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Missing Never End  作者: 白田侑季
第8部 胎動
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K汰 - ペールキッチン




 イヤホンを外したアサヒが、ふぅ、と溜め息を吐く音が静かな部屋に響いた。


「……それで? ボカロPじゃないただの絵描きである私に、どんな感想を求めてるの?」

「ハッ、随分な言い草だな」


 圭は床にあぐらをかいたまま、腕を組んだ。


「あんたの言う通り、別に専門家じみた感想なんざ求めちゃいねえよ。技術的なアドバイスが欲しけりゃあんたじゃなく、そこらの"MIX師"でも捕まえて聞きゃあ良い」

「余計に分からないわね」冷静に返すアサヒ。「それじゃあ本当に何で私を?」


 そこで圭は「そうだな……」と顎に手を添えた。少しの思案の後、スッとアサヒの瞳を見据える。


「率直に言って──この曲のMV、描きてえと思うか?」


 圭の言葉に、横で聞いていたぼくは内心首を傾げた。描きたいかどうか? 音楽の話なのに、どうして圭はそんな風に訊くんだろう?


 けれどアサヒには圭の意図が伝わったようだった。伝わった上で、どこか揶揄(からか)うように苦笑いを浮かべる。


「私がもうイツキとミヤト(あの子達)のMV制作に関わってるの、圭くんも知ってるでしょう。大事な作品描いてるときに別の絵を描けるほど、私は器用じゃないわよ」

「掛け持ちしろ、なんざ言ってねえよ。分かんだろ。あんたが『描きてえ』と思えるほどの曲か、って聞いてんだ」

「何で私基準なの?」

「あんたも記憶戻ったはずだ。俺は『カルタヘナ』のMV描いた『絵師ヒロアキ』に聞いてんだよ」


 その時、ようやくぼくの頭の中でも繋がった。圭の意図していること。


 「カルタヘナ」。圭がリズと一緒に作って、アサヒに絵を描いてもらった楽曲。そして思い出す、以前3人と一緒にいた時に聞いたあの話。リズの言葉。


 ──お互いのコンセプトはそれぞれ違うのだけど、相手の作風は個人的に好き同士なのよォ。相思相愛ってヤツかしらァ


 圭とアサヒの顔をそれぞれ見やる。圭はMVを描いたアサヒの絵の技量を信頼しているんだ。心の底から認めているんだ。だからこそ、アサヒが自ら「描きたい」と思えるほどの、アサヒの創作意欲が溢れるほどの楽曲かどうか。圭はそこが聞きたいんだ。


 乱暴な口調とは裏腹に、真っ直ぐな圭の視線。


 そんな視線を静かに受け止めたアサヒは、再びそっと息を吐いた。


「それじゃあ単刀直入に」




「────()()()()()()()()()()()

「……え」




 思わず声が漏れる。呆気にとられる。唖然とする。


 アサヒが、描きたいと、思わない──


 でも圭は隣でぼくの肩を掴んだ。それからそっと首を振る。「違えよ、多分な」


 「ええ」とアサヒも頷いている。「圭くんの言う通り。『描きたいと思うか』って聞かれればもちろん答えは『ノー』よ。だけど、もっと正確に言えば『描ける気がしない』の」

「描ける気がしない……?」


 そう、とアサヒは音源の映し出されたモニターを人差し指でなぞる。


「この曲は音に"広がり"がある。狭いライブハウスとかじゃなくて、もっと広い……、例えば誰もいない海岸とか、見渡す限りの草原の上とか。そんな場所で聴いているような感覚にさせる曲だと思った。アナタも、そう感じながら歌ったんじゃないかしら」


 ハッとした。


 そうだ、圭から音源を貰って初めて聞いた時、思ったんだ。音もなく吹き荒れる風。誰もいない景色。だだっ広いその真ん中に、独り立っている。そんな感覚を。


 だから歌う時もイメージした。景色を、空間を、"広がり"を。


 それをアサヒも、曲を聴いて感じたんだ。


「もちろん『描いて』と言われれば私なりに描くし、ある程度のモノには成るでしょうね。でもそれまで。この曲に含まれてる"広がり"を私のイラストが狭めるし、閉じ込めてしまう。アニメーションでもきっと同じでしょうね、曲に対する奥行きと見合っていない。この曲をMVにするなら、いっそ"実写"じゃないとしっくり来ない。そう言うわけで、私は『描きたいと思わない』。曲の世界観をぶち壊すイラストなんか描きたくないもの」

