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Missing Never End  作者: 白田侑季
第7部 夢想
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HighCheese!! - KAMALA




「────Tri(トリ)さん」


 声を掛けた。影の主が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


「……どういう風の吹き回しだ、Quint(クイン)


 冷めた声色のトリさんが私をジッと見つめる。薄暗い路地裏。ぬるい熱帯夜の空気に混じる排気ガスと、生ごみにも似た臭い。黄色みがかった裸電球がトリさんの顔に濃い影を落としている。「手負いの人間を人目のない場所まで追い掛けるなど、とどめでも刺すつもりか」


 トリさんの言葉には反応せず、その冷めた瞳を見つめ返す。


「トリさんこそ、どこへ行くおつもりですか」

「おまえには関係ない」

「関係あります」


 震えそうになる声を必死で抑える。確かめるように言葉にする。「……Du(ドゥ)さんの所へ、行くんですよね」


「だったらなんだ」

「何故ですか」

「察せているのならわざわざ尋ねる必要もないだろう。非効率極まりない」


 答えるのが面倒だ、と言わんばかりに一蹴するトリさん。「そもそもあいつらはどうした。さっきまで殺し合っていた人間の跡を付けることを、あいつらは許可したのか」


「トリさん、」

「大体おまえが気にすることではないはずだ。おまえはもう五重奏を脱退した。どういう状況であろうとこれはオレ達の問題であって、おまえの問題じゃない。オレ達があいつらと敵対している以上、あのメグに肩入れするおまえは、オレ達の問題に首を突っ込んでいい人間ではない」


 俯く。唇を噛む。トリさんはどこまでも正論で、私みたいな子供が何を言っても信じてもらうための根拠がない。


 それでも。


「……確かに、私はもう五重奏のメンバーではありません。それでも、ドゥさんがどれだけ優しい方か知っています。……ううん、きっと私よりもアナタの方が、その何十倍もドゥさんのことを知っている。ただのチャット越しの関係だとしても、アナタと(エス)さんがどれだけドゥさんに気を配っていたか、それくらい私にも分かります」


 夜の底みたいな路地裏の真ん中で、重たい空気を必死に振り払うように声を上げる。


「私は、私個人としてドゥさんを助けたいんです。だってあんなの……、あんなの、(むご)すぎる。ドゥさんご本人の意志とは私には思えない。トリさんもそう思ったんじゃありませんか?」


 無言のトリさん。でも一瞬だけその目を伏せた。それだけで、彼が私と同じことを考えているんだと確信できた。


 私の記憶している限り、トリさんは五重奏のチャットの中でほとんど喋っていなかった。茶化すようなカルさんの言葉を仕方なくあしらう程度の素振りしか見たことがない。でもトリさんが、何度かドゥさんを庇うような発言をしたことがあったのを覚えている。誰彼かまわず茶化すカルさんが、その矛先をドゥさんに向けた時、真っ先に庇っていたのはいつもトリさんだった。


 そしてドゥさんも、トリさん同様、チャット内でほとんど会話をしない人だった。


 だけど会話をしない理由は、おそらくトリさんのような「他人との会話に興味がない」という理由じゃない。何故なら、ドゥさんはいつも私達の会話に付いて来ようと度々発言はしていたからだ。


 発言は誤字だらけ。辛うじて読める文面だったとしても、私達の話している内容よりも随分前の話に対しての発言が多い。それでもドゥさんが、発言することを諦めているような節は無かった。それにチャットが終わる深夜には、決まって丁寧な言葉と共に「おやすみなさい」と発言してくれる。まるで学校の教科書に載っている「手紙の書き方」そのお手本のような、深夜まで起きている私達の身体を気遣うような、綺麗で丁寧な文面で。


 さっき話題に上がった、ドゥさんの異能に関する調査についてもそうだ。ドゥさんが自身の異能について何度も何度も試しただろうその資料は、とても丁寧で分かりやすかった。何より言葉遣いがとても綺麗だった。読む私たちのことを一番に汲んでくれているのが、使われた言葉の端々から感じられた。普段はカルさんのタイピング速度の所為で中々追いつけないドゥさんだけど、その心の中に私たちへの思いやりが確かにあるんだと気付かされたのは、一度や二度じゃない。


