でもミヤトは、暑さには慣れている、とでも言いたげに、身に付けたリストバンドで軽く汗を拭った。「まぁいーや。それで? さっきの質問の答えはどーなんだ?」


 ミヤトが顎をくいっ、と向けた先。オレ達がいるベンチから斜向かいに見える病棟の入口は、確かにまだ閉まっていた。2枚ある自動ドアの真ん中に「面会は10時から。お急ぎの方は救急外来まで」と書かれた立札が孤独に佇んでいる。


 だが。なぜそこまであからさまに尋ねる必要があるのか。


 フン、と鼻を鳴らしてみせる。


「こうして先回りしているのなら、ある程度予測がついているのだろう。事細かく説明する必要などないと思うが。──特に」


 そう言って背後を振り返る。オレの背後、数メートル離れた植え込みに生い茂った常緑樹。その影に溶け込むように()()はいた。いや、オレが此処へ来る前から身を潜めていた。


「人を無断で尾行するような輩なら、尚更だと思うが」


 病院の敷地を囲むベージュの塀と植え込みの間、常緑樹の木洩れ日に同化するように、色合いを変えた1匹の"羊"の人形が顔を覗かせ、こちらを窺っていた。


 あーあ、とミヤトがぼやく。「ま、そりゃバレるよなー」


 観念したようなその声と共に、"羊"の人形はボロボロと崩れ去った。人形との接続を切断したのだろう。人形は一瞬で、樹の根元に土くれの山を築き上げる。


「バレないと考える理由がない。昨日から同じような人影が周囲でちらついていれば嫌でも目に付く」

「ハァ!? なんだよー、昨日から気付いてたんならLINEの返信ぐらいしろよー。おれ、ここまでしなくて良かったってことだろ?」

「他人を尾行するような輩と会話をしたいと思うか。それも人形だけでなく、わざわざおまえ自身まで出張ってくるなど。度し難い」

「しょーがねーだろ。おれの異能の範囲はちょー狭いの、あんたと違ってな。ほぼ"羊達"に付きっ切りで動かないといけねーおれの気持ち、考えたことあんのかよー!」

「知ったことではない」


 ベンチから勢いよく立ち上がったミヤトから、ブーイングの嵐が巻き起こる。が、特段考えてやる義理もないだろう。


 ミヤトの異能については、一昨日の晩に"Quint(クイン)"から聞いていた。彼女がまだ『五重奏』に加入していた頃、「知り合いの歌い手にも異能が発現した」と情報提供してきたことがあったが、ミヤトの異能の詳細はその時の内容と完全に一致していた。


 歌い手・獅子宮(ししみや)。その異能は、生成した人形をほぼ無尽蔵、かつ自由に使役できる、というものだ。彼が歌った【ヒツジサイバン】が元であることは容易に想像がつく。そして彼が歌い手であるが故に、オレ達Pが等しく抱えている「代償」という概念が存在しない、ということもおそらく確定だろう。異能が発現した他の歌い手からも情報を得ている、まず間違いは無い。


 ただし、異能を所持した歌い手は「代償」が無い反面、「制限」が非常に多いことも特徴の1つだった。クインの分析によれば、ミヤトの「制限」要素は──生成材料・生成総数・生成形状・使役方法・使役範囲・修復下限──の6つ。先程ミヤトがぼやいていた「範囲の狭さ」は、使役範囲の制限のことだろう。結論、ミヤトは生成した人形から完全に離れることができない。常に人形に追従しつつ操作する必要がある。


 昨日、行く先々で"羊"とともに彼の姿を見たのはその所為だ。朝から晩まで、至る所で人形とともに付いてきた。進路を変えようと、目的地を変更しようと、視界の隅で執拗なまでにちらつく人形の姿を気付かない方がおかしい。第一、その理由が「LINEに返信しないから」というのも理解に苦しむ。


「おまえは暇なのか」

「……受験生に向かって唐突に酷い物言いしねーでくれます??」

「酷い、の基準が不明瞭だ。連絡に対する返信が無いから、とストーカーするおまえは"酷く"はないのか」

「ストーカーやめろって……。てか、一昨日決めたじゃねーか、『一緒にドゥさんを探そう』ってさ!? せっかくなら仲良く探そうとしてるおれの気持ちはどーなんだよ!!」

「おまえの気持ちが"Du(ドゥ)"の捜索と関係があるのか? 何より、勝手に付いて来ようとしているのはおまえ達の方だろう。情報共有さえ出来れば、特段"仲良く"する必要など無いと思うが」

「そりゃ、そーだけどッ!! けど……、」


 そのとき、突然ミヤトが黙り込んだ。


 考え込むように視線を落とす。行き場を失った手は空を掴むように。そのまま再びストン、とベンチに腰を下ろした。人の気配のない緑地エリアに、思い出したように蝉噪が戻って来る。