「アサヒ……」


 ぼくの顔を見たアサヒが、ふふっと苦笑いする。「巧く説明できてなかったらごめんなさい。この曲が好きじゃない、って言ってる訳じゃないの。表現方法の方向性(ベクトル)が違うだけ。……本当に凄いわよ、この曲」


「ほんと?」

「本当本当」


 アサヒはモニターの前を離れ、ぼくの隣に腰を下ろし、宥めるように顎をぼくの頭の上に乗せた。


「やっぱり凄いわ、アナタの歌声。少し掠れてるのに柔らかくて、伸びがある。落ち着いているのに、聴いてるこっちを突き離さない安心感がある。イツキとミヤトが作った曲もそう。アナタの歌声を聴きながら作業してるのよ、私。想像力が広がるって言うか」

「ア、アサヒ、もう、いい、大丈夫だから……」


 アサヒに褒められるたび、アサヒに撫でられるたび、心の奥底がムズムズする。こそばゆくて、息が上がって、頬が熱くなるのが自覚できる。


「……あらやだ、照れちゃった?」

「て、"照れ"って、なに?」

「やーん、やっぱり可愛いわアナタ! もっとよく顔見せて、網膜に焼き付けて後で完璧に描き切ってあげるから!!」

ふぁ()ふぁふぁいっへば(アサヒってば)……」


 ぼくの頬に柔らかく手を添えるアサヒ。その手から抜け出そうとモドモドしていると、アサヒは今度は圭に視線を向けた。


「それにしても圭くん、こんな曲も作るのね」

「ンだよ。不満か?」

「何でそう卑屈になんのよ……。単に意外だっただけ。これまで『K汰』くんが作ってきたどの楽曲とも違う。もはやギターもほとんど入ってないじゃない、この曲」


 ああ、と圭は得心顔でモニターの前に戻った。片手間に今日何度目かの微調整を始めている。


「元々今回はそいつの歌に合わせる予定だったからな。ピアノと弦楽器(ストリングス)をメインにして、後は声に軽く反響(リバーブ)かけるぐれえで済ませた。今そいつに歌わせる曲なんだ、ギターは合わねえだろ」

「"今"、ねぇ……」


 ふいにアサヒが言葉を切る。綺麗な横顔に陰りがよぎる。


「感想ついでに一応言うけど。……その曲、本当に"今"じゃなきゃいけないの?」


 圭は無言で背中を向けたまま。でも、アサヒの次の言葉を待っているのが窺える。アサヒもそれを察したのか、躊躇うことなく言葉を続ける。


「イツキ達から聞いたわ。あの"カル"って奴と色々あったって……。それから、"最後の日"とやらについても」


 ねぇ、とアサヒが圭の背中に投げかける。


「もし本当にそいつらが何か企んでいるなら、曲作りの前に、もっと他にやるべきことがあるんじゃない? ……もちろん私は、圭くん達みたいに"異能"は無いし、実際に力になれるわけじゃない。それでも何かしらの対策を立てたり、他の子達と話し合ったり、事前に出来ることは可能な限りすべきだとは思う。あと3日しかないのよ? それまで悠長に待つだけなんて、はっきり言って無謀だわ」

「アサヒ……」


 そのままアサヒは「アナタもよ」とぼくに視線を向けた。


「今の状況でアナタの歌声を投稿するのは危険だわ。もう全員がアナタの、『唄川メグ』のことを思い出した。この状況でわざわざ燃料を投下するようなことをすれば、何が起きてもおかしくないの。面白がる人も、悪戯に煽る人も、ネット上にはたくさんいる。それこそ想像を超えるほどね。この曲が良いものだからこそ思うの。だからこそ"今"じゃなくていいって思うの。……私は」


 私は、これ以上アナタが傷付くなんて嫌。


 口にこそ出さなかったけれど、アサヒの言いたいことは手に取るように分かった。本心からぼくを想って、大切に想ってくれていることが、たまらなく嬉しい。


 でも。


「大丈夫だよ、アサヒ」


 ぼくは言う。


「この曲は、投稿しないから」

「……え?」




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