 おそらくドゥさんは、タイピングが得意じゃない。


 それなのに私達の会話を必死で追って、慣れないながらに文字を打って、あまつさえ丁寧な文面で気遣いを欠かさない。


 ドゥさんは。少なくとも私の目に映るドゥさんは、そういう優しい人だった。


 そんなドゥさんを常に庇うトリさん。エスさんも、コメントを時々消してはいるけど、ドゥさんととても近しい関係にあるのは、鈍い私でもさすがに分かった。私も、ドゥさんときちんと会話できたことは数えるほどもないけど、それでもドゥさんへの想いは勝手に高まっていた。


 ────そんなドゥさんが、カルさんの為だけに異能を使った。


 ドゥさんの異能は、つまるところ【データセーブ】の異能。カメラで撮影することで被写体を記録(セーブ)し、それを物理的な写真として現像することで効果を発揮する。その都合上インスタントカメラと相性がいい。


 撮影された被写体はその時点までの状態を記録(セーブ)されているため、被写体となったものに外からどんな変化を加えようと、現像した写真を破れば記録(セーブ)された状態まで一気に復元する。反対に、被写体そのものに過度な力が加わった場合は、写真の方が自動的に破棄される。もちろん写真が破棄されれば、記録後に獲得した物理的な力も(記憶を除いて)一緒にリセットされてしまうけど、それでも安全措置としては言うまでもなく有用。私の異能とは違って、治療目的以外にも汎用性が効く。十分強力な異能だ。


 でも、その代償は累積型。使えば使うほど代償は蓄積され、累積され、どこまでも重くなっていく。ドゥさんの資料曰く、最初は手足の痺れ、次に四肢の倦怠感、筋力の低下……、そして歩くことすら困難になる。


 そんな代償のある異能を、ドゥさんが自分の意志で、指一本動かなくなるまで使うだろうか?


 いや、ここまで来れば、ドゥさんの意志はもう問題じゃない。問題なのは、ドゥさんがいまどんな状態なのかということ。


「もし仮にカルさんの言葉を全部信じるなら、ドゥさんは変身したカルさんを被写体として30枚撮影したはずです。もちろん『歩行困難になる限界値が18枚』と言っていたドゥさんの言葉が嘘だとは私には思えません。……それなら、ドゥさんは」


 そこから先は、胸が詰まって言葉にならなかった。


 今晩耳にしたことが全て本当なら、写真は残り27枚。言い換えれば、カルさんの映った写真27枚がそのままカルさんの"残機"ということ。18枚を優に超える枚数。"歩行困難になる"以上を想像することを、頭の奥が必死に拒む。そうであって欲しくないと必死で願っている。


「……だから私、引けません。このまま黙って帰れません。もう後悔したくないんです」


 絞まった喉の奥から必死に言葉を紡ぐ。怖くて、泣きたくて、震えそうな心臓を死に物狂いで捩じ伏せて、それでも言葉を紡ぐ。




「────だって、過去はやり直せないんだから」




 そのとき。


〈オレモ賛成(サンセー)


 声が響いた。ノイズ混じりの電子的な声が、薄暗い裏路地に不気味に……、いや心地よく響いた。


「宮斗……?」

〈当タリー。ッタク、何デモカンデモ1人デヤルナ、ッテ何回モ言ワセンナヨー"バカ姉貴"〉


 私のすぐ傍でアスファルトの舗装が盛り上がる。ぼこぼこ、と膨れ上がって、形を成して、いつしかアスファルトでできた"羊"の姿へと変わる。


「……んもう」


 いつの間に付いて来てくれていたんだろう。つい口元が緩くなる。「都合のいい時だけ"姉貴"呼びしないでよ、"お兄ちゃん"」


〈マ、ソー言ウコトデ、オレモ参加サセテ貰イマス、"トリさん"〉

「クインの弟……、いや兄か?」

〈正直ドッチデモイーンデスヨ、オレ達ニトッテハ〉

「良くない良くない……。宮斗が兄で、私が妹です。誤解させてたならすみません」

〈タッタ数分差ダロ? 大シテ変ワンネーッテ〉

「そんなわけないでしょ。話をややこしくしないで……。大体、いつも誤解されるのは宮斗のせいでもあるんだからね」

〈ソノクライ、ドーデモイイッテ事ダ。実際オレ達モ意識スルコト、ホトンドネーダロ〉

「待って、この18年間で意識してたの私だけなの……?」


 こんな状況でも(いやこんな状況だからこそなのか)細かい部分で修正し合う宮斗と私。どうでもいい会話に申し訳なさが募り、チラ、とトリさんの方を見たけれど。トリさん自身は「心底どうでもいい」とでも言いたげな遠い目をしていた。ほんとすみません……。