 しばらくして、ミヤトがぼそり、と口を開いた。


「…………いや。あんたが嫌だったなら、謝る」

「なんだ。強引な自論の次はしおらしい態度か。忙しない」

「うるせー」とミヤト。「…おれだって、色々反省してんだよ。最近な」


 張りのない独り言じみた声のまま、ミヤトはベンチの背凭れに背中を預け、頭上を仰いだ。茹だるような暑気。蝉噪と夏日差し。


「おれのその"強引な自論"が、トリさんの感情を上塗りしてるんだったら。もう付きまとわねーからさ」


 頭上の夏空を眩しそうに、どこか虚しそうに見上げるミヤト。その瞳に何が映っているのかは読み取れなかった。興味もなかった。


 だが、その色が。瞳に残った感情の揺れが、ふと彼の妹を思い起こさせた。


 溜め息混じりに呟く。「やはり、おまえ達兄妹は似た者同士か。面倒なことこの上ない」


「……面倒、って」

「なるほど。自覚が無いのも考え物だな」

「だからどーいう、」

「では聞くが」


 ミヤトの言葉を遮って問う。「第一に、何故昨日オレを呼び止めなかった? 人形を通じて物陰から尾行するばかりで、強引に引き止めなかったのは何故だ。何より、オレが"ドゥ"の居所を知っていると踏み、同行を志願したのはおまえだった筈だが、あれはオレの記憶違いか?」


「……それは」

「第二に。何故おまえが率先して行動する? 五重奏(クインテット)のメンバーでも無かったおまえが、妹であるクインを差し置いてまでこの件に固執する理由はなんだ?」


 またしても黙り込むミヤト。まったく。


「まあいい、別に答える必要はない。おまえの答えに興味もない。おまえ達兄妹の我儘にほとほと呆れたまでだ」

「そんな言い方……!」

「他に言い方があるか? 『好きにしろ』と言った言葉すらまともに取り合わないのなら、我儘と言う他ないと思うが」

「……ん?」


 そのとき、ミヤトが首を傾げた。「あんた、この前の夜『好きにしろ』って言ってたの、アレ本気だったっつーことか?」


 今日何度目かの溜め息を吐く。何故いちいち言語化しなければならないのか。


「最初からそう言っている。"仲良く"する義理は無いが、情報を共有する人手が増えれば"ドゥ"を発見する確率が上がるのは自明だろう。単なる効率の問題だ。それを曲解し、無断で尾行するなど迷惑極まりない」

「…………あんた、よく"言葉が足りない"って言われねーか?」

「それがどうした」

「図星かよ……」


 にしても、とミヤトがこぼす。手のひらで顔を覆う、その端から隠し切れない安堵が垣間見える。


「良かった。おれ、あんたに嫌われたわけじゃねーんだな」

「いや、おまえのことは好かん」

「なんでそんなに愛想ねーの?」


 とにかく、と立ち上がるミヤト。「あんたがそう言うなら、いーぜ。"仲良く"すんのは置いといて、情報共有しようじゃねーの。まずはおれから。あんたの質問の答えだが、」

「要らん。おまえがどう答えようと」

「いーから聞けって。ちゃんと"情報共有"だからさ」


 せっかちめ、とぼやくミヤト。そのげんなりした表情のままビッ、と親指を自身に向ける。


「まず。昨日あんたを呼び止めなかったのは、確かにおれが日和ったからだ。あんたに嫌われんじゃねーかな、ってさ。でもそれはもういい。そんで、おれが率先して行動すんのは、やっぱりイツキのためだ」


 一瞬ミヤトの視線が遠くなる。瞳の奥が陽炎のごとく揺れる。


「正直おれは『メグ』自体にそこまで興味ねーの、昔も今も。『ヒツジサイバン』歌ったのも、たまたま曲が良いと思ったからだったし。おれが歌い手始めた頃から『唄川メグ』は厄ネタ扱いだったから、あんまり関わりたくねーって思ってたしさ。それでもイツキは、『メグを助けたい』って言ったんだ。メグを探す途中で出会った『ドゥさん』とやらも助けてーって言った。だからおれは今度こそ、あいつの意思を尊重したい」


 そのとき、陽炎のごとく揺れていたミヤトの視線が何かを捉えた。芯の通った光が瞳の奥に灯る。


「それにさ、あんな過去を見せられたんだ。もう『あいつ』を知っちまったんだ。メグじゃねー『あいつ』が、自分なりに歌う努力をしてんのも知ってるし。このまま見過ごすのは気分よくねーだろ、って。そんだけ」


 そこでミヤトは口を閉じた。どうやら終わりのようだ。なるほど。


「それが、昨日1日"人形"を使ってオレを尾行し続けた理由か?」

「なんでまだ蒸し返してーの、その話題?? ……あーあー、そーですよ。昨日1日あんたを()(まわ)したら、このマジだるい暑さの中、ずーっとこのベンチで病棟見上げてたから、"ドゥさん"ここにいるんじゃねーかなって、ここで待てばあんたが来るんじゃねーかな、ってそー思ったワケだ文句あるかっ!!」