〈トモカク〉と宮斗が話を切った。〈オレモ"ドゥさん"ノ捜索ニ加ワルンデ〉

「必要ない。それほどまでにやりたければ、おまえ達自身でやればいい」

〈デモ、話ヲ聞イタ限リ、アンタナラ"ドゥさん"ノ居所ヲ知ッテルンジャネーノ? ソレナラ、アンタニ付イテ行ク方ガ効率イイダロ?〉

「……まったく」


 トリさんはそう言って溜め息をつく。「兄妹ともどもお人好しとは」


「……いいえ、違います」


 私はそっと否定する。一歩、トリさんに近付き、煤けたその手を半ば無理やり掴む。そうしてゆっくりと力を込める。


 それは、あたたかさを分け与えるように。優しい溜め息で吹き消すように。


 赤みを消して。傷を塞いで。


 【治す】。


 跡形もなく、元に戻ったトリさんの顔を真正面から見つめる。


「"お人好し"なんかじゃありません。これは、私の"独り善がり"ですから」


 しばらくの沈黙の後、トリさんは再び呆れたようにフン、と鼻を鳴らした。


「なら、()()()()()。オレは知らん」


 トリさんはそのまま振り返りもせず歩き出す。その言葉を肯定的に取った私も、心の中で覚悟を決め、置いていかれないようにその背中を追って足を踏み出した。


 路地裏は薄暗い。ペットボトルやビニール袋のゴミが乱雑に地面に捨てられ、空気も生ぬるい。首筋にジワリと汗が浮かぶ。その中を私は歩いていく。前にトリさん、隣に"(ミヤト)"を伴いながら。


 さっき、トリさんを追い掛け始める前。メグちゃんと交わした会話を思い出す。


 立ち去るトリさんの背中を追うべきか迷っていた私に、メグちゃんはすぐに気付いた。「行くの」と私に訊いた。「行って良いの」と訊き返した私に、メグちゃんは「行ってらっしゃい」と言ってくれた。その時のメグちゃんの顔が、まだ私に勇気をくれている。


 私のこの行為が、何をもたらすのか。まだ分からないけれど。


 待っててね、メグちゃん。


 私は、私に出来ることをしてくるよ。


〈ソウ言エバ〉


 ふいに宮斗がトリさんの背中へ向かって声を上げた。〈"ドゥさん"ノ異能ニツイテ話シテタ時、アンタ【水月花(スイゲツカ)】ッテ言ッテタヨナ?〉


「だったら何だ」

〈……ッテコトハ、モシカシネーデモ"ドゥさん"ッテ〉


 微妙に焦りを含んだ宮斗の声。私も正直気になっていた。


 ドゥさんの異能であり、曲のタイトル。もし本当にそうなら焦らないわけがない。メグ曲についての記憶が戻った今なら、その焦りがよく分かる。


 『水月花』。


 記憶が正しければ、それは一番最初に『唄川メグ』が広く注目される火付け(きっかけ)となった伝説の曲。『唄川メグ』という存在そのものに紐付くレベルの代表曲。10年近く前の曲にもかかわらず、再生回数は5000万回を更新し続け、バーチャルシンガー界隈じゃない人でも一度は聴いたことがあるほどの曲。それを作り出した(ひと)────


「────『櫻子(サクラコ)』」


 思わず口にしたその名前を、トリさんは黙ったまま否定しない。


 何度も聞いた名前。知らないはずがない名前。だからこそ背筋が震えた。


 『櫻子@ノスタルバァP』。


 紛うことなき、


 本物の"頂点"の名前だ。




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