 一息でまくし立てたミヤトの、ぜぇぜぇという息切れが、誰もいないロータリーに虚しく響く。


「こ……、これ、で、全部だ。ほら、今度はあんた、が、言わねーと、な」

「なんだ、今ので終わりか。大した理由では無いな」

「あんた友達いねーだろ」

「必要としていないだけだ」

「それ。それ友達いねーヤツの台詞」


 ふぅ、と溜め息を吐く。それから、いじけるミヤトへ向かって告げる。




「────以前、ここに入院していたことがある」




 一瞬、ミヤトが呆気にとられる。「……は? え、入院って。あんたが? "ドゥさん"が? どっか悪いのか?」


「いや。オレも"ドゥ"も治療の必要はなかった。入院の理由は『代償』だ」

「『代償』って、あんたらの異能の……? まあ、その"ドゥさん"の方は話聞く限り分からなくもねーけど、でもあんたの代償は確か『死亡不全』で……、あ」


 そこでようやくミヤトは思い至ったようだ。途中まで口に出してしまったとでも思っているのか、バツが悪そうな表情を浮かべている。


「別に閉口することでもない。『代償』確認の為に自主的に試したに過ぎん。気を遣われる方が却って迷惑だ」

「それ余計ダメじゃねーの……?」


 ミヤトの要らぬ心配を余所に、病棟の外壁を見上げる。真っ青な空に映える白い病棟。痛みを伴うほど照り付ける日の光と、それを反射する窓ガラスの群れ。窓ガラスに映る入道雲、執拗に鳴く蝉、噎せ返るほどの湿気を帯びた熱波。


 そうした光景の何もかもがあの時と異なっていて。


 ここに搬送された日──"ドゥ"と出会ったあの日が、まるで遠い過去のようで。




 6月上旬。今より2ヵ月ほど前。


 記憶を取り戻した今ならはっきりと思い出せる。5月中旬に起きた「唄川メグ20周年生誕祭(アニバーサリー)」事件、その直後に「唄川メグ」はネット上から姿を消し、現実世界の人間の記憶からも抹消された。だが思い返せば、せっかく自己抹消できたであろうメグが「虚数の歌姫」としてすぐさま掘り起こされるとは、何とも皮肉だ。誰も彼もが、我先に、と愚にもつかない暴論や世迷言を繰り広げていたのもその時期だ。


 だが6月にも入ると、ネット上での「虚数の歌姫」の騒ぎは最早収束しつつあった。記憶が消失した要因の一端が自分達にあるとも知らず、「最古のバーチャルシンガー」だ何だ、と囃し立てていたネットの連中は、そのくせ何の追加情報もないことに飽き飽きし、別の話題に興味を移していた。


 それはさながら有名人の訃報と同じように。朝の報道ニュースや急遽差し込まれる追悼番組など、あれほど放送しておいて。ネット記事を拡散させては、ご冥福を祈っておいて。1ヵ月も経てば大抵の人間は記憶から消していく。良くも悪くもそれが現実で、良くも悪くも有名人は他人だ。「唄川メグ」も例外では無かった、それだけの話で。"6月上旬"とはそんな頃合いだった。


 "ドゥ"と出会ったのはその頃だった。夜の病室を抜け出しては、寝静まった病棟隅の一角にある窓ガラスに貼りついて、夥しい数の水滴に歪む眼下の街を眺めていた時。同じく病室を抜け出し、何かとオレを構ったのが"ドゥ"だった。


 見回りの看護師に気付かれないよう、静かに、穏やかに会話するようになったオレ達。その会話の中でオレは、彼女が「唄川メグ」を探すグループに加入していることを知った。あの頃は「五重奏」などという陳腐な名前ですらなく、より感性に乏しいグループ名だったが。


 それでも彼女はオレを誘った。オレが「℃-more」だと知った彼女は、自分も「櫻子」だと明かした。それなら尚更貴男(あなた)も入りましょう、と。


 貴男にも、探したい誰かが居るのでしょう、と。




「へぇ、それであんたも加入したのか」話を聞いていたミヤトが頭の後ろで腕を組む。「でも、ちょっと意外だな。あんた、その時は『メグ』が現実にいるだなんて信じてなかったはずだろ? それなのにあんたが参加するとは思えねーんだけど。それとも、あの伝説の『櫻子P』に誘われたからか?」

「いや。オレが加入したのは、単に彼女が心配だったからだ」

「"心配"?」


 ああ、と答える。その時の彼女の横顔を思い起こす。夜梅雨(よつゆ)に煙る眼下の街をぼうっと眺めながら語る、彼女の横顔を。




「彼女の──"ドゥ"の目的が『唄川メグ』そのものではなく、『()()()()()()()()()()()』だったからだ」

「…………は?」